第4話 新たなる被害者、聖騎士
そうだ、この世界に詳しい人間を捕まえてそいつを使おう!
レンリの企みは突拍子も無いものだ。転生者であるレンリには当然ながら異世界に知人は一人もいない──というのも現在、転生二日目の朝だ。レンリは自分の屋敷で誰かと親しくはならなかったし、カサンドラの記憶を手繰ってみても友達と呼べるような人物は見当たらない。
それも当然。元の肉体の持主である「カサンドラ」はいじめの首謀者だ。正直彼女が暴れ回ったところで彼女の事を知る人間であればそれほど驚かないのかもしれない。レンリは彼女の事をそれほど知らないし、自分が上書きした以上は考える必要も無いと思っていたが……もし彼女に入れ込んでいるような人間がいたとしたら?
そんなものがいるとは到底思えないが。
電話帳又は携帯電話のアドレス帳を必死に捲るような感覚で必死にカサンドラの記憶にアクセスする──学校に通っていたのだから友達の一人や二人ぐらい作れよ、と思わず突っ込まずにはいられないほど友達がいない。こんな女だから婚約者をどこの馬の骨とも知れない女に寝取られるんだと悪態の一つも吐きたくなる。
肉を食って満腹になり、食後の眠気からうつらうつらと船を漕いでいるレンリ。街のベンチで空を仰ぎ、あくびをしながら漠然とカサンドラの記憶を漁る彼女に恐る恐る近付いてくる人影があった。
「あの……カサンドラさん……ですよね?えっと、その……」
レンリを見下ろしていたのは黄金色の髪の少年であった──こんな奴記憶の中に居ない。居た所で多分かなり影が薄い。名前が一文字も出て来やしない。
陽光を反射してきらりと光る黄金色、そして緑とも黄色とも捉えられるようなハシバミ色の瞳。中性的な容姿の少年だ。服装は白を基調としていて肩や銅が薄い金属製の鎧で覆われている様は騎士の軽装のようだ。よく見ると篭手やブーツも金属が用いられている。よく見ると細身の剣を装備し、盾まで背負っているようだが──こいつは聖騎士か?記憶の中に似たイメージが有る。
この少年は弱そうだ。自分のような娘相手におずおずと話しかけてくる様はどうにも情けない。おまけに声量も無い。
然し「カサンドラ」が気にも留めなかった一般人だとして向こうはこちらをよく知っているかもしれない。この世界の情報伝達速度が如何程のものかは不明だが、若しかしたら昨日派手に建築物を破壊したことも知られているのかもしれない。
「お前は誰だ」
腹の底から出したような低音だった。恐らく目の前の少年もカサンドラのそんな声を聴いたことは一度たりともなかった。
街の噴水広場のベンチ、その背凭れにだらりと凭れて座る「カサンドラ」の姿は恐らく彼が知っている姿ではなかったのであろう。彼女は朝っぱらからこのような場所を一人でうろついているわけがない。家に居るか、急用が有ったとて護衛を付けている──恐らく。仮にも公爵令嬢、学生。居るはずのない人が、居るはずのない所で途方に暮れていて、自分を知らないというのだから驚きだ。
「誰って僕ですよ……覚えてないですか?そのお城で何度か見かけて、何度か挨拶もしたはずなんですけど。あっもしかして途中から聖女様のお付きになったからそれで……」
「黙れ。お前の事情なんて知らない。名前を言え」
「エリア!エリアです!えっ……!?ほ、本当に覚えてないんですか……た、確か一昨日もお話したはずなのに……」
フルネームで言え。気が利かない奴だな。
とは思いつつもこの少年──エリアには簡潔に物を言った方がよさそうだ。一言一言質問に対する回答が不必要かつ長い。求めていないような情報までベラベラと喋るのだから全く鬱陶しくて仕方がない。こんな気の弱そうなのが聖騎士……もとい一部国防を担っているような職業に付いているのは大問題じゃないのか?
