第29話 皇帝・宰相・伯爵の話
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第29話 皇帝・宰相・伯爵の話
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時は少し遡る。
ドラグア伯爵家一行が帝都に到着した翌日のことだ、帝城の一室でこの国の宰相であるラインバーグが執務を行っていた。
ラインバーグ宰相は現皇帝アルフレッド七世の側近として、幼い時から英才教育を受けていた人物である。
年齢は三十七歳と皇帝よりも一歳年上になる。
焦げ茶色の髪が薄くなってきたと、気にしており、最近育毛剤を色々試している。
ラインバーグ宰相のデスクには色々な書類が山積みになっている。
それでも急ぎの案件は別途積まれており、その山からある報告書を手に取った。
その報告書を読んでいくが、ラインバーグ宰相の目の動きがピタリと止まる。
「なんと、バンパイアが討伐されただと……」
それはドラグア伯爵家からの報告書であった。
ドラグア伯爵は帝都に到着したその日のうちに、使者を出した。内容は帝都に到着したこと、皇帝に挨拶するための謁見を求めること、そしてこの報告書を提出していた。
「こうしてはいられん。皇帝陛下の執務室へ向かう!」
ラインバーグ宰相は足早に執務室を出るのだった。
「なんだと!? バンパイアが討伐されたと言うのか!?」
「はい。ドラグア伯爵家によって討伐されましてございます」
「ドラグア伯爵……たしか、少し前に魔王種であるオークデスピアを討伐したと記憶しているが、そのドラグア伯爵か?」
「左様にございます」
「ふむ。ドラグア伯爵家はそれほどの戦力を有しているのか……?」
「昨年の戦で戦力の半数を失い、騎士団を率いていたバーミリオン卿も大怪我によって長期の休養をしておると聞き及んでおります」
「それを聞く限り、戦力はかなり厳しいはずだな」
「オークデスピアに関しては、冒険者がこれを討伐したと聞いております」
「高位の冒険者か。何者なのだ?」
「はい。ゼイルハルトいう、冒険者だと聞いています」
「聞かぬ名であるな」
「その点を含めて、ドラグア伯爵に確認をしたく存じます。丁度よいことに、ドラグア伯爵家より謁見の申し入れがありました。早急に謁見の場をもうけたいと思います」
「うむ。ラインバーグに任せる。して、バンパイアのほうはどうなのだ?」
「はい。バンパイアは長期休養から職務に復帰したバーミリオン卿が倒したそうにございます」
「だが、バンパイアは聖属性でないと倒せないのではないか? バーミリオン卿はどうやって倒したのだ?」
「それもドラグア伯爵に確認したく存じます」
「そうか。では、謁見を待つとする」
「はっ。早急に謁見の場をもうけさせていただきます」
数日後、謁見がセッティングされた。
最初は謁見の間でドラグア伯爵が皇帝に挨拶をする公の場あり、そこではオークデスピアの討伐だけが話に上った。
「ドラグア伯爵よ。オークデスピアの討伐、ご苦労であった」
「はっ。ありがたきお言葉にございます」
謁見の間には、帝城で働く多くの貴族が参列しており、細かな話をするには適さない。
謁見が終わると、ドラグア伯爵は宰相と話があるとして、ある部屋に通された。
その部屋で待っていると、皇帝が入ってきた。
ドラグア伯爵がすぐに臣下の礼をとろうと跪こうとした。
「よい。挨拶は謁見の間で受けた。ここでは堅苦しい礼は不要だ」
「承知いたしましてございます。陛下」
皇帝、宰相、伯爵の三人がソファーに座ると、さっそく宰相が口を開く。
「さて、まずオークデスピアの件を確認したい。討伐は三級冒険者のゼイルハルトという者だと報告を受けている。それに相違はないかな」
「はい。三級冒険者のゼイルハルト殿で間違いございません」
「しかし、オークデスピアは魔王種だ。一級冒険者が複数で対処するようなモンスターである。三級冒険者が討伐できるとは、到底思えない。しかも、そのゼイルハルトはソロだと聞いた」
