第13話 これが聖騎士の仕事か?
あなたは聖騎士の仕事を知っていますか?
聖騎士といえば城や宗教施設に駐在していたり、汚染された地域に浄化へ向かったり、結界を張ったりとそれなりに仕事の範囲は狭い。時折冒険者に雇用され、旅に出る者もいるのだが……ステレオタイプの聖騎士として働いている人間からするとこれは邪道扱いになる──というのが、エリアがこれまで聖騎士になる上で肌で感じてきたことだ。一族の人間は皆「王道」だったから自分もそれに倣い王道を行くのだと思っていた。
──否、今の僕は邪道の真ん中に転がってしまったんじゃないだろうか?
エリアは額を流れる汗を利き腕で拭い、中腰の状態で地面に魔石を埋めながら考えている。レンリ……否、主人は何処へ行ったのか……。
「あのう……指示された地点には一応ちゃんと埋めてきたはずなんですけど、本当にこんなことで成功するんですか?……あの人の言ってることって滅茶苦茶ですよ」
エリアは手で村の外れに穴を掘っていた。篭手越しではあるのだが、これが本来聖騎士の仕事でないことだけは分かる。庭いじりをするのだって手は無いだろう。
その背後では先程の罠師の娘が魔石を手に監督のようにふんぞり返っている。とはいえ彼女もレンリから指示を受けてここにいるのだ。
──先程、少女とレンリはエリアの魔力を使って魔石を作り出した。人様に魔力を捻りだし、結晶化しろ!というのは中々の言動だ。自分ならとても言えない。
然しながら逆らえないエリア……自分は魔法使いになれるほどの適性の無い人間だ。おまけで魔法を使えるというような職業の人間にそんなことをさせるべきではないと反論したい気持ちは山々だが、生憎自分は奴隷同然の身。所有物だ。
黙々と少ない魔力を抽出する羽目になった……術式を組み込む、という技術を会得したことに関してはいいことなのかもしれないが、仮に母国へ帰ったところで使うことは出来ないだろう。受講費、受験費が高いわりに就職に役に立たない資格と同じようなものだ。
「あと一か所よ、頑張って。それが終わったら勢子の仕事があるからね」
「は、はい……」
自分の後を少女が支持をしつつ付いてくる形で、エリアは中腰のまま地面に軽く穴を掘ってはそこに先程作った罠を埋めていく。
──手筈通りに行けば罠は全て獣が体重をかけた時に起爆し、効果を失うはずだが……。村人が採集で訪れる森にいくつも罠など仕掛けていいのだろうか。とはいえ一番可愛いのは自分の身だ。レンリに逆らったら何をされるか分からない。
エリアが最後の罠を埋めると少女はうんうんと頷く。
「そんな感じ、良い感じ!じゃあ私はレンリさんの所に行くから手筈通りにお願いね。何かあればサポートに入るけど聖騎士さんなら大丈夫でしょ」
じゃあ頑張って!──少女は軽快な足取りで去っていく。
エリアは少女の姿が見えなくなってから深く溜息を吐いた後、「レンリが付けた目印」へと移動を開始する。少し歩いたところで落ち葉にまみれた森の中でそこだけ葉を避けておいたという説明通り、円を描くように土が露出している場所を見つけた。
ここですべきことは「挑発」だ。これは特に属性があるわけではないのだが、魔力を用いた聖騎士の技能の一つである──周囲の存在に対してこちらに注意を向けさせるというもの。人間の場合は一筋縄ではいかないが、魔物のような存在であれば魔力でアプローチをすれば寄ってくる……という算段だ。
エリアは集中しあたりに細かく魔力を拡散するようなイメージで魔力を放出した。
「……嘘だろう……」
挑発は上手く行った。これは聖騎士必須の技能だ──学生時代も僕は評価が良い方だったから当たり前だけど。今は全く嬉しくない。
広大な森の奥深くからエリアの前に姿を現したのは巨大な猪だった。その体躯はまるで小さな山のようにそびえ立ち、筋骨隆々とした胴体は黒褐色の毛で覆われている。まるで鋼鉄でできたかのような固い体毛は、陽光に照らされると鈍い光を放ち、魔物とも獣とも区別がつかない威圧感を漂わせていた。
