ゴミ溜めの世界

第1話 禁殺

「話ってなんだよ、こんな時間にキャンプを抜け出すなんてヴェルベトおじさんに見つかったら大目玉だぞ」


俺は夜の草木をかき分けながら目の前を先導して歩く少女に声をかける。


「大丈夫だよ~。おじさん、今日は一日中防護柵の組み立てしてたからぐっすり!見張りのノンハラさんはあんまり目が良くないから気付かないよ~」


少女の名前はクリオラ。

俺とは幼馴染みでキャンプがお隣さんなのだ。


「よく見てるよな……っと」


目の前の枝をナイフで切り払う。

ガキの頃から使ってきたナイフの扱いはもはや達人と言っても差し支えない。


「あれ?そのナイフ、持ってきてるんだ」


「まぁ、な」


何故かは分からないがコイツを持っていると安心するのだ。


「着いた!」


クリオラがそう言った場所は、俺たちがいつも来ているところだった。

森の中にぽつりとある不自然に拓けた、大きな切り株だけがある所。

キャンプの手伝いの空き時間に二人で来る、秘密の場所。


──今なら。


どくんと鼓動が大きく鳴った気がした。


「……いつもの場所じゃんか。何で──」


クリオラがにっかりと笑顔を浮かべ、指を空に指した。



そこには満天の星空が広がっていた。



「今日はね、ガイア・レオンハート、君と出会ってから10年目なんだよ」


どくん。


クリオラは切り株に座り、ぽんぽんと隣に座るように促した。


どくん。


「数えてたんだ。それで決めてた。大好きな君と10年生きられたらここに来ようって」


どくん。

どくん。


鼓動がうるさい。

思わずナイフの柄を握り締める。

抑えられなくなりそうだ。


「ガイア・レオンハート」


鼓動がうるさくて彼女の声が聞こえなくなりそうだ。


「君は、普通とは違う人だよ。いつか離れて行ってしまう気がする。でも、私を忘れないでね。二人で生き残ろうね」


握り締めたナイフが砕けてしまうのではないかと心配になる。 

どくん。

どくん。

どくん。

身体が熱くて呼吸ができない。


俺はすぅ、と深呼吸をして、


「……俺がお前を守るよ。誰にも殺させない」


そう、言った。


沈黙が流れる。


しばらくの間そうしていると、クリオラが突然、


「じゃ、じゃあ帰ろっか!さすがにそろそろ見つかりそうだし!」


と言って急に立ち上がるとさかさかと早足で歩き始めた。


……俺はクリオラの耳が真っ赤になってたのを見逃さなかった。


俺はふっ、とため息を付いてから彼女の後に付いていった。


必ず彼女をこの世界から守ると誓って。



しかし、俺は気付いた。



ふと、握り締めていたはずのナイフが鞘から抜かれていることに。



「え?」



そう言ったのは、俺だったのか、振り返ったクリオラだったのか。


そして、気付く。


俺の手に、抜き身のナイフが握られていることに。


そして、そのナイフには真っ赤な血が滴っていることに。



思わず、叫ぼうとしたが、声は声にならなかった。



クリオラは、信じられないものを見るかのように俺を見ていた。


そして、その口から言葉が漏れ出した。



「───やべっ」



俺は、喉から漏れ出す血と空気を抑えながら、ただクリオラを見ることしかできなかった。


「いやいや、君が悪いよ~。何を感じ取ったのか知らないけどさ、自然に臨戦態勢になってたろ?正当防衛だよせーとーぼーえー」


彼女はナイフが握られている俺の手首を持ちながら、まるで世間話でもするように言った。


誰だ、こいつは。

いや、クリオラだ。間違いない。

だが───、


「ま、いいか!10年も指折り数えて禁殺してたんだ!綺麗な景色に素敵な言い訳、そして極上のおもちゃ!手を出さないのは野暮ってもんでしょ!」



───コレ、は、なんだ?



「あー、たまんねぇ表情。ぶっ殺そ」



二時間後、たっぷりと遊んだ子供はぽつりと呟く。



「───そういえば私、開けたお菓子は我慢できずに全部食べちゃう派だったわ」



子供の遊びは夜明けまで続いた。


楽しそうな笑い声、叫び声、泣き声、ぶつかる音、落ちる音、開く音、取れる音、噴き出る声、怒る音、潰れる声、届かない音、水の声、ぱちゃぱちゃぱちゃ。


老若男女怪我人赤子キャンプの総勢77人。


全部死んじゃいましたとさ。

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