異世界で国際指名手配を受けまして

第14話 肉を焼く転移者

　狩猟後、エリアは想像に反して無事に過ごすことが出来た。

　罠師の娘に促され、レンリも交えて三人で猪の死体を解体することになったのだ。死体とはいえ殺し方が雑な所為で部位があらぬ方向に弾け飛んでいたり、罠の所為で焦げていたり──素人目にもこれが売り物にならないことは明らかだった。

　娘は「これだと装備に加工することも出来ない」と肉片を拾い集めながら溢した。

　本来魔物や大型の獣を倒すと肉は食材、牙や外皮といったパーツは装備に加工されることが一般的である。中には住居を作る際の材料になったり、家具になったり、時に衣服や装飾品になることもある。故に狩猟を生業とする者は獲物を傷付けずに倒す、特定の部位を切除した上で殺害する技術を持っているのだが……田舎の民間人はそこまで高度な技術を持たないだろう。

　それでも尚、娘は肉片を持ち帰るようにと促した。街であれば肉を仕入れる事は容易いし、なんなら自分の実家には定期的に肉屋が出入りしていたが──もしかしたらこれは一般的な感覚では無いのかもしれない。彼等はこれらも貴重な資源として、食料として活用しているのだろう。

　エリアは少々のカルチャーショックを受けつつも、やる気の無さそうなレンリの分も解体作業を手伝った。今後このような事態に出くわしても恐らくこの女は大して働かないだろう。

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　二人が帰宅する頃、キョウカは既に戻っていた。

　肉を運んできたことを知るや否やキョウカも家屋の中に運ぶのを手伝い、二人を先日のように大広間に待機させるとその足で手際よく夕食を作り始める。

　本当によく働く人間だ。実家の女中達ですらここまで忙しなく動いていなかった──客人扱いを受けているとはいえ、何もしないというのは申し訳ない。

　ぼうっとしているレンリを余所にエリアは一応「何か手伝えることはないか」とキョウカに声をかけてはみたものの、あっさりと断られてしまう。

　気遣いのようにも思えるし、逆に自分達を介入させることを望んでいないようにも思える。作業は一人でしたいタイプなのかもしれない。気まずさは残るものの、何方にせよその気持ちは理解出来た。

「良かった良かった！上手くいったんだ。私の方も無難に終わったよ。こっちは家屋に霊が憑りついてるとかそういうのだったから」

　そうこうしているうちにレンリとエリアの前に複数の皿が並ぶ。

　香辛料の香ばしい匂い、ハーブの類で香りづけされた猪肉の塩焼き…先程レンリとエリアが拾ってきた肉片をキョウカが調理したものだ。

　豪快にスライスし、炭火でじっくりと焼き上げられた猪肉。外はカリカリと中は柔らかく仕上がっている様子。塩や発酵調味料をつけ、肉の旨味をダイレクトに味わう料理だ。エリアの故郷では馴染みないが、囲炉裏や野外でこのように肉を焼いて食べることも多いのだろう。シンプルでありながら食材の持つ力強さが際立つ一品だ。

　彼女が依頼主から貰ってきたという山菜のサラダを加えると中々に豪勢な食卓である──田舎の村人がそこまでいい暮らしをしているとは思っていなかったけれど。

　キョウカのような人間はまた別なのだろうか。

　レンリは手を合わせ、先に料理に手を付けてしまっている……最低限の礼儀が有るのは結構だが、キョウカを怒らせる可能性などを少しは考慮しないのだろうか。彼女がキョウカに火を付ければ自分もセットで追い出されることは目に見えている。

　然しキョウカはこちらの心配を余所にレンリを温かく見守っている始末……同じ異世界人贔屓なのだろうか？

　気にしない方がいいのかもしれないが、縦社会の中で揉まれてきたエリアはどうにも落ち着かない。

「エリア君は食べないの？育ち盛りなんだから沢山食べた方がいいよ。貴方なんて特に身体を鍛えないとやっていけない職業でしょう」

「ああ……えっと……僕はその…………魔力の補助とかを受けるので……」

「それでも。食べないと力は出てこないから。貴女も食べてね、異世界での生活は体力勝負。食べられる時に食べることを意識して身体作っていかないと」

　──昔の私みたいになっちゃうよ。

　キョウカの少女時代の話は如何せん重い。異世界に迷い込んでから長期間飢えと渇きに苦しみ、乞食になっていた人間の言葉には嫌でも重みがある。

　然しながら他所の人間の世話になることへの遠慮、気まずさ……そして多少仕事をしたとはいえ借りを作ってしまうことに抵抗のあるエリア。そこでふとレンリに視線をやり、「早く食え」と言わんばかりの鋭い視線に気付いておずおずとナイフとフォークを手に取った。切られてはいるが、細かく切り分けて口に運んだ方がいいという配慮だろう。住人達の中には豪快にかぶりつく者もいるのかもしれないが。

「ああ、そうそう。食べながらでいいんだけど。ちょっと話を聞いてくれないかな。これからのことを話しておこうと思って」

「……これから？」

「そう、これから。貴女達が何処へ行くのか知らないけど……レンリさんはこっちの勝手はまだよく分かってないんでしょ？エリア君もなんだか育ちが良さそうだし。一度こちらの世界について色々と話しておこうかな」

　エリアはキョウカの言葉にやや訂正したい部分も有ったが、一先ず言葉を飲み込んだ。

　異世界の話──というとエリアにとっては慣れ親しんだ故郷であり、暮らしている世界そのものだが。レンリにとってはそうではない。キョウカはこちらに全てを任せるより、異世界人目線で彼女に講義を受けさせるつもりのようだ。

　今の状態で異世界に野ざらしにしておけば勝手に死んでくれそうなものではあるが……。余計なことをするなと言いたい気持ちは山々だが、そんなことは到底口にすることが出来ない。

　すっかり聞く姿勢に入っているレンリを前に、エリアは内心深く溜息を吐いた。