第8話 異世界転生の仕組みを学ぶ

「とてもいい気分です。これを直した術者は中々良い腕をしている」

「でしょ?治癒魔法の適性が有る人は多いけどチームで手際よく治せるのは才能だね。うちは困ったら何でも近所で助け合いだからこういうの慣れてるの」


 エリアが心配する間もなくカサンドラとキョウカは意気投合した。

 治療してくれたことについてまずは感謝すべき──という基本中の基本をすっ飛ばしたカサンドラに腹を立てる様子もなくキョウカはよく笑っている。一度ここで年長者として礼儀を教えてやってくれ、と期待していたエリアにとっては期待外れの結果となった。


「それで本題なんだけど。あなた転生者よね?私は生物の魂が見えるんだけど」

「はい」

「……えっ!……その……し、信じるんですか!?」


 上体を起こしたカサンドラと傍に座るキョウカ、二人の視線がエリアに注がれる。

 何か余計なことを言ったらしい……エリアはすぐに口を噤んだ。気に障ったら何をするか分からないような人間達の集まりだ。

 正直、カサンドラはキョウカを疑うかと思っていた──それともまだ病み上がりで本調子でないだけか?


「私の本名は伊崎杏花。キョウカ・イサキね。そこの彼にはさっき少し説明したけど。私は『転移者』で二十数年前の学校の遠足中にここに迷い込んだ。迷子になってそれっきり。きちんと話したいことがあるから、あなたのことも教えてくれる?」


 キョウカはペンとインク、一枚の紙を部屋の隅の棚から持ってくると床にそれを置く。そこにさらさらとエリアには見覚えのない自体で名前を書き始めた。

 妙に発音し難そうな名前だと思ったら彼女は異文化圏の人間らしい──漢字というものを目にする機会はエリアにも有った。実家に居た頃、父親に連れられて行ったギャラリーでアートとしてこの字体が描かれた物を賞賛していた。遠く離れた地方ではこれが用いられていると聞いてはいたが実際にこれを名前にしている者がいるとは。

 「遠足」にはあまりピンと来なかったが、恐らくは課外授業の一環であろう。それは神殿での教育にも有ったことだ。エリアはこちらの文化に当てはめ、キョウカの言葉を理解しようとする。


「連理。私はレンリと言います。字はこう書きます」

「東洋人とのハーフ?何年生まれ?私は2014年に生まれたの」

「貴女とは少し異なる分岐から。ファミリーネームは無い。混血化が進み、人種は」

「は~……エリア君、今から言うことは深く考えないで聞いてね。この世界、まだ宇宙開発どころかそのへんの知識もそんな無いでしょうから」

「は、はあ……」


 カサンドラ──もといレンリはさらさら二文字の名前を書き話を続けようとしたが、レンリの言葉を止めるようにしてキョウカが口を挟む。最早名前が漢字で「カサンドラ・リール」が別人であることなど霞むほどの情報量の嵐だ。これが物語であるならばエリアはとっくにこの章で読むのを辞めているだろう。

 ここまでで既に頭上に疑問符を五、六個並べているような様子のエリアに対し、キョウカはゆっくりと講義を始めた。

 「転生者」「転移者」「被召喚者」という別世界から来た者達は必ずしも同じ世界、同じ時代から誘拐・神隠し・拉致(語気を強めてキョウカはそう表現した)されてくるわけではなく、あらゆる時空間からこの世界に来ているという。キョウカはその事実をこれらの来訪者達をこの世界で探して回り彼等の話を聞くことで確信したそうだ。

 ──ここまでは何とかエリアも理解した。信じ難い話だが、最早何が出てきても自分は驚かない。有るのは今この瞬間が現実でないことを祈りたい気持ちだけである。


「この子は少し変わった分岐の世界から来たのかもね。でもね、そんなことはいいの。レンリさん。ここに来た時に何か能力をもらわなかった?念じたら何かが出来た、とか。私はさっきも言ったけど霊能力。魂の視認へと干渉ね」

「念動力と移動ですかね」

「エスパーかあ……道理で。エリア君、謎が解けたよ。さっきの移動の件」


 キョウカは人差し指を立て意気揚々と語り出した。あくまでエリアを置いて行かないようにゆっくりとしたペースを心掛けながら。

 キョウカが確認した来訪者達に付与された能力は今のところ一人も被っていないらしい。これが転生者の場合、転生先の身体の「魔力」と後から付与された「能力」を併せ持つことになるそうだが、レンリの場合は魔力の方には覚醒していないらしい。

