第26話
カランカランと小気味の良い音が鳴り、ドアが開く。中は少し薄暗いが、窓から入る日差しで十分な視界がある。学校の教室くらいの広さの中にテーブルが何個か、カウンターには椅子もある。普通の喫茶店。
異質なのは、そこに客はおらず奥に座るボスだけ。
「ようハルト。外のやつらはどうした?」
「……師匠が相手をしている。俺は、ボスとの決闘に来た」
「ふーん……? 師匠ねぇ」
トントンと机を叩きながら足をゆする。少しイライラした雰囲気なのは、師匠がいたことで予定が少し変わったからだろうか。分かっていたことだが、外のメンバーはボスの仕込み。タイマンといっておきながら、その場所に辿り着けさえしない罠を張っていた。
「意外だよハルト。まだまだガキだと思ってたけど、対策をとっておくなんてやるじゃねぇか。ただ残念なことに結果は変わらねぇ。お前は俺には勝てない」
ふぅぅぅ。と大きく息を吐く。睨まれたくらいで怖気づいてどうする。足に力を入れる。自分でも心臓がバクバクと鳴っているのが分かる。
俺は、今から一世一代の啖呵を切る。
「そんなの、やってみなきゃわからねーだろ!」
指を指しながら吠える。自分自身に言い聞かせるように。
「……はっ! 吠えたなガキが」
ボスが立ち上がり、こちらに何かを放る。
床に落ちたそれは、姉ちゃんがいつも大事につけていたネックレスだった。
「お前! 姉ちゃんをどうした!」
「さてな。俺に勝てたら教えてやるよ」
こいつ……!
感情がカッと跳ねあがる。感情に任せた拳は、簡単に避けられカウンターを貰う。
「がはっ!」
「まだまだ青いなハルト。こんなことで切れてんじゃねーよ」
「このっ!」
こちらが腕を振り上げても華麗に避けられ、手痛いカウンターを貰う。
右に一発。
左に二発。
腹に一発。
ドコッ、バチッ。と当たる度に嫌な音が鳴る。
「ははっ。サンドバックかっての。練習にもならんわ」
「ぐ、が……」
ボスの構えはファイティングポーズ。ボクシングスタイルだ。
そういえばボスは地元のボクシングジムに通っているって話だった。圧倒的に技術さ。サトシさん。やっぱり精神力だけじゃあ、勝てそうにないっすよ……
少しだけ心が折れたことで、冷静になる。
腫れた瞼から相手を観察する。
攻撃が外れる。また殴られる。瞼が切れて、少し多めに血が飛び散る。大丈夫。
攻撃が外れる。また殴られる。少し歯がかけたか。大丈夫。
攻撃が外れる。また殴られる。少し足がふらっとするが大丈夫だ。
攻撃が外れる。また殴られる。鼻血が止まらない。まだ大丈夫だ。
「ちっ。しぶてぇな」
攻撃が外れる。――今っ!!!
少し単調になっていた相手のカウンターに、こちらも合わせる。
ボクシングを習っているといってもプロではない。ただ素人に毛が生えた程度のボスのパンチは、人を素手で殴ることに慣れてないのか、手が痛くならないよう少し雑になっていた。
別に狙っていたわけではないが、集中して相手の動きをみていたので反応できる。
俺の拳が、相手の顔に一発入る。足もフラフラで構えもくそも習っていない素人のパンチ。大したダメージにはなってない。
「……へへ」
「てめぇっ!!」
ヤクザキック。ガシャンと少し椅子や机を巻き込んで大きく後ろに飛ばされるが大丈夫。まだ立てる。嘘だ。流石にそろそろしんどい。
(へへっ。どうすかタカシさん。精神力だけでもあいつに一発入れてやりましたよ)
心の中で、師匠に報告をする。
「あ~、むかついたわ。土下座で許してやろうと思ったけど、もう許さねぇ」
カチャリ。と、右手に出すのは小型のナイフ。
キラリと鈍色のナイフは陽光に照らされて光る。
腰だめに構えて、ボスが俺に向かって突きだす。
「ははっ……」
笑いがこみ上げる。
もしかして何もかもお見通しか。
俺の心の弱さも。
技術の無さも。
諦めの悪さも。
「おらぁっ!!」
悪いけど、ナイフの対応方法は、前にタカシさんに動きで見せて貰ってるんだよね。
思い出すのは10人に囲まれた時。
ナイフやバットを持った不良に囲まれながら、まるで赤子の手をひねるように。
まずは冷静に突き出された手を、体を横に流して避ける。相手の腕を取り固める。不思議とナイフに対する恐怖心はなかった。
そんで懐に入って肘で――!
「おらぁっ!」
顎にいいのを入れる。
無駄のない、たったそれだけの動作で相手はなすすべもなく倒れる。
ボクシングのままで来られてたらしんどかった。ナイフに慣れてない動きだったから、あとはナイフへの恐怖心さえどうにかすれば、楽に対応できた。
「あ、が……ぁ」
どさりと倒れこむボス。アゴに入った肘で揺らされた脳は、すぐには回復しない。
「姉ちゃんは、返してもらうぞ」
ふぅぅぅ。と俺は大きく息を吐いた。
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