第9話 異世界料理とチート基礎

 体調が回復したレンリとエリアは彼女から手料理を振舞われた。昼食とも夕食とも言えない微妙な時間帯の食事だったが、一人暮らしのキョウカは普段から食べたくなった時に料理をするらしい。

 ケム草のチーズ焼きと樹皮茶だ。この草は香りが強く苦味のあり、村ではそのままではなくチーズと一緒に焼いて食べるのが一般的だという。チーズのコクと草の苦味が絶妙に絡み合い、パンやクラッカーと一緒に食べると最高の前菜になるのだそうだ。酒と一緒に楽しむ家庭が多いというが……キョウカはうちはそんな贅沢な暮らしをしていないからと説明を一蹴した。

 茶の原料は村周辺の森に生える高木であり、その樹皮には甘くてスパイシーな香りがある。樹皮茶はこの樹皮を乾燥させて細かく砕き、煮出して作られるのだそうだ。ややシナモンに似た風味があるとエリアは感じた。何だかんだ歓迎はしてくれているのであろう。キョウカは二人に向けてミルクと砂糖を持ってきて、甘く仕上げる方法も勧めてくれた。

 レンリはキョウカの料理が気に入ったようだが、エリアは対照的に落ち込んでいる。エリアは食卓に並んだ植物を何一つ知らなかった──草一つを見るだけで自分が遠くへ来たことを実感する。手に取った草は濃い緑色をしており、葉の表面には銀色の小さな斑点が散らばっている。葉の裏側は少し紫がかった色をしていて、光の加減で煌めて見える……そういえば今は国外にいるんだった。どうしようもない現実を直視させられるようでどうにも居た堪れない。


「それでさっきの話なんだけど。ああ、能力の件ね」


 幸か不幸か、食休み挟んだのち二人はキョウカに庭へ連れ出された。

 何故かエリアだけは正装──聖騎士としての普段着をきっちりと着るよう指示をされて。無論、支給品の盾と片手剣も持たされている。レンリは一応病み上がりということもあるのだろうが、楽な恰好をさせてもらっているというのに。

 職場の休憩も大体一時間あったというのに……まさかこのまま重労働に駆り出されるんじゃないだろうな。エリアの嫌な予感は的中する。


「エリア君、一応聖騎士だよね?初歩的なことで良いから魔力を使って何かやってみせて。魔法使いじゃなくても魔法は使うでしょ。あなたの場合、学校出てる聖騎士だから結界ぐらいは張れるでしょ」


 無理難題ではないが、圧を感じる物言いだ。当然レンリは早くしろと言わんばかりにエリアを黙って見つめるばかりで逃げ場がない。

 確かに魔法を使うことはできる──確かにそもそも魔力を持たない人間は進路に聖騎士や魔法使いといった魔力を用いる進路を選べない。学校教育はあくまで力の出力方法を学んでいるか否かという話だ。

 エリアは溜息を吐きたい気持ちをぐっと堪え、意識を集中させる。エリアが詠唱を始めると次第に周囲に仄かな光の輪が出現し、魔力の粒子があたりに舞う。白い光が浮かんでは消える様は幻想的だが実施場所が民家の庭ということもあり、ムードは無いに等しい。


「これが魔法ね。これは一部の魔物や人間に対して有効なやつだよね?パーティで討伐に行く時なんかに使うよね。不死者とか闇とかそんなだっけ」

「ええ、まあ……僕はその……学校でしかやったことないんですけど……」

「長いこと生活してると見た目でコイツは何をやってくるかなっていうのが次第に分かるようになるから装備品とか顔触れを見て判断するようにしてね」


 これは盗賊講座か……?もしかして冒険者一行を襲えって言ってる……?

 エリアは魔力の維持どころではなくなり、心境の乱れが影響しているのか次第に結界も薄まっていったが女性陣は特に指摘することもなく二人で盛り上がっている。レンリは先ほどキョウカから受け取っていた紙に熱心にメモを取っている始末。

 あのような人間でも先輩相手には礼儀という概念が存在するらしい。


「後は……そうだね、レンリさん。手を触れないでこの紙に穴を開けてくれる?」

「え、えっ……は?これを僕が持つんですか?待って……」

「分かりました」


 有無を言わせず、懐から取り出した紙をエリアの手に持たせるキョウカ。大きさとしてはエリアの掌より少し大きい程度の物だが──かえってその大きさがエリアの不安を助長する。そしてキョウカはさっさと二人から距離を取っている。

 もしかしなくても、これは木の板とかでやることじゃないのか?

