第4話 襲撃

ぴくり、と全身の細胞が起き上がるのを感じる。


(何かが来る)


目を閉じながら、寝息を立てながら、慎重に、接近する者の情報を探る。


(デカい。クマか?……いや、人間だ。しかもコイツ───)



──私を、殺そうとしている。



ぶるる、と身体が身震いしそうになるのを必死に止める。


(人を殺そうとするなんてヤバすぎるでしょ。まぁ、でも───)



───たまんないね。



足音が止まる。


これ以上近づく必要がないということだろう。


空気がピリつく。


(得物を振り上げて狙いを定める。呼吸を整えて1、2、3)



ヒュン、と風切り音が聞こえた瞬間、



(今ッ!)



振り下ろされた刃を跳ね上がりながら、掠めるようにしてきりもみ回転で躱し、その勢いのまま相手の正中線を狙ってナイフを振り下ろす。


───が、肉の感触の代わりに鈍い金属音が響き渡る。


死の一閃は漆黒の鉄塊によって防がれていたのだ。


(───ッ、コイツ!)



───狸寝入りに気付いてやがったな?


慣れている、殺し合いに。



(まっずい!!)



空中にいるクリオラをすくい取るように鉄塊で振り回す。

そしてまるでボールを投げるかのようにクリオラを放ると、凄まじい勢いで吹き飛んでいった。


そのまま地面に激突するかのように思えたが、寸前でふわりと浮き上がるように速度が落ち、着地した。


(あっぶな~、咄嗟に脱力してなかったら全身バラバラになってたかも)


ふぅ、と一息つくと、相対する敵を改めて観察する。


(イカ人間?いや、違う。コック帽。あれを顔まで被ってんだ。得物は……フライパンか?振り下ろしてきたのは刃物だと思ったけど)


気付けば、二メートルはあろうその巨体は両手に巨大なハンマーを持っていた。


ミンチハンマー。


使用用途は語る必要はないだろう。



(どっから出したんだよあんなデカいの。掠っただけでも死ぬっての)


ま、いいや。と彼女は笑う。


そして、自分の腕にナイフを突き立てた。


鮮血が噴水のように噴き出す。 



(すぐ血が止まるように刺した。とはいえ激しく動いたら出血多量でぶっ倒れるでしょう)



チャンスは一度。



血で視界を奪って手首、最悪でも指を落とす。

あのハンマーが足に落ちるように調節して移動を制限、心臓と首を潰す。


到底無理難題。

こちとらか弱い少女の身体。

でも、でもね。



人を殺すのは難しいから楽しいんだ。



瞬間、駆け出す。


姿勢は低く、低く。


血を撒き散らしながら、血を撒き散らすために。



すると、標的が突然ハンマーから手を離した。



(狙いがバレた!?得物を変えるのか?それともインファイトに切り替える気か?)


思考が目まぐるしく回る。


しかし、敵が選択したのはそのどれでもなかった。



「あーーーーー!???やめ、てよぉぉ!!?美味しくなくなっちゃうよ!!!?」



爆発音かと錯覚するくらいバカでかい絶叫を上げながらこちらを指差すと、コック帽に空いていた二つの穴から大粒の液体がこぼれ始め、その場にへたり込んでしまった。



「……え、えーっと」


「もっ、たい、ないよぉぉぉぉ!!!?」



腕から大量の出血をしながら立ち尽くす少女と泣き叫ぶコック帽の化け物。


いずれこの世界を揺るがす二人の初邂逅である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワンナイフ・トラッシュ・キルワールド 異界ラマ教 @rawakyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