第28話

「おいタカシ。今日は世界史の小テストあるっぽいぞ」


「安心しろバンブー。イギリスの形は覚えたぞ」


「そんな問題でねーよ!」


次の日、登校日。


 私は昨日の大立ち回りから、ハルトと、なぜかいたカスミの無事を確認してから、自宅へ帰宅した。流石に30人は疲れたが、戦争にも行ったことない素人の子供だ。軽くひねってやれば、勝手に戦意を喪失していた。

久しぶりの戦闘で私は大満足だ。


そんな風に思っていると、私たち二人の席に近寄る女性がいた。


 いや既に、何か言いたそうにこちらを見ていたのは気づいていたが、ようやく決心がついたのかこちらに大股で近寄ってくる。


「タカシ!」


「どうしたカスミ」


グッ。と言い淀む。小さく、(そういえばなんでいつの間にか呼び捨てで呼んでるのよ)と言っているのが聞こえた。しまった。呼称が以前と変わっていたのかもしれない。


「ハルトの件、聞いたわ。あんたが助けてくれたって……その、ありがとう」


「気にするな。ハルトはきっと一人でも立ち向かえていたさ。私は少しだけ背中を押しただけだ」


「それでもいいの!」


 顔を真っ赤にしながら感謝を述べるカスミ。ふむ、クラスメイトが全員こちらを向いて、何事か見ている。ざわざわとし出す教室内。向かいに座っているバンブーは凄い顔をしている。


 ふんっ。と顔をそむけるカスミは、クラスの注目が集中していることにようやく気付いたのか、慌てた様子で話をまとめる。


「と、とにかく。ああいった危ないことは私は嫌いなの。だからあなたもなるべく関わらないようにしてよね!」


その言葉を聞いて、私はふと、以前の記憶を思い出した。




――場所は祖国コンビニダト。


 隊長として国からそこそこの給与を頂いていた私は、首都に一軒家をかまえられる程度には稼いでいた。


そこでは妻と娘の三人暮らし。


たまの休みには三人で食事をともにする。そんな懐かしい記憶。


最後の記憶を思い出す。


「今回の戦争は厳しそうなのですね……」


「ああ。もしかしたら今回は帰ってこれないかもしれない」


 今思えば、妻はきっと悟っていたのだろう。いつもと違う私の態度や、街を飛び交う敗戦の報告。お隣さんは早々に国から逃げ出してしまって、近所から人が段々といなくなっていた。


「だから君たちも――」


「いいえ。私はここに残ります」


 言葉に詰まる。勿論負けるつもりはないが、今回の戦いは相当厳しいものになると予測される。だからこそ、安全な場所に避難して欲しいのだが。


「だってあなた。帰ってこないつもりなんでしょう」


「……」


「でももし私たちが首都に残っていれば、あなたはきっと帰ってきてくれる。だから私は家に残ることにします」


昔からのゲン担ぎ。


 嫌なゲン担ぎだ。大切な人がいると、そこに帰ってこれるというものなのだが、本質は大切な人が居れば、敵前逃亡などをせず死力を尽くして戦うだろうという、国が流した噂。

 それで王国が出来たころは、なまじ強かったため無事に帰ってこれることが多く、いつの間にか庶民にまで広まっていった。


「戦争に行かないで欲しいといっても、あなたはきっと行ってしまうでしょう。だから私から一つだけお願いがあります」


 本当は逃げて欲しい。きっと自分は死ぬだろうから、新しい人を見つけて、そこで幸せになって欲しい。そんな言葉を伝えられれば良かったのだが、これから死地に向かう私の心の弱さでは、伝えることができなかった。


「どうか。どうか無事に帰ってきてください」




そんな最後の記憶を思い出す。


 どうしてこんな大事なことを忘れていたんだろう。なにより約束を果たせなかった私を、きっと妻は恨んでいるだろう。今更ながら心の中で後悔が押し寄せてくる。


「―――っと! 聞いてるの!」


「ん、ああ……」


そういえば私は、妻の言葉に最後なんて返したか。


 そうだ。確か見栄を張ったんだ。きっと帰れないことなんてわかっていたのに、妻に悲しい顔をして欲しくなくて。それで……


きっと目の前の女性も同じように考えているのだろう。


 危ない場所に行って、帰ってこない家族でもいたのかもしれない。だからこそ暴力行為などに大きな嫌悪感があるのか。そう考えれば納得できることも多い。


ならば私たち大人は、そんな子供の不安を取り除いてあげないといけない。


「安心したまえ。私は必ず君の下に帰ってくる」


「―――なっ! ど、どういう意味よ!」


「そのままの意味だ」


ザワッ! と教室がどよめく。遠くでは女子の集団がキャーと騒いでいる。


「今度こそ約束を守ろう。私はどんな戦場でも必ず戻ってくると!」


「だから戦場にいくなって言ってんのよ!」


それは無理だろう。理由は簡単だ。


「それは無理だ。私は、(戦場が)好きだからな」


「―――はぁぁぁぁ!?」


 ブンッ! と、拳が腹に飛んでくる。不意の一撃、長年戦場を経験した私でも、これを避けることはできなかった。

ぐふぅ……と言いながら崩れ落ちる。朝ごはんの目玉焼きが飛び出してきそうだ。


「もう! 知らない!!」


 そういって教室から駆け出すカスミ。クラスは藪をつついたかのような騒ぎだ。

その中で一人、冷静な男がいた。


そう、バンブーだ。


「……サクラがまだ登校前で良かった」


彼は小さくつぶやいた。

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現代転生異世界騎士タカシ naosan @supernaosan

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