第11話 性悪さに国境はなし
翌日、エリアはキョウカの声で目を覚ました。実家での起床時刻とそれほど変わらない朝の早い時間だ。
ぼやけた視界が漠然と映すのは実家とは違う天井の色、知らない装飾品──そして今、自分が布団の中にいること。実家ではベッドを使っていたからか視線の高さでここが実家でないことに気付く。追い打ちをかけるようにして他人の家の匂いがすっと寝惚けた身体へ入ってくる。
夢から覚めたと思いきやまだ悪夢の中に立ち往生しているらしい……キョウカの声を聞いてもまだこの場所が地元の宿屋であるなどと現実逃避をしたい気持ちは山々であるが、こうしてぼさっとしているとレンリに何をされるか分からない。
エリアは渋々といった様子で借り物の寝間着を脱ぎ、普段の装備に着替えて部屋を出た。
キョウカは先日レンリの治療が行われた大部屋に来るようにと言った。
幸い迷いなく辿り着くことが出来たものの、依然エリアの気分は重い。
──部屋を開けた瞬間に何か罠にでもかけられるのではないか?
とはいえ開けないわけにもいかず、すっと横開きの扉に手を掛ける。
部屋の様子は昨日と変わらないが、部屋の端に姿見が用意されていた。……その前に艶やかな長い黒髪の女性が立っている。その誰かは鏡に映る自分の姿を眺めたまま微動だにしない。そしてその傍にキョウカが控えているという構図である。
……レンリは何処へ行ったのだろうか?まさか本当に殺してしまった?
状況が理解出来ず一歩後退るエリア。そんな彼に気付いたキョウカは「そんなところへ立っていないで早く中へ入っておいで」と声をかけた。
「白髪よりはいいかもしれませんね」
エリアは大混乱に陥っている。
姿見の前でくるりとこちらへ振り返ったのは紛れもないレンリであった。
──変わったのは髪の色だけ。とはいえ先日までの新雪のような白髪は深い黒、瞳も黒色へと変わっている。それだけの違いだが、エリアからすれば大問題だ。
外国には染毛の技術が有るというが、少なくともエリアの故郷や周辺諸国ではそれほど聞かない。早朝から転移魔法を使って外国に行き、髪だけ染めて帰ってきたとしても瞳の色には説明がつかないのだ。
姿形はレンリのまま、色だけを変えてしまったような状態だ。
「はい、これがレンリさんの元の姿ね。身体の中身まではどうにもならないけど魂の痕跡を辿ればこれぐらいの調整はどうってことないわ」
「色しか変わらないのではあまり夢がありませんね」
「そうね。人によっては病気を治せるんじゃないかって喜ぶ人もいるけどちゃんと説明しておかないと糠喜びさせちゃう。私がどうにか出来るのは見た目だけでね。そこまで便利でもないんだよね」
エリアは半分思考放棄しながら彼女たちの会話を立ち聞きしていた。盗み聞きのつもりはないが、呼んでおいて会話に入れないのだから仕方ない。
キョウカが昨晩「ショックを受けるかもしれない」と言っていたのはレンリのスタイルチェンジの事のようだ──キョウカは魂に干渉する能力を用いてレンリの転生前の肉体を再現したらしい。キョウカに言わせれば何処から来たかといった座標のようなものを読み取る事ができるそうだ。ただそれは肉体をそのまま取り換えられるほどの高度な技術ではなく、使えるのも別世界に本体がある転生者に限定されるとのこと。二つの肉体の差異はそれほどないことが大半であるそうだが……エリアはサッパリといった様子で耳を傾けていた。
エリアにとってそんなことはどうでもいい。それよりも大切なことがある。
昨晩エリアがゲストルームに戻った後「レンリがどういった経緯でこの村に至ったか」を話した上でのキョウカからの提案であるというのだからどうしようもない。エリアは間接的にレンリが王太子の局部を引き千切ったことも聞いてしまったのだが──建造物の爆破よりも現実味を帯びた怖い話だ。
要するにここまでやらかしておいてレンリは姿を変えて逃げるつもりで、キョウカはそれに協力的なのである。逃れる術を完全に失ったと言っても過言ではない。