 そしてレンリ自信が受け取った能力は魔力に酷似しているという──念動力というものは魔封じの対象にならず、魔力とは全く別の物であるから感知もされ難いとのことだ。

 エリアは何となく誰も助けにこなかったこと、自分の職場が呆気なく崩壊したことについて納得がいった……消音性の高い武器で暗殺されるようなものだろう。


「では、この身体が持つ魔力はどうやって解放するのですか?」

「良い質問ね。基本的には長いこと使っていれば次第に思い出すかな。前に会った転生者はそう言ってた。リハビリみたいな感じだって」

「えっ……じゃあカサ……レンリさんはまだ強くなるって言うんですか?」

「ならなきゃ困るでしょ」


 キョウカの語気の強さに思わず怯むエリア。

 ならなければいけない、とは一体どういうことなのか──エリアはただでさえレンリと行動を共にしていて胃が痛いのにこれ以上リスクが倍増することを避けたくて堪らない。出来れば自分が逃げられるほど弱くなってほしいのだ。

 しかし女性陣ははそれを許さない。


「自分語りしまくって悪いんだけどさ。遠足中にここに来たって言ったでしょ。小さな子供が鞄一つでここに来てどうなると思う?」

「れ、霊能力で魔物を倒す……とか……?」

「甘いね。四方八方歩けど森。何処まで行っても先生や友達に会えなくて……気付いたら夜になってて。怪物に襲われて、命辛々逃げてきたの。必死になって走って、茂みを抜けたらこの世界の町だった。それから街で乞食になって、運良く貴族に拾われたよ。そこで生活してきたの」


 運は悪くないのでは?──とは思ったもののエリアは先ほどからの女性達の圧がどうにも恐ろしく今回は黙っていた。レンリも隣で大人しく聞いている。

 被召喚者は召喚先の労働環境がピンキリだけどアレだと中々こうはならないよ。

 やれやれといった様子で吐き捨てるようにしてキョウカはそう呟く。キョウカのような例はまだ良い方で──安全地帯から始まる被召喚者や転生者と比べ、転移者は数多く日の当たらないところで死んでいるのだろうとキョウカは語った。

 確かに言われて見れば餓死や魔物に食い散らかされた「身元不明の遺体」が発見されるニュースというのは珍しくない。エリアは少し背筋が寒くなってきた。


「そこの家の子と仲良くなって、まあ……上手くいけば良い仲になってたのかもね。レンリさんの文化圏だと転生モノとか召喚モノってあった?アニメとかの」

「無いです」

「あー……あたしの時代はよく読んでたんだけどさ。現実はあんなに上手く行かないの。どこの馬の骨とも知れない乞食女と息子を一緒にするなんて!って屋敷中から言われてさ。で、極めつけは能力が不吉だって追い出されちゃった。何度も屋敷とその住民の霊を払ってやったのにね。余計ですって」

「全員殺せば良かったのでは?私はやりましたが」

「それもいいね。立地が悪いから全員死んでるかも。結局その子は違う人と結婚して。私は能力を信じてもらえるコミュニティを探して彷徨ってここまで来たってわけ。宗教とかで霊とか魂の存在を信じない人が多いからさ……」


 さらっと犯罪を暴露したな……。

 キョウカは特に驚く様子も無く、レンリの話に頷いた。しっかりと反応しているあたり無視をしているわけでも適当に流しているわけでもないようだ。もしかしたら「来訪者」がこの世界において暴行・殺害事件を起こすことはそこまで珍しいものではないのかもしれない。

  キョウカの話す文化というものは全く理解出来なかったが、要はラブロマンス……新天地での恋愛が成立し、人生が順調に行くというストーリーが流行っていたのだろう。確かに彼女の話を信じるのであれば不幸だとは思うのだが、それ以上にこの年まで生き、そして来訪者達を探し回って知見を深める様は逞しいと言えよう。

 だとしたらこの世界において彼等の存在は癌とも思えるのだが……エリアは二人の顔を見渡した後に腕を組み、それからあまり深く考えないことにした。自己防衛の為の思考放棄だ。




――――――――――――――――――――

テンポはのんびりで行きます。少しの間、キョウカの元で世話になる話が続きそう。転生チュートリアルです。先輩がいるって心強い。

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