「ゼイルハルト殿はソロ冒険者で間違いありません。また、三級というのは、あくまでも冒険者の位階であり、強さに比例するものではないと、某は心得ております」
「ふむ。では、そのゼイルハルトは隠れた逸材だというのだな」
「正直に申しますが、彼は明らかに異質な存在にございます」
「ほう、異質とな。何故だ」
ここまで宰相と伯爵の話を静観していた皇帝が、身を乗り出した。
「恐れながら、申しあげます。ゼイルハルト殿はまだ十三歳の少年にございます」
「「なっ!?」」
皇帝も宰相も十三歳という若年の冒険者が三級冒険者であり、魔王種を倒したことに驚愕を覚えた。
「某もその若さでと思わないではありません。ですが、当家の者がオークデスピアを討伐するゼイルハルト殿を見ております。それに、彼はオークデスピアを倒したことで、三級に昇級したのであって、それまでは五級だったのです」
「「………」」
「それも彼が若いゆえに、本来の実力よりも低い階級に甘んじていたのだと思われます」
「なんとも信じがたい話ではあるが、ドラグア伯が言うのだから事実なのだろう」
皇帝が低く唸る。
「ドラグア伯はどのような褒美を与えたのだ?」
「はい。本来であれば、我が家臣としたかったのですが、彼は宮仕えは性に合わないとあっさりと断られました。ですから、当家のメダルを与え、我が領地に屋敷を与えることにしましてございます」
ドラグア伯爵は家臣として取り込めないと分かると、ゼイルハルトとの縁を繋げたままにするためにメダルと屋敷を与えたのだ。
特に屋敷を与えることで、エルディーヒに滞在してもらうのが目的である。
「そのゼイルハルトなる者は、余に仕えてくれると思うか?」
「恐れながら、たとえ公爵位を与えると提案しても、彼は断るでしょう」
「公爵でもか」
「はい。公爵でもです。これは某の勘ですが、彼はどうも貴族によい感情を持っていないようです。表面的には失礼のないように振舞いますが、そう感じるのです」
ゼイルハルトは貴族への嫌悪感を隠してはいるが、ドラグア伯爵の貴族としての鋭い勘がそう言っているのだった。
「貴族嫌いか。過去に何かあったのであろうな。そういった冒険者は珍しくないと聞く」
宰相は職務上、冒険者ギルドと関係がある。そのため、冒険者という者たちの気質などを調べ尽くしていた。
「上手いことやりましたな、ドラグア伯」
「ハハハ。なんのことでしょうか、宰相閣下」
ドラグア伯爵はとぼけた。
「陛下。国としても、そのゼイルハルトなる冒険者に、褒美を与えましょう」
「ふむ。よき冒険者と縁を結んでおくのは国益になるだろう。だが、理由はどうするのだ? すでにドラグア伯が与えておるのだ、国が横槍を入れるのは外聞が悪いぞ」
「オークデスピアは魔王種にございますれば、国難クラスのモンスターです。国として褒美を与えても誰に憚ることがありましょうか。その冒険者を高らかに褒め称えればよいのです」
「なるほど。ドラグア伯はそれで構わぬか?」
「某に異存はございません。ただ、ゼイルハルト殿が受け入れるかは、別にございます」
「うむ。それを含めて使者を出し、その冒険者の意志を確認するとしよう。今はエルディーヒにいるのか?」
「いえ、ゼイルハルト殿は某の護衛の依頼を受け、今は帝都に滞在しています」
「それは丁度いい。ラインバーグよ、その冒険者の意志を確認するのだ」
「承知いたしましてございます」
「しかし、褒美を与えるとして、何がいいのだ?」
「爵位が逆効果になり得るようですから、金銭がよいではないでしょうか。もしくは宝物庫にある魔剣を与えてもいいですな」
「ふむ、ドラグア伯はどう思うか」
「金銭なら受け取ると思われます。魔剣もよろしいとは思いますが、他国へ持ち出しが制限されていますので、嫌がるかもしれませんな」
遺跡などから
魔剣は非常に強力な武器であることから、他国への持ち出しが禁じられていた。
「それについても本人に聞いてみればよろしいかと」
「うむ。そうであるな。全てラインバーグに任せる」
「承知いたしました」
宰相は恭しく頭を下げるのだった。
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