その目は漆黒に染まり、血のように冷たい光を宿している。鼻からは重たい呼吸音が響き、荒々しく吹き出す息が地面に落ちた枯葉を舞い上げた。
牙は鎌のように曲がり、鋭く磨かれた象牙が自分に向けられた瞬間、エリアは息を飲むほどの恐ろしさを感じた。
──しかし仕事はここから。エリアはこれを指定された地点までひきつけなければならない。
巨体にもかかわらず、その動きは驚くほど俊敏だ。太い脚が地面を踏みしめるたび、大地が震えるような重低音が響き渡る。蹄は岩を砕くほどの力を秘めており、民間人であれば容易に踏み潰すであろう。その背中には何本もの古びた矢が突き刺さっているが、全く気にしていないようだ。痛みさえも感じないかのようなその姿にエリアは一瞬獣ではなく、呪われた存在なのではないかと思った。
「これ以上、無理だ……!早く何とかしてください!見ているんでしょう!?」
エリアは振り返る間もなく、必死に森の中を駆け抜けた。
背後からは巨大な猪の重たい蹄が地面を叩きつける轟音が恐ろしいほどの速さで迫ってくる。木々の間を縫うようにして走るエリアの耳には、荒々しい猪の息遣いが風のように聞こえ、心臓は喉元まで飛び出しそうだった。罠が作動する様子が無い所を見ると猪が破壊してしまったか、そもそも不発弾になってしまったのだろうか……。
何度か授業で演習はしていても獣と戦う訓練は受けない──そもそも聖騎士は狩猟に駆り出される職種ではないのだ。
地面が揺れるたびに、躓きそうになる。猪はその巨体にもかかわらず、驚くべき速さで距離を詰めてきていた。森の中の枝や葉が彼の腕や顔に当たり痛みが走るがそれすら感じる暇もない。猪の足音が近づくたび、まるで大地そのものが怒り狂っているかのようだ。
然しながらエリアには行くべき場所がある。自分はコレに罠を踏ませなければならない。
エリアが必死に方向を変えると、猪は太い体で樹木をなぎ倒し、まるで障害物など存在しないかのように突き進んでくる。振り返るとあの漆黒の目が彼を睨みつけている。巨大な牙が彼に向かって鋭く光り、もう一瞬の油断も許されない。
──足元の根っこに躓きかけたが、何とか予定地点だ!
エリアは転がるようにしてすぐ真横へと回避を試みる。その直後、猪の猛突進が彼のすぐ傍を通り過ぎ、木々を粉砕する音が耳を劈いた。そして同時にすぐ真横で光を伴った爆発が起こる……。
その瞬間、地面が激しく揺れ、背後から轟音と共に勢いよく風が巻き上がった。
まるで大地そのものが裂けるかのように衝撃波が周囲の木々を揺さぶり、枯葉と土が宙に舞う。猪の巨体は一瞬浮き上がったかのように見え、その直後に衝撃の中心からと肉片が飛び散った。
その音は森全体にこだまし、煙と土埃が立ち込めた。猪の猛々しい咆哮が、衝撃音にかき消され、衝撃で弾け飛んだ体は地面に叩きつけられた。彼の体を覆っていた鋼鉄のような毛は所々、巨大な牙は粉々に砕け散っていた。
──目が眩んだ瞬間に、レンリが遠方から対象を叩き潰す。
エリアは振り返り、その光景を目の当たりにしながらもしばらくの間息を潜めたまま周囲を確認する。衝撃の余韻がまだ空気を振動させている中、猪の巨体は微動だにしない。あの圧倒的な力を誇っていた魔物が、今はただ静かに倒れていた。
魔力の反応はない──彼女の能力によるものと考えていいだろう。成功だ。
「これで……終わったのかな?」
エリアは信じられないような表情で、荒れ果てた地面と倒れた猪の姿を見つめ、ようやく緊張がほぐれた。胸の奥には今まで感じたことのない恐怖と安堵が入り混じっている。
然し、本当の恐怖はこれからだ。彼女に会わなければ。
──機嫌次第では僕の首が飛ぶだろう。
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