第2話

「――はっ!」


ここは……どこだ。


 我々は今、セヴァーン平原にて殿を務めていたはず。逃げ出せるだけの時間を稼ぎ、体に何本も矢や剣が刺さっていたが満足して逝ったはず。そう、そこまでは覚えている。


 我ながら、よくあれだけの敵に恐れず向かっていけたものだ。仲間が勇気をくれたこともあるが、よくやったと思う。


しかしここは……体の傷もない。そもそもこの布団は、とてもふかふかしており、国の王族が眠るようなベットではないか。


なにが――!




「たかし!!! 早く起きないと遅刻するわよ!!!」




ビクリッ。と、ドアの外から聞こえた声に体が反応する。


(な、なんだ今の大声は――!)


まるで森で出会ったオーガが、敵を威嚇するために大声で叫んだような気迫。


 ここが戦場でもよく響くだろうその声に、先ほどまでぼんやりとしていた意識が覚醒をする。まるで眠気が一気に飛ぶ魔法でもかけられたような気分だ。


ドスドスドスッ。


と……いや、それよりも重厚なドスンッ! ドスンッ! という階段を登る、迫りくる音。


(ま、まずい――!)


この威圧感、戦場にも匹敵する……っ!


茶色のドア越しに迫る危機。


ドス。ドス。という重厚な足音が、一歩、一歩近づくごとに湧き上がる恐怖。


ブワリッと、冷や汗が止まらない。心なしか手も少し震えている気がする。まだ見ぬドア越しのモンスターに、私の体が本気で怯えていた。


これは本能で怯えている。覚えているのだ、あの声の主への恐怖を!!


この体が!


ガチャッ、というドアの音と、現れた40代くらいの女性。少しパンチパーマのきいた髪型がより恐怖を増加させる。その女性は右手に黒い鈍器のようなものを持ち、服装は赤色の派手なエプロンをしていた。

 腕は女性にしては太く、私の太ももと同じくらいのサイズはあるのではないかと、錯覚する。


「やだ、起きてるじゃない。起きてるなら早く降りてきてご飯たべな。タケシ君が待ってるわよ!!!」


「あ、ああ……」


人間……なのか?


 かすれた声で、思わず返事をしてしまったが、この女性はなんなんだ。

あの戦場ですら、ここまでの恐怖すら抱かなった私が、この目の前の女性に恐怖している。辛うじて言葉が通じることから種族は同じだと判断できた。


 まさか、あの戦場のどの戦士より、目の前の女性のほうが強い。そんなことがあるのだろうか。紛れもない恐怖に私はあり得ない考えをもってしまった。


しかしここはどこだ。それに私は誰だ……?


 都合よくベットの横には立ち見の鏡がある。この鏡すらかなり高価なものだろう。その姿を見て、祖国コンビニダトに居た頃の私とは違うのが分かった。


(なんにせよ、情報収集が必要だ)


ドスドスドスと、大きな音を立てながら去っていった女性に、ホッと一息をつく。


 ここはどこなのか。そして私は誰なのか。故郷に帰ることは出来るのだろうか。そのあたりを調べる必要がある。


……ははっ。奇々怪々な出来事だというのに順応が速いのは私の利点の一つか。


 思えば故郷でも孤児から成り上がったのだ。その経験から現場に如何に早く適応するかが問われる場面が多かった。そう考えれば、この適応力も私の良さなのだろう。


「あのものが言っていたな。降りてご飯を食べろと……ここは大人しく従っておくか」


 なんにせよ行動が必要だ。やらなければいけないことをしているうちに、情報は自然と集まってくるだろう。私はベットから降りた。


ピコン、という軽快な音と共に目の前に二つの選択肢が現れた。


①階段を降りてご飯を食べる


②着替えてからご飯を食べる


「――なんだこれは!」


 目の前に現れた半透明の選択肢。そして何故か読める初めての言語に戸惑う。起きてから衝撃の連続だ。このような怒涛の攻撃を受けるのは、最後の戦場で大人数に囲まれたとき以来か。結構最近だった。


選択肢が目の前にあり、邪魔で歩けないので、俺は仕方なく①を選択する。


(これだけ上等な服を着ているのだ。わざわざ着替える必要もないだろう)


 肌触りもよく、動きやすい。少しファンシーな感じはするが、まあこういうデザインの服もあるだろう。


 そう思い、階段を降り食卓へ向かう。机の上には、朝ごはんにしてはかなり上等な食事が並んでいた。


(おお、ここはかなり金持ちの家なのだろうか。客人に対して、米、味噌汁、卵、野菜。それにこれは牛の乳を搾ったものだろうか。これだけのものを提供できるとは……)


うむ。先ほどのおばちゃんにはビビったが、これほど好待遇を受けているのだ。感謝をしないとな。


そんな時、丁度良くガラガラという音と共に、座っていた後ろのドアがあいた。


「おお、先ほどの女性よ。これだけの食事を出していただけるとは、ありがとう! そなたに感謝しよう」


私は振り向きざま、女性に向かって言葉を投げかけた。


パシーーーーン。


という頭を叩かれる音。


「ぐ、おおおおお!」


なんということか。的確に脳天を貫くそのビンタに俺は頭を抱える。


「なに馬鹿な事いってんだい!!! そもそもなーんでパジャマで飯食ってんだい!!! さっさと着替えて、学校いきな!!!」


パシーーーーーンと、俺はもう一発叩かれた。

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