「素晴らしい仕事じゃないですか。異世界人、見るからに遅れていそうなのでこれだけやれば充分でしょう」
「魔力で視力の補助をすることは出来てもまだコンタクトレンズが無いからね。外国にはあるのかもしれないけど私は見たことないな」
レンリは相槌を打ちながら、ただじっと鏡の中の自分を見つめ続ける。
エリア目線ではキョウカも悪人とはいえ……それはそれとして目上の人、に当たるであろう彼女の発言にエリアは内心冷や冷やとしていた。異世界人を見下すのは「異物」としてはよくあることなのかもしれないが、それはそれとして上下関係を気にするタチではないのだろうか。学校と職場の縦社会に揉まれ続けたエリアにとっては心臓に悪い言動が続いている。
今後もしばらくレンリに引き摺られることが半ば確定してしまったのであればすることは一つだ。巻き添えになるのが目に見えているのだからなるべく彼女が敵を作らないように立ち回り、間接的に自らの生存率を上げること。
──万一キョウカの気に障ったとしてレンリ一人痛い目に遭う分にはいいのだが、何となく彼女とワンセットで数えられているように思えて気が気ではない。彼女はレンリのように破壊に長けた能力者ではないとはいえ、恐らくその気になれば自分達のような生物の息の根など容易く止めてしまうだろう。
エリアは二人のやり取りを理解出来ないままただ見守り、時折気まずそうに視線をあちらこちらへ泳がせていたが、やがて意を決したかのように前に出た。
「あの……キョウカさん。色々と助けていただいたのに僕達だけが何もせず去るのは気が引けます。何かお手伝いできることはないでしょうか?」
後で何かを返せと言われても嫌だから──これは親切心ではない。
二人の会話に沈黙が生まれたタイミングでエリアは初めて会話に参加した。その言葉にキョウカは少し驚いたように見えたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
もう一つの懸念点であるレンリにちらりと視線を向けると幸い怒ってはいないようである。というよりかは無表情、普段の真顔だ。
「そうだね……実は、最近この村の周りで魔物が出没して、畑を荒らす被害が増えているの。特に山の方では巨大な猪が村の人たちを脅かしていて対処に困っているの。私も行きたいんだけど、こう見えてスケジュールが結構パンパンなんだ」
「……駆除の依頼ってことでいいんですよね?」
「急ぎの用事ってわけじゃないんだけど。全然、難しい仕事じゃないよ。まだ村にいるならお願いしてもいいかな」
今日は隣の村の家を見に行かないといけないの──ふと目に入った大部屋の壁掛けカレンダーは文字の羅列でびっしりと埋め尽くされている。
キョウカが多忙な人間というのは事実のようだ。仕事内容こそ「除霊」や「鑑定」などエリアにとっては胡散臭い単語が並んでいるが、世話になっている以上下手な事は言えないだろう。
レンリも特に異論は無いのだろうか。エリアが話を続けていても特に口を挟んでくる様子は無い。意外と下働きに抵抗は無いタチなのかもしれない。
……本来、聖騎士という存在も害獣駆除などに繰り出されるような存在ではないのだが、こちらには命と今後が懸かっているのだ。ご機嫌取りの為なら何でもする。
これは聖騎士ではなくエリアという一人の人間の選択である。
「お世話になった分、働いて返すことにしましょう」
「ああ、別に何日かかってもいいからさ。私も夜は村にいるし、家を使いなよ」
「相手は獣ですし、人間よりは早く片付くことでしょうね」
大規模な破壊工作というわけでもありませんし。
髪をいじりながらそう呟くレンリを横目にエリアは安堵の表情を浮かべる。レンリにも一応恩人に貸しを返すという概念は存在してるらしい。
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