 ──不安的中。エリアは音も無く派手に真後ろの木の幹に紙を握った手ごと叩きつけられることとなった。背中の方でみしりと嫌な音を立てている。

 強い力で胸部から腹部にかけて勢いよく殴られたような心地だ。当然の事ながら後から追いかけるようにして鈍い痛みがある。エリアは先ほど装備を着てくるようにと言われた理由を後から理解いた。

 こうなるのが分かっていたなら歯を食いしばれとか、受け身を取れとか言っておくべきなんじゃないか?


「エリア君、今どうして受け身を取らなかったの?」

「どうしてって……レンリさんは詠唱してないですし、無詠唱で魔法を使うことが出来る高位の術者であっても普通は何かしら魔力を感じるじゃないですか。僕がさっきやったみたいに……」

「そう、私が言いたいことはそれ。私達、余所者の能力は魔力とは別のエネルギーから発せられるようなものなの」


 やっと講義らしくなってきたね。

 気さくに笑うキョウカを前にして、ゆっくりと身体ごと引きずるようにして二人の傍へ戻ってきたエリアの表情はすっかり青ざめていた。レンリは食い入るように彼女の方を向き、一心不乱に紙にペンを走らしている始末。心配をする様子は毛頭ない。

 言われてみればと思うことは確かにある。本来、王城レベルの場所で死傷事故が起きるなど有り得ないことなのだ。魔力を用いる存在への対抗手段は複数存在し、あれだけ人数のいる場所で一人も感知出来ないともなれば非常事態。

 正直エリアは職場が倒壊したと聞いた際、カサンドラがそれを行ったという疑惑には半信半疑であった──途轍もない魔力の持主かつ、それを無詠唱又は気配を決して行使出来る術者がいるならそれは伝説級だ。

 然し、彼女の言うように同じ「破壊」であってもそこに魔力を使っていないなら?──カサンドラの場合は魔法使いとして知られていたであろうし、魔封じを試みた存在は当然いるだろう。それでも彼女はこうして健在で、特に影響は受けていない。

 荒唐無稽な話ではあるのだが、エリアの中で次第に一連の事象が現実味を帯びてくる。


「私達の能力は多分決して優秀なんかじゃないのよ。この世界の魔法使いの方が大半強いし、利便性も高い。そもそも彼等には選択肢がある。

「それは同感ですね、この力は火にも水にもなりやしない」

「例えばエリアくんに能力を教えてあげようと思っても魔法と違って術式なんてないし、例えるなら『腕の動かし方』を説明するようなものね」

「は、はあ……」


 別世界から来た人間達に付与される能力は魔法とは似て非なるものらしい。

 キョウカはこれを「体質」と表現した。例えば発火能力者──手を触れずに火を生じさせる力の持主がいたとして、これは火属性の魔法でも同じ事が可能だ。

 後者は魔力さえあれば、基本的に誰でも習得出来る。然し前者の場合、呼吸や手足を動かすような動作と同等であり、説明のしようがないとのことだ。

 なんでそんなおっかないものを余所者に付与するんだよ……。

 エリアは胃痛に加え、頭痛も感じ始めていた。


「私が何を言いたいか分かる?」

「策を明かさぬことこそ最強の策だ、と」

「そう。これから殺す相手なんて基本二度と顔会わさないけど。戦場では相手が何をしてくるか分からない状態が一番怖いの。知っても対策なんて出来ないだろうけどね」


 エリアの予感はまたもや的中する。そして一種の核心を得る──異世界人はこの世界において危険因子なのだと。現状自分の身の回りで彼等が大規模な問題を起こしたとは聞いていないが、逆に言えばその特性が彼等を隠しているのかもしれない。

 こんな「異物」が人間社会に混ざっているのなら今頃現地人達は排除に躍起になっていてもいい気はするけれど……。

 エリアは王侯貴族達が自らの手で異世界人を召喚していることを思い出し、頭を抱えた。彼等を懐柔することによるメリットが先行し、危険性を無視しているのだ。こればかりは自分が危険を訴えたところでどうにもならないだろう──レンリの件のように実際に痛い目に遭わない限りは。


「ああ、能力の付与の理由はまだ分かってないよ。こちらに来る時の『お情け』とか『不具合』って意見は有るけど、能力は選べないしピンキリよ」

「異世界人と現地人を交配させ、能力と魔力の両方を併せ持つ人種を作り出そうとするためじゃないですか?」

「だとしたら人為的なのか、世界の意志なのか気になるとこではあるよね」


 明るく笑い合う女性陣……エリアは彼女達を遠巻きに見つめながら何故こんな話題で笑えるのかと身震いをした。気味が悪い、好感とは程遠い感情だ。

 かと言っても今の会話内容を誰かに話したところでこちらが異常者として扱われるのがオチだろうし、国も貴族も外来種の輸入を辞めないのだろうから最早自分にできることはない。終わるなら終わってしまえ。

 エリアは自分そっちのけで盛り上がる二人を背に足元の小石を蹴った

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