第7話 クソみたいなところよ

 エリアが連れて来られたのは村内ではいくらか大きな家であった。とはいえ奥まった場所に建っており、立ち並ぶ木々に覆われて家の周りは薄暗い。周囲に植え込みや花壇といった雰囲気を和らげる装飾はいくつかあったものの……何処か物々しい。

 慌てる村民達を前に家主は二つ返事で二人を家に上げ、大部屋に布団を敷いてカサンドラの身体を横たえた──その様子を眺め、ここではベッドを使わないのかと首を傾げる程度にはエリアは彼女の体調にそれほど関心を持っていない。

 集まった住民達の何人かがカサンドラの手に触れ、治癒魔法をかけている様をエリアは部屋の隅に立ち見下ろしていた。聖騎士は自己回復の技術はあれど他者にエネルギーを分け与えたり、回復するような手段は持ち合わせていない。助ける気があろうがなかろうが役立たず……ただ「興味がないから退室したい」とも言えず、壁に背を付け漠然と治療風景を見下ろしていた。

 そうして粗方処置が済んだのか、住民達が一斉に引き上げた後──家主はエリアに声をかけた。


 「少しは落ち着いた?この村はみんな世話焼きでね。見ず知らずのあなた達にそこまでするって相当なお人好しでしょ。外から来た人はそれが合わずに引っ越しちゃったりするんだけど。……ごめんなさい。嫌味のつもりはなくてね。私も貴方の心配をしてたんだよ」

「あ、いえ……ありがとうございます」

「私はキョウカ。よろしく。あなた達はエリアとカサンドラって言ったっけね。バタバタしててお互い自己紹介しそびれたね」


 外はすっかり日が暮れ始めている。エリアは騒動に巻き込まれ、床に腰を下ろすタイミングを見失っていた。ようやく一息つけると思いきや家主の女性が話しかけてきた。自分の実家程ではないが、田舎にしてはそこそこ立派でいい家に住んでいる──それにしては質素な内装、質素な衣服……女性の個性というものを住居と服装からは全く感じられない。そしてこの部屋には椅子らしい椅子が無いため、エリアは散々迷った末に腰を下ろした。

 女性の年の頃は二、三十代ほど。傷んだ茶髪を皮紐でまとめ、屋敷の小間使いのような簡素で動きやすい服装をした女性だ。エリアは彼女の事を地味な女性だと思ったが、かえってそれが安心へと繋がった。幸いカサンドラと異なり「話の通じる」人間でもあるようだ。


「村のみんなはツレって言ってたけど、あなたその子と知り合い?」

「あ……まあ、一応……そうなるんですかね?出会ってからそこまで経ってないといえばそこまでなんですけど……」

「その子さ、ちょっと魂がおかしいんだよね。こういうことを外の人に言うと頭おかしいと思われるからあまり言いたくないんだけど。端的に言えば転生者っぽいの。それなら聞いた事あるでしょ?」


 キョウカもまた布団に横たわるカサンドラの傍に腰を下ろす。

 何事も無いようにキョウカが口にした言葉にエリアはぽかんと口を開けたまま頷くことも出来ず、彼女がカサンドラの手を握る様を見つめていた。

 転生者?──例のあの別人に意識を乗っ取られるという怪現象か。だとしても一目見て分かるものなのか。


「見てわかるものなんですか?そういうのって自己申告じゃないですか?」

「例えれば酒瓶にジュースが入ってるみたいな感じ。器に違う液体が入っている感じで違和感が有るよ。液体の色も分かるかな。大体似たような肉体と紐付いてて……この子もそうね。後で目が覚めたら本人に聞いてみましょ」

「ど、どうしてそんなことが分かるんですか……」

「それは私が転移者で、霊能力者だからね」


 理解の出来ない単語を一気に並べるのはやめろ──などとは言えず。エリアは黙って首を傾げるしか出来なかった。厳密には理解不能というわけではない。

 「転生者」は突然別人に意識が乗っ取られる現象、或いは精神病。「転移者」は突然余所者が湧いて出る怪奇現象であり、大抵身元が分からないことで認定される一種の称号のようなもの。どちらも大半は自己申告で、近年ではそれほど珍しくない。

 とはいえ彼等の言うところの能力というものについてエリア達、この世界の住民はピンと来ないのである。魔力と言うならばまだしも「能力」とは?──意図して彼等を召喚する場合それをアテにしているとは聞いた事があるが、エリアはそれを質の悪いギャンブルだと漠然と考えていた。そもそも実物を見たことが無い。まるで雲をつかむような話だ。


「転移者は聞いたことあるでしょ。何かの拍子に別世界に移動する現象のことよ。今でも起きてるかは知らないけど。私の場合は実家のクローゼットがここに通じてね」

「は、はい。……ただそれだけ聞くと事故みたいですね」

「大事故だよ。二十数年ぐらい前かな。こんな便所みたいなクソみたいなところに迷い込んだ挙句帰れなくって……ああ、ごめん。一応『能力』?がもらえるらしいの。判断材料が十人しかいないけど。で、私はそれが霊能力だったわけ。霊ってか魂が見えるし、干渉することが出来る」


 エリアはキョウカの舌打ちに思わず身震いした。この世界には……もといなぜ自分の周囲にはこうも癖の強い女性しかいないのか。カサンドラを挟んではいるが、何か有ったら自分も切られるんじゃないかと嫌な予感がする。

 キョウカ曰く転生者にも同じことが言えるらしく、受け取る能力も多種多様であるということである。判断材料──つまるところ転移者や転生者のサンプルの数であろう。キョウカもまた「探すのに結構時間をかけたわ」とぼやいた。

 エリアはいつの間にか無意識で正座の姿勢を取っていた。彼の文化圏に正座の文化は無いというのに。対照的にキョウカは胡坐をかき、膝のあたりに肘を突き、頬杖の形でエリアとカサンドラに交互に視線を向けてくる。

 これは人間としての生存本能なのだろうか。この空間にいる女性たちの前で無礼な立ち振る舞いをすると無事でいられないかもしれない……と何かが訴えかけてくるような心地だ。エリアの胃がきりきりと痛みだしている。


「それでこの子なんだけどさ」

「はい」

「多分、魔力無いよね。転移魔法の事故って聞いたけど。まるで感じられないんだよ。厳密には身体の元々の持ち主……あー、カサンドラの肉体には魔力があったんだろうけど」

「……は?どういうことですか?僕たちはその……彼女の魔力のお陰で……」


 キョウカの指摘にエリアは思わず床に手を突き、前屈みの姿勢でカサンドラを見下ろした。

 魔力が無い?そんなことが有るものか──自分は先程、彼女の未熟な転移魔法の所為で酷い目に遭ったのだ。そして何よりこれから勤めるはずだった職場を倒壊させた前科があり……そんな事は強大な魔力の所有者か、高度な術者にしか出来ない筈である。エリアはカサンドラの情報を僅かながら知っていたため、何となく彼女が前者であると考えていた。

 エリアはキョウカの言葉を否定するかのようにふるふると首を横に振った。


「転移魔法で来たと思ってるんでしょ。アレは違うわ。前に似たような例を見たことが有るから言えるんだけど」

「な、何ですか……?」

「……あら、起きたみたいね。丁度いいわ。彼女を交えて話をしましょ」


 ここで生きてく以上、聞いといて損になることはないから。

 キョウカの言葉に恐る恐る布団を見下ろすエリア──つい先ほどまで大人しく倒れていたカサンドラの目がぱちりと開いていた。赤い双眸がこちらを睨んでいる。

 悪夢の再来、一息つく間もなくエリアは再び地獄へと叩き落された。

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