大通り
リアムが面接に出向いた日から数えて3日後の土曜日。
青い空と白い雲のコントラストがはっきりとした暖かい日だった。
今日は、任務で行動を共にするバディと初の顔合わせと、その打ち合わせになっていた。
実のところ、ぜひそうするようにとカーターから電話で促されたのだ。
「リアム君は初回だし、初任務にあたるバディとは事前に顔合わせをしておいた方がいいだろう。それと今回の任務に関しての打ち合わせも少し、ね。まだ君はうちの従業員の名前と顔は、一人も知らないだろう?」
というカーターの提言で、リアムの住む町の隣にある繁華街でお茶でもしてこい、というものだった。
「お茶代は君の相棒が払ってくれるから、気にせず打ち解けておいで。最初は世間話だけでもいいんだから」
という文言のあとに、カフェの場所と具体的な時間帯も指定されたため、リアムは徒歩でそこに向かっていた。
なぜそんなお節介をされたのかは分からないが、もしかするとカーターなりの気遣いなのかもしれない。
「調査員の打ち合わせって何するんだろう……」
打ち合わせは、恐らくリアムが初めて仕事をする際の役割分担とか業務の説明だと思うが、カフェなんかでしてもいいのだろうか?
特に服装の指定もなく、持ち物もいらないと言われたが不安だったので、この間の面接でお世話になったスーツを着用し、ポケットには財布をしのばせてある。
今日これから会うのは、経験を積んだ先輩なのだ。優秀な調査員、言わばベテランと聞いている。失礼のないようにしなければ。
……
リアムの町から繁華街はそう遠くない。歩き出して15分、大通りに入るとたくさんの人々が行き交う景色に変わる。それにここは、一週間前に面接に赴く際に、通ったばかりだ。
休日だけあって、街中は家族連れや恋人たち、観光客で賑わっていた。通りには新しくオープンしたアイスクリームのお店などが立ち並び、クレープを売るワゴン車にはそこそこ行列ができている。その中に、例のドーナツのワゴン車も見つけて、リアムは思わずあの少女のことを思い出した。
(変な人だったけど、きれいな瞳だったな……)
深い森林を思わせる深緑の虹彩。
彼女の容姿はぼんやりと覚えているけれど、目に焼き付いて離れないのはあのグリーンだった。
彼女の印象は、ドーナツを奪われたことで理不尽な人という認識もあるが、浮世離れした雰囲気といい、別の世界の住人だったのではないかという気がしてくる。
確かにラストが3つしかないドーナツを後先考えずに注文したのは悪かったかもと、リアムは反省した。昔から弟におやつを譲るくらい気のいいリアムは、多少理不尽な目に遭っても自然とそういう考えになるのである。
(とりあえず、ショコラクリームはまたリベンジだ)
ワゴン車の傍を通るとき、甘くて香ばしい匂いに釣られかけたが、今は我慢だ。そもそも、これからカフェに行くのだからーー。
ドーナツの誘惑を通り過ぎ、大通りをまっすぐ進んでいくと、前方に郵便局が見えてきた。
郵便局の角を右に曲がり進んでいくと、その途中に約束のカフェはあるらしい。
指示通り、郵便局を曲がって大通りから外れると人の数は少し減る。
数分ほど歩いていると、奥に『フロリアンカフェ』とある洒落た看板が目に入った。
指定された、例のカフェである。
どんな雰囲気なのだろうと店内を伺うと、客数の少なさに驚く。
大通りのカフェは、どこも混んでいた気がするのに、そこは数人の客しかテーブルに着いていなかった。
さらに驚くべきなのはその内装だ。
高級ホテルのロビーのように、一面に金と絵画で装飾された天井と壁が見える。赤いビロードの椅子、大理石のテーブル、そして執事のような格好をしたウェイター……。
まるで宮廷だ。
(こんな豪華なカフェ初めて見たぞ……)
リアムはそもそも、カフェには滅多に行かない。コーヒーは好きだが、飲むのはいつものスーパーで買う、インスタントのコーヒーだ。
そんな庶民派のリアムでも、ここは他とは違うカフェなのはなんとなく肌で分かった。
閉じられた扉にはプレートが掛けられており、よく見ると会員制と書かれている。
カフェに会員制なんてあるのかと、またもや驚いた。
かなり余裕を持って家を出たため、約束の時間まであと15分もある。
相手はさすがにまだ到着していないだろう。
肝心のバディの名前を事前に聞きたがったが、カーターには会ってからのお楽しみだよと含みのある言葉を言われ、それ以上何も聞き出せなかった。
相手は履歴書でリアムの顔を知っているらしいので、そこは心配ないらしい。おかげでリアムは余計に緊張しそうだった。
店の前にいては邪魔なので、先に入店して待っていようかなぁと思っていたその時、
「リアム・グランシーくん……だね?」
背後から突然声をかけられ、黒ずくめの男が立っていた。
名前を呼ばれた、ということは。
「あ、はい。そうですが」
リアムの言葉に、目の前の男は嬉しそうに目を細めた。
「君が僕の……バディだね。よろしく。待っていたよ」
「あなたが……」
リアムは言いかけて、淀んだ。
男は黒縁の眼鏡をかけていて、大きなマスクで鼻まで覆い隠しているため、どんな顔立ちなのかがはっきりしない。背はリアムより少し高く、どこか威圧感がある。分厚いコートにマフラーという季節感のない格好がさら違和感を引き立たせた。
(この人が俺のバディなんだ)
男はリアムのそばまでよると、右手を差し出してきた。リアムも恐る恐る手を出して、握手をする。
「初めまして。君の相棒を務めさせてもらうイヴァンだ。ベルローズ事務所に務めてもう5年にもなる」
唯一、声だけは若い男性のものだった。
イヴァンと名乗ったその男は、握手の手を再びコートのポケットに収めた。そして周囲をきょろきょろ見回すと、
「実はカーター所長から連絡があってね。ここじゃなくて、せっかくならいい眺望のカフェを見つけたらそこにしたらと言われたんだ。ここから近いし、場所を移動しないかい?ここはもうじき混む頃だろうし」
「そうですか……分かりました。俺はどこでも大丈夫です」
会員制のカフェでも混むことがあるんだろうか。
そもさもリアムはこの会員制のカフェに入りたかったので、少し残念な気持ちになった。
その気持ちが顔に出ていたのか、イヴァンはリアムの背中を軽く叩く。
「大丈夫、大丈夫。少しここを歩いた先にあるんだ。僕もよくそこに行くんだよ。ついておいで」
それだけ言うと、男性は歩き出す。
(いきなり場所を変えるなんて妙だなあ)
リアムは変な引っ掛かりを覚えつつも何も言えず、彼の後をついていくことにした。
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