第5話

「なんだ、結局歩くのではないか」


「お前のせいだからな!」


場所は、先ほどよりも少し建物が増えていた。


 のどかな田園風景はあまり変わっていないが、少しずつ街の中心地へ近づいていることは分かる。


少し前を歩くバンブー。


やはり、道を知っている者がいると楽だ。


 以前、馬車に乗っていた時に、夜盗に襲われた際は御者が死んでしまって、えらい大変な目にあったことを思い出す。あれはもう、経験したくない。


「助かったよバンブー。この辺の地理には詳しいのか?」


「詳しいもなにも一本道だろうが……」


 なにを言っている。もしどこか野盗が出やすい地域などがあったら大変だろう。なのにこの男は迷いなく安全な道を選べている。きっと優秀なシーフかなにかなのだろう。非戦闘員だと思っていたことを心の中で謝る。


「全くなにやってるんだ。相手が先に手を出してたから良かったものの……」


 バンブーはため息交じりに、小さく溢す。殴られたから殴り返す。何かおかしいことでもあるのか。もしやそのまま殴られ続けろと。かつての偉そうな上官が言っていたな。「お前ら新人は先輩に殴られるのが仕事だ」と。ふざけたやつだったので、最初から殴り返してやってのを今思い出した。


「しかし舐められたら、その後の関係に大きな影響が出るだろう」


「ヤンキーと、どんな関係を築くつもりなんだよ」


 この国では、悪い人間を倒しても、殴られてから殴り返しても捕まるらしい。変な国だ。


それでは、悪が蔓延ってしまう気がするのだが。


「そういうのは、警察に任せればいいんだよ」


「しかしそうすると、私の能力チカラはどこで出せばいいのだろうか」


「そういう厨二病チカラは体育の授業で発散すればいいだろ」


「タイイク……?」


なるほど。この国でも授業の中で戦闘訓練を行うことがあるのだろう。確かに先ほどの少年の拳も中々良いものだった。防衛意識が低いと思っていたが、なかなかどうして、この国の人間もやるではないか。


「うむ。楽しみだな。タイイク」


 結局、歩いて向かったため、学校には昼過ぎに到着した。階段を登り私たちのクラスへ顔を出す。午後からの出席ということもあり、少し奇異な目で見られている。


「ちょっとあんたたち、なにしてたの」


 そこに声をかけてくるショートカットのボーイッシュな女の子。クリリとした目が、見た目よりも幼い印象を醸し出す。


「ちょっと能力チカラを出し過ぎてしまったようなんだ」


「……なにしたの」


バンブーと少女が電車での顛末を話し出す。


しかし参ったな……思い出すのは以前のこと。


 年齢が30を超えると段々と何かを思い出すことが難しくなる時がある。そして久々に会った女性の名前を覚えておらず、泣かしてしまったことがある。


そして私は今、目の前の少女の名前が分からない。


おい、バンブー。なんかうまいこと会話の中に名前を混ぜてくれ。


そんな、私の些細な願いは届かなかった。


「ちょっとタカシ。あんた何やってるのよ」


 期せず回ってくる会話。ここは私の人生経験で培った会話力で乗り越えることにしよう。


「うむ」


必殺、とにかく相槌を打つ! 女性の大半はこれで会話をこなすことができる。きっとそれはこの国でも同じことがいえるだろう。


「馬鹿ねあんた。次から気をつけなさいよ」


「うむ」


「でもあんた、そんなに強かったっけ」


「うむ」


「格闘技かなにか習ってたっけ」


「うむ」


「……ちょっと、ちゃんと話聞いてる?」


「うむ」


 少女の目が少し座っている。ジトリとこちらを睨む。結局私は、この女性の名前は分からないままだった。

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