第7話
俺の名前は
今日の体育は野球だ。本来俺たちのような軟式野球部は、あまり目立ったポジションを守ることが無い。どうしたって一般人と野球部とでは差が出てしまい、体育の授業なのに公平感がなくなるからだ。
その制度自体に文句はないし、監督からも体育ごときで肩を使うなと指示が出ている。
俺たち軟式野球部は、県大会ベスト8までいくような強豪チームだからな。
しかし投手だけは別だ。
素人だと、そもそもストライクが入らない。ストライクが入らないとまともに野球ができないのだ。だから投手だけは野球部が務めることが多い。
今日は隣のクラスと野球だ。
ふっ。仕方ねぇ。
ちょっとかる~く、揉んでやるか。
◆◆
バシンッ!
カキーン!
ワーワー!
「……なんだこれは」
「野球だろ」
……野戦みたいなものか。
体育の授業が始まり、バットと呼ばれる武器とグローブと呼ばれる防具が配られた。
さあ、これで殴り合いだ!
「プレイボール!」
「おらぁぁぁあああ!」
「何をしとるかバカモン!」
開始の掛け声と共にグローブで襲い掛かったのだが、どうやら違ったようで怒られた。
それから始まる白球を巡る戦い。
分かったのは、あのボックスと呼ばれる場所でバットを使い、ボールを撃ち返すということだけだった。
「ほらタカシ。お前の番だぞ」
バットを手渡される。長さは大体80cm程度か。丁度私が使っていた、ロングソードと同じくらいの長さか。
ふむ……
ボックスに立ち、構える。
構えは下段。
ザッと土を踏みしめ、相手を睨みつける。
飛んできた球を下から切り上げることが出来る。この構えが一番、何が来ても対応できる構えだろう。
「なんだその構えは……!?」
相手があまりに隙のない構えに恐れ慄いている。
当然だろう。何年戦場を駆け巡ってきたと思っている。
ボールを投げる役が疑問を呈す。きっと目の前の少年は剣術の心得がないのだろう。
「ふっ。素人には分からないか。この構えで私は今まで何人もの人間を倒してきた、究極の型よ」
「いや、聞いたことないぞ」
「御託はいい。さあ、さっさとかかってこい!」
納得がいっていない投げる役の人。その不安は球に現れる。
――甘い!
ビュンッ! というバットが空を切り裂く音。バットは球を捉え、高く遠くへ飛ぶ。
「――なにっ!」
「ファール!」
ふむ、これは先ほど別の人で見たやつだ。もう一度打てるやつだな。
「あまりの遅さに早く振り過ぎてしまったようだ。次は本気で来い!」
「舐めやがって帰宅部が……!」
私の煽りに目が鋭くなる。野球部に所属しているというこの少年の勘に触ったのだろう。
二球目。
先ほどと同じような球が来る。
(――貰った!)
先ほどよりタイミングのあった切り上げ。ブンッと振ったバットの下をボールが通り抜ける。
「――なにっ!」
「ストラァイィクゥ! ツー!」
審判が高々と手を振り上げ、ストライクコールをする。
ボールが曲がっただと!? 奴は曲芸師か!?
侮っていたのはこちらのほうだったか。奴はまだ、第二の手を隠し持っていた。戦場でも慢心した人間から倒れていく。この少年は、そんな戦場の常識を思い出させてくれた。
「……やるな!」
「そちらこそ……!」
ふふふ。面白い! しかし早まったな少年よ。これは三本勝負。次で決める!
先ほどよりもグッと腰を落とす。さあ、こい少年よ!
(……ここはもう一球、フォークを投げるか?)
(いや、こいつの目はまるで鷹のようだ。ボール球には手を出さないだろう。それに変化球で目が慣れていない今なら、渾身の速球で抑えられる!)
サインの交換が終わり、少年が振りかぶり、投げる!
速い――!
しかし、数々の死線を乗り越え。そして捌ききってきた私に、死角はない。
どんなに速かろうと、戦場であった魔獣の引っ掻きに比べれば、なんてことはない!
「はぁっ!」
カキーン!
快音を鳴らし、白球は高々と上がる。
おおー、という周りの歓声が響く。
「ば、ばかな……俺は県大会ベスト8の実力だぞ……」
「ふっ。この勝負、私の勝ちだな」
バットを相手に向け勝ち誇る。これは勝者の特権だ。偉そうに講釈を垂れるタカシ。
「上には上がいる。そのことを教えてやったまでさ」
フッ。と鼻を鳴らしボールの行方を見る。
外野手がタカシの打ったボールにようやく追いつき、白球をこちらに投げ返す。ボールは私から見て右側の少年に向かって投げられた。
「アウトッ!」
「なんでだよ!」
バンブーが高々と声をあげ、俺の頭を叩いた。
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