第15話 去勢──異世界を生き抜くために

「まず第一に。これから生きていく為に必要な知識を教えておこうと思って。国や仕事のことを頭に入れといた方がいいよ。これはエリア君も他人事じゃない。貴方は去勢事件の所為で失踪したことになってるんでしょ?」


 そういえばご丁寧に王太子の局部を捥ぎったことまで話していたな……そして局部を飲食店に持ち込んで調理してもらった話まで……。

 エリアは取り皿に分けた肉をナイフで切り分けながら、漠然とそんなことを考えていた──本来であれば自分が大量殺害事件の被害者であるだとか、何所かに駆け込んでレンリの悪行を証明するだとか考える事は山ほどあるのだろう。そもそも人間の局部の事を考えながら肉など切りたくない。カニバリズム、そして他人の局部。

 頭が痛くなってきた。最早エリアは自らの明日以外のことを考えたくなかった。

 ──正義感を抱くには気力が要るらしい。僕は身をもってそれを学んだ。


「……両親は僕のことを探しているかもしれませんね。就職先が吹っ飛んで無職になったショックで失踪したと思うかもしれません。大丈夫ですよ、どうせ探しに来ません。その犯人の協力者になっているなんて夢にも思わないでしょうね」

「ま~あ、嫌味ったらしい言い方するようになったね彼!……話を戻しましょう。この通りエリア君のご実家にも頼れないだろうし、レンリさんは犯人だもんね。家とか今頃火とかつけられてる可能性あるんじゃない?」

「別に私の家じゃないので」


 エリアはぼんやりと故郷に残してきた両親の顔を思い浮かべていた。

 ──息子が突然消えたとなればそれなりにショックだろうか。それでも僕はそこそこいい年の男だ。学費を持ち逃げされたと怒っているかもしれない。

 当初から「資金面を親に頼る」という選択肢はエリアの中に無かった。何かしらの決着が着き、家に帰る日は来るかもしれないけれど……親は何となく自分を許さない気がする。確立としては半々だ。少なくとも事件の主犯に攫われたという真相まで親は辿り着けないであろう。

 最初こそ誰かにレンリのことを打ち明け、彼女を然るべき機関に引き渡すことも考えたが──まず自分には去勢事件並びに王城襲撃について彼女が犯人であるという証明が出来ない。悲しきかな犯人の髪色も変わってしまっている。そもそも自分が何かをやらかしたらレンリは真っ先に自分に危害を加えるのではないか……エリアの中にはこの時点で家に帰る、頼るといった選択肢が失われていた。

 レンリは「赤の他人の家」を心配している様子も無いし、認めたくはないが倫理観が似てきているのかもしれない。


「生活の話をしましょう。匿ってあげたいのは山々だけど仕事の都合上いつまでも貴方達をここにずっと置いておけない。一か所に留まるのも良くないしね」

「……エリア、貴方聖騎士の仕事は?」

「は?僕の収入をアテにするんですか!?有るわけないでしょう!貴女の所為で職場が派手に吹っ飛んで上司の息子の下半身が……!」


 ──となると次に生じるのは生活の不安。これから放浪が始まる。

 キョウカ曰く彼女の仕事は家に依頼者を招いて行うこともあるらしく、また家を空けることも多いらしい。また村で得られる情報、仕事には限りがある。逃亡するなら一か所に留まるより、各地を転々とすべき……というのが彼女の意見だった。

 エリアは最初から彼女の世話になるつもりは無かったが、レンリも一応キョウカに寄生しようというほど倫理観は低くないようだ。

 安心したのも束の間、レンリはこちらの収入をアテにしているらしい。

 エリアは思わずテーブルに両手を突くと半身を乗り出して声を荒らげた。


「はい、静かに!ご飯の最中に下品な話はやめてね。……だからまずは村を出て次の街を目指して。そこで冒険者ギルドに登録して、依頼を受けてみて」

「我々のような人間でも出来る仕事なのですか?」

「手続きは偽名がいいかもね。仕事の話なら最初のランクなら簡単だから大丈夫。それで路銀を稼ぎつつ慣れるの。エリア君もシステム自体は知ってるでしょ」

「は……はあ……一応知識はありますが……」

「詳しいことは隣町のギルドの受付に聞けばいいよ。丁寧な子だから安心してね」


 キョウカに釘を刺され、何とも言えない気持ちのまま引き下がるエリア。その傍ではレンリが勝ち誇ったような表情で肉を頬張っている。

 腹立たしさと不安と諦念が入り混じる複雑な感情──然し、キョウカは待ってくれない。今度は「冒険者として働け」という話になってしまっている。学校まで出て聖騎士になった自分が、王城に斡旋までされていた自分が……という絶望は最近は少し薄れてきた。それもこれもレンリの所為であり、レンリのお陰だ。

 一生冒険者に混ざって仕事なんてしないだろうと思っていたエリアだが、一応世界各国に支部のあるギルドの機能自体は覚えている。就職先が決まらなかった際の最終手段にここで行き着く羽目になるとは。

 道中で登録に使う名前でも考えよう……。


「そして国のこと。故郷には戻らないんでしょうけど、当たり前だけど絶対戻ったらダメだからね。多分、後継者全滅でしょ。次の王を立てるとかで国は滅茶苦茶になってるでしょうね」

「庶子を探したり、隣国が兵士を派遣してきたり碌なことにならないでしょうね」

「異国の貴族の事は詳しくないけどカオスだこと。転生者が来て国が滅茶苦茶になるって中々無いんだよ。あったら困るか。アウェーに来て、後先考えずにテロ起こせるってある意味では才能かもね」

「お褒めに預かり光栄です」


 故郷の未来は恐らく暗い。

 キョウカの言うように襲撃事件の所為で隣国には継承者問題が発生しているだろう。庶子を探したり、それが適格でないと判断されれば貴族達が候補者を押し合い……そうした混乱を狙って何処かに占領されるという可能性も否めない。

 王太子や有力者の死によって生じた政治的空白が、貴族達の間で激しい権力争いを引き起こしていることだろう。各々が利権を守るため、或いは権力を奪うために動き、国の統治機能が麻痺状態に陥っているであろう。いずれ内乱に発展するかもしれない。

 その混乱の中でレンリがどのように扱われているかは不明だが──問題が落ち着いたら。或いは彼女の所為で不利益を被った人間が、個人的に彼女を探している可能性も有るだろう。エリアはもし家族のことが恋しくとも、易々と帰国は出来ない状況であることを再認識させられていた。


「全部貴女の所為ですけどね。……どうしてくれるんですか?」

「別に貴方もそれで困らないでしょう。生きていることに感謝したらどうです」

「はい、喧嘩しない。とりあえず明日、もう旅立ちなさい。食事とか道具の類は持たせてあげるから……なるべく早く寝るようにね。村から町までまあまあ距離があるから」


 これから自分は冒険者の最低ランクとして生きることになるらしい──一応それでも収入が有るだけマシだけど。しばらくは日雇い仕事で食い繋ぐことになりそうだ。

 エリアはふと自分がレンリに対して突っ掛かっていることに気付いた。これに対してレンリも手が出るわけでもなく、能力で突き飛ばして来るわけでもない……一応少しは扱いが改善してきたと言えるのだろうか。

 キョウカはやれやれといった様子で空になった皿を集めて厨房へと戻っていく。

 ──奴隷から人質へ、人質から従者ぐらいには引き上げられたのだろうか?

 口喧嘩が出来る程度の中には昇格したらしい。全く喜ばしい出来事ではないが。

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