第25話 ニードルビーの巣

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 第25話 ニードルビーの巣

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 遺跡の入り口は、それぞれ違う。

 この遺跡の入り口は、五メートルほどの高さの石垣の切れ間だ。

 朽ち果てた石造りの家屋が続く。


「この遺跡は円形の十層構造になっています。一層に出てくるモンスターは、主にアイアンスパイダー、フットホッパー、ニードルビーの昆虫系です」

「ニードルビーがいるのか?」

「はい。ニードルビーはいくつもの巣が確認されていて、大きなものになると十万匹はいるため、誰も近づきません」

「ニードルビーの巣に案内してくれ!」

「え……でも、小さな巣でも一万匹以上いますから」

「大丈夫だ。案内を頼む」


 ミユはとても不安そうな顔をしながら案内をしてくれる。


「おおお、ニードルビーだ!」

「ここは比較的小さな巣です」


 ざっと二万匹はいそうだ。

 ニードルビーは体長十センチほどのハチ型のモンスターで、お尻に針がある。

 針には毒があるのだが、一匹くらいなら刺されても問題ない。ただ、五匹以上に刺されたら体が動かなくなり、体が徐々に腐っていく。

 単体の討伐危険度は十級と最下級の強さで、ニードルビーは仮に近づいても襲ってくることはない。

 初心者はニードルビーを見て焦り、思わず攻撃をしかける。そうなると最悪で、まず助からない。

 一匹は弱いから倒せるのだが、ニードルビーは死の間際に仲間を呼ぶため、万を超えるニードルビーと戦うことになってしまうからだ。


「あの……ニードルビーに手を出したら、大群で襲ってきますから……」

「大丈夫だ。俺はニードルビーと戦いにきたわけじゃない」


 それを聞いたミユはホッと息を吐いた。


「それじゃあ、ちょっと下がっていてくれるか」

「はい」


 ミユが後方に下がったのを確認し、俺は術式を展開させる。

 一つなら集中する必要はないが、今回は二万匹のニードルビーに魔法をかける必要がある。さすがにこの数はかなりの集中力が要る。

 そして、小さな方陣を二万個展開した。


「コントラクトマジック!」


 方陣が飛んでいき、ニードルビー一匹一匹にコントラクトマジックが貼りつく。


 コントラクトマジックは簡単に言うと、契約魔法だ。今回は俺に使役されるという契約だ。


 スーッと方陣が消えると、そのニードルビーは俺と契約したことになる。

 仮に失敗した場合は、方陣が割れてしまうから分かりやすい。


 ニードルビーは単体では極めて弱いモンスターだ。だから、コントラクトマジックが抵抗レジストされて、失敗することはまずない。

 魔力は一匹なら大したことないが、二万匹ともなると膨大な量が必要になる。だが、封印が解除された俺なら、一気に二万匹と契約しても魔力量が不足することはない。


「整列してくれ」


 俺の命令で、二万匹のニードルビーが空中で整列する。

 そこだけ空が真っ黒だ。


「な、何……これ?」


 ミユの驚きの呟きが聞こえた。


「ミユ。こっちへ」

「は、はい」


 ミユが駆け寄ってくる。


「これからニードルビーのハチミツを回収するから、手伝ってくれ」

「だ、大丈夫なのですか?」

「ニードルビーは襲ってこないから、大丈夫だ。安心してくれ」


 普通は安心なんてできないだろうが、今回は大丈夫だからさ。


 ニードルビーの巣は廃屋を核とし、その中も外も土で固められている。

 俺は生活魔法のホールで巣に穴を掘っていく。

 ホールはただ単に穴を掘る魔法で、攻撃力はない。それでも敵を穴に落としたりでき、結構使い勝手がいい魔法だ。


「ハチミツ発見!」

「本当に襲ってこない……」


 まだそんなことを言っているのか。俺を信じてほしいものだ。


「ミユ。ハチミツを半分だけ回収してくれ」

「半分ですか?」

「ああ、全部回収すると、ニードルビーたちはこの巣を放棄してどこかへ行ってしまうけど、半分残しておけば数カ月後にはまた回収できるだけ溜まっているんだ」

「そうなんですか。初めて知りました」