まるで記憶にないこの金髪頭の少年──レンリは記憶をほじくり返すように思い起こし、ようやく小さくその姿を見つけた。婚約者の家に出入りしている聖騎士の一人。厳密には見習い、自分の世界でいうところの研修期間中の人間といったところか。聖騎士は信仰心が強いか、又は神聖な力に魅せられた修行者のような奴ばかり……という印象を「カサンドラ」は抱いていたようだが、果たして。
聖騎士の基本知識はすらすらと出てくるというのに一昨日会話したというエリアの情報はまるで浮かんでこない。本当に影の薄い男だったようだ。聞いてもいないのに聖女のお付きになった云々と勝手な憶測を並べるところがまた救えない。こいつは「カサンドラ」に何かされていたのだろうか。だとしてもそれは自分には無関係な事だ。レンリは彼から視線を逸らした。
「エリアと言いましたね。お前はどうして話しかけてきたのですか。本当に記憶に無いんですよね。挨拶を交わした他人だとして顔ぐらいは浮かぶだろうに」
「酷いこと言うんですね……僕たちは多分十分以上はお話しましたよ……そのカサンドラさんが転校生の事を僕に聞いてきたんじゃないですか」
「そうですか。で、用件は?」
少なくとも昨日は「貴方」と呼びかけられたような。そもそもカサンドラは敬語は使わなかったはず──エリアは一昨日とは打って変わった様子のカサンドラの姿に思わず身震いをした。性格が悪いのは相変わらずだが、どうにも遠慮が無いというか。自分から質問をしてくるわりに礼を言うどころか用件を聞いてくる始末。
少なくとも一昨日までは。少なくともカサンドラは……カサンドラ?
エリアの脳内に少しずつ嫌な予感が降り積もっていく。そうして己の本来の目的を思い出し、カサンドラから一歩二歩と後退るエリア。そもそも自分が此処に来て彼女に話しかけたのには全く別の要件があるのだ。
「カサンドラさんは昨日の事故で行方不明になっているはずなんですよ……卒業記念パーティーでしたっけ。あの会場が倒壊したって話を聞いたんです。その……救助が行われてて大半の参加者は圧死してしまったという話ですけど。命辛々脱出された方や治療を受けている参加者の目撃情報で……」
「目撃情報で?」
「カサンドラさんが婚約者をこ、殺したとか……それで家に人を送って……調べてるって。少なくともあんな場所で無事でいられないですよね……?」
ああ、重要参考人として行方を追っているというやつか。放火現場で見つからない家族の一人をほぼほぼ犯人と断定して調べるようなアレ。
エリヤは足を組んでだらりと更に背凭れに体重をかけた──この糞のような異世界はそこそこ情報伝達力に優れているらしい。カメラや録音機器の類が存在しないから確実に自分が殺したという証拠は握られていないようだが、話しぶりから察するに自分は確実に疑われている……この少年を逃がしたらどうなるか?
少なくともこの少年は広場で自分を見たことを誰かに喋るだろう。かと言って今ここで自分を捕縛して何処かへ連れて行くような真似も出来ないだろう──何故か?自分は彼より強いと確信しているからだ。
レンリは如何にも怠そうにベンチから立ち上がると一歩後退るエリアにまた一歩と近付き徐々に距離を詰めていく。走って逃げればいいものをこの哀れな少年は話さなくていいことまで口にしてしまった……そうこうしているうちにエリアはあっという間に広場の端、行き止まりである家屋の壁に貼り付けられるように足を止めた。もう後が無い。大きな音を立ててエリアの顔のすぐ真横にレンリの手が突き立てられる。
目の前に居るのは重要参考人で──恐らくは大量殺人事件の犯人だ。
「これからは私の手伝いをするように」
互いの息がかかるほどの距離にカサンドラの顔があり──鋭く赤い相貌が光っている。その姿はさながら小鳥を仕留め、脳を啜る蟷螂ようだ。エリアは死を覚悟した。
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