第10話 人質大爆発

 エリアが女達から解放される頃にはすっかり日が落ちていた。

 あれからエリアは何度か地面や木の幹にめり込み、何度も魔法を使う羽目になり、正に満身創痍といった状態である。当然、普通の人間であればこれほど致命的なダメージを受ければ死んでしまう──だが、聖騎士は基本的に死なない。

 何故か?それは打たれ強いから。キョウカはこれを「食いしばり」と呼んだが、受け身を取って急所に当たることを回避し……そして生じた隙を使って魔力で回復促進を行う。所謂魔法使いが誰かにかけるよな回復魔法の類ではなく、あくまでこれは自己再生だ。戦場では普通「こんなものを使わされる前にさっさと誰かが治療してくれる」ものらしいが、エリアの場合はこちらを先に体験した。

 ──さて、ここまでしてエリアが得たものは三人一緒の夕食であった。


(えっ……僕だけ多く盛ってくれるとかそういう気遣いは無いんですか……!?実を言うとさっきの訓練中、足の感覚が無くなるかもしれないと思ったんですよ。それを……必死で!必死で再生して……聖騎士が誰にも回復してもらえずに自己再生で全回復するなんて……)


 キョウカとレンリはすっかり意気投合してしまい、自分の入る隙間はまるでない。

 エリアはだんだん自分の分の料理が、それも人間用の食事が用意されるだけマシなのではないかと思ってしまう自分に嫌気が差していた。

 夕食の内容はまたもやキョウカの手料理だ。村人が狩った魔物の肉を地元の香草でマリネし、炭火でじっくり炙り焼きにする。そこにカブや人参といった根菜をたっぷりと入れた温かいスープ。そして村の酵母を使った全粒粉のパンが添えられている。

 素朴で温かみのある田舎の家庭料理だ。味は悪くないのだがエリアには全くこれを楽しむ余裕が無かった。食事中はずっとキョウカが異世界でどのようにしていたか、という話題が大半。この世界の住民であるエリアは蚊帳の外だ。

 キョウカは普段、霊関係──エリアにはピンと来なかったが、村人達の体調不良や家屋の除霊にあたっているという。また村の墓地もしているとのこと。誰も避けることの叶わない「死」にまつわる仕事をしているからか、村人は世話になっている彼女に野菜や肉のお裾分けに来るらしい。

 エリアは彼女が詐欺師なのではないかと思ったものの実際「楽になった」という人間がいて、彼等の意志で彼女に感謝している事実がある。精神的なケアという面ではあながち詐欺師でもないのだろうか……?


「疲れた……疲れたよ……本当にあり得ない……」


 ──食事後、エリアはようやく一人になることを許された。厳密には「貴方は最後に入りなさい」と言われ、遅い時間に済ませた入浴の後で。

 キョウカの家は広い。ゲストルームがあり、家の中に風呂がある。

 本来このような田舎の村には小さな共同浴場があり、村人が集まって入浴できる場として利用されていると聞く。温泉が湧いている地域であれば自然の温泉を利用した浴場もあるそうだ。エリアは以前、家庭教師からそう習った。

 その中で家庭専用の入浴施設を持てるのだからやはり村の中では裕福なのだろう、やはり詐欺師なのではないか……?──しかしそのおかげで今日初めてレンリから離れることが出来たのだから、なんにせよ彼女には感謝すべきなのだろうが。

 エリアは自分で敷いた布団の上にうつ伏せに倒れては小さな声で呻く。

 村の一般的な木造の家とは異なり、キョウカの家は丈夫な石造り。大きな窓がいくつもあり昼間は日光がたっぷりと入ることだろう。清潔で整然としており裕福さが感じられるが、それでもシンプルで居心地のいい空間。

 エリア漠然と実家の屋敷のことを思い出す。家族はどうしていることだろう。今頃レンリが倒壊させた王城から死体を回収している頃だろうか──その中に僕の死体が無いことを不審に思ってくれるだろうか?家族は捜索依頼でも出してくれるだろうか?いやもしかして……仕事が突然おじゃんになってショックで逃げ出したと思われてそれっきり?

 家屋の雰囲気に似つかわしくない布団の上で何をするでもなく今度は仰向けになり、左右に身体を揺らしてみたり意味のない動きを繰り返すエリア──メンタルに相当な負荷がかかっていると本人も自負はしているが、だからといって助かる術が無いのだからどうしようもない。


「エリア君、ちょっといい?」

「は……はい!?」


 扉の外から聞こえるキョウカの声にエリアは勢いよく上体を起こす。

 独り言を聞かれたか、レンリの気が変わって殺されることになったのか……プライベートに突然他人が踏み入ってきた時の緊張感たるや。例えば非番の日に上司が、または長期休暇中に教員が家に手紙を送ってくるような感じだ。心臓に悪い。


「明日、レンリさんを見てもそれほど驚かないようにね。エリア君そこまでショックに強くないでしょ。早朝からちょっとやることがあるから」

「えっ……もしかしてどうにかしてくれるんですか!?あのお……人を?」

「これから大変なんだから私に出来ることはしてあげようと思って」


 彼女の中でエリアはすっかり貧弱なイメージで定着してしまっているらしい。

 気を取り直してキョウカの言葉に思わず飛びつくエリア──ショック、早朝……という単語から想起するのはレンリの殺害であった。

 自分でもとんでもない発想であると自覚はしていたが、それほどまでにレンリから解放されたいという気持ちが強い。キョウカは殺害計画を語るにしては淡々と日常会話の一環のように、朝に体操をするために集まる……ぐらいの感覚で話しているが。

 エリアの瞳に微かに光が灯る。

 彼が扉の向こうできらきらと瞳を輝かせているなど露知らず「あなたもその後すぐ起こすからよろしくね」と言い残し、キョウカはさっさと立ち去ってしまう。

 やっぱりキョウカさんは狂人の振りをした一般人で、こちらの境遇に薄々気付いていて……レンリに同調する素振りを見せながら彼女を始末する方向で動いていてくれたんだ!……そうだよね?

 ──エリアの期待は翌朝、思わぬ形で破られることになる。

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