「俺は周囲を警戒しておくから、回収は頼んだよ」

「はい」


 ストレージから瓶を出して、ミユに渡す。

 俺が持っている瓶は十リットル入るもので、以前買いそろえたものが百本ある。

 これだけあれば、十分足りるだろう。


「ニードルビーたち、周辺に人間とモンスターが近づかないように警戒しておいてくれ」


 ブーンという羽根音が散開していく。


 二時間くらい経過したか。ミユが穴の中から出てきた。


「ゼイルハルトさん。半分残して回収しました。全部で三十本です」


 三百十リットルか。そこそこの量だ。

 俺は瓶を全部ストレージに回収し、穴を土魔法のアースウォールで塞いだ。


「お前たち、ありがとうな。これはお礼だ」


 二万匹のニードルビーに、魔力を分け与える。ハチミツの代金と思えば、安いものだ。


「この後は今まで通りに過ごしてくれ」


 契約を解除すると、今度きたときにまた契約しないといけない。魔力の減りを抑えるために、契約したままにしておく。

 ただし、ニードルビーには、通常の生活を送ってもらう。そうしないと、ハチミツが集まらないからな。


「ミユ。帰るぞ」

「はい」


 二万匹のニードルビーと契約し、さらにお礼の魔力を与えたため俺の魔力が半分くらい減っている。

 封印が解除されて以降、ここまで魔力を使ったのは初めてだ。バンパイア戦もあったが、弱いヤツだったからな。


 ギルドに帰ったのはまだ昼を少し過ぎた頃だ。

 入る前に、俺がニードルビーと契約したことは内緒だと、ミユに約束させる。


「いいか。今日のことは誰にも言うなよ」

「はい。冒険者の手の内は公開しないものだと理解しています」

「それでいい」


 俺は微笑み、ギルドに入った。

 この時間だと、さすがに冒険者の数は少ない。

 魔物の死体はないが、解体場に向かう。


「これは今日の報酬だ」


 解体場の前で、ミユに八千Zとハチミツの瓶を一本渡した。


「こ、これは」

「俺はハチミツを売却しないから、三パーセント分の現物支給だ」

「で、でも……」


 目を白黒するミユに、俺は瓶を押しつけた。

 ハチミツが十リットル入った瓶だから重いが、目の前が解体場だ。ここで査定してもらって、現金化できる。


「おい、それはハチミツか!?」


 解体場の職員がミユが抱えるハチミツを目聡く発見した。


「おっさん、これを査定してくれ」

「おう、任せろ!」


 ミユの背中を押して、解体場のカウンターに向かう。


「一本だけか? 他にないのか?」

「一本だけだ。何せ、命がけだからな」


 俺はミユにウィンクして、話を合わせてくれと合図する。


「それもそうか」


 職員はすぐに査定してくれた。

 査定書を受付カウンターに出して現金化だ。


「ご、五百二十万Z……」


 ハチミツは一リットルで五十二万Z、十リットルで五百二十万Zだった。


「それはギルドが買い取る価格だ。オークションに出せばもっと高値がつくぞ。どうする?」


 ミユがそのことにあたふたし、とても返事ができる状態ではない。


「ミユ。オークションなら、その数倍の価格で落札されるはずだ。だが、今のお前はオークションを待っていられるほど余裕がないと思う。ギルドに売ったほうがいいと思うが、どうだろうか?」

「は、はい。お任せします」

「聞いての通りだ。それはギルドで引き取ってくれ」

「おう、任せろ!」


 ミユは五百二十万Zを受けとった。


「いいか、その金でしっかり食べて体力をつけるんだぞ」


 これだけあれば、多少贅沢をしてもしばらくは暮らせる。


「本当にいいのですか……?」

「ああ、構わない。決められた報酬だ、胸を張って受け取ればいい」

「ありがとうございます!」

「明日も遺跡に行くから、よろしく頼むよ」

「明日もいいのですか!?」

「ああ、二層までは案内できるんだろ?」

「はい。案内させてもらいます!」


 ポーターは、名指しできる。

 いいポーターは、そうやって有力冒険者に囲われていき、いい稼ぎを叩き出すのだ。


「それじゃあな」

「はい! ありがとうございました!」


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