第3話 肉料理を食べる

 逃亡生活が始まった時、大半の逃走者は顔を帽子やマスクなどで覆って街を歩き──家電量販店のテレビなどで自分の情報を得ようとするものだと思う。少なくともテレビドラマや映画の描写ではそうだ。実際には携帯電話でニュースサイトにアクセスするだとか、有るかもしれないが……今の時代電波から逆探知されてもおかしくないかもしれない。異世界に来た以上、過去の文明の事などさっさと忘れてしまうのがいいだろう。

 さて顔を隠す手段も無ければ無一文。レンリは街に就く前に行き倒れた旅人の鞄から金目の物を漁った──カサンドラであれば絶対にこんなことはしないと言い切れるが、これは自分の身体なのだ。元々自分は転生する前も……似たようなことをしていたような記憶がおぼろげながら存在している。何処で誰の荷物を漁ったかまでは当然覚えていないのだが。被害者を覚えているような人間は犯罪など犯さないというがキャシーの持論だ。

 金を手にしたところで大手を振って街を歩くことは出来ない。王城の人間はともかく市井に噂が広まるまでには時間差が有るとして……まずは村で腹ごしらえと、出来れば道具の調達。出来れば都合のいい使い走りでも手に入ればいい。何とも楽観的だ。そうしてレンリはまだ動き始めて間もない朝の街へと足を踏み入れた。

 王都ではない。現代で言うところの大学や高校が密集している学生街──カサンドラが通っていた学園のある街だ。自然に囲まれていていくらか治安もいい筈なのだが、レンリの場合はそうもいかない。同じ街を歩いても必ず暗い側面に落ちて行くようなどうしようもない人間なのであった。

 開店時間の早い店、或いは開店準備で忙しなく動く人々。早い時間帯から街は忙しなく動いている。これは極めて真っ当な人の営みであって、そうでないもの達はまだ日陰の中で燻っている。どのような街にも必ず日の当たらない場所はあるものだ──カサンドラの知識の中にも「街の中で近付いてはいけない場所」「一人では絶対に通らない場所」というものがある。あえてそこに寄ってみようと思った。


 街の路地の中にぽつりと存在する小汚い飲食店──悪口ではなく本当に。

 異世界と言っても陽光降り注ぐ明るい街の中、冒険者で賑わう酒場だとか第二の人生を歩み始めた元令嬢の経営する食堂だとか……そういった印象が有った。少なくともキャシーの中ではそうだ。然し目の前の食堂?定食屋?──カサンドラの知識のお陰で辛うじて看板の文字を読むことは出来るものの内容への理解が追い付かない。そこには大きく「どんな肉でも調理可能」とだけ。

 ところどころ汚れの目立つ木製の扉にはこれまた薄汚れた硝子の覗き窓がはめ込まれていて、中で誰かが動いているのが確認できる。顔や服装までは分からないが、その動きは忙しない。特に躊躇することもなくレンリは扉に手を掛けた。開店時間も書いていない店なのだ。もし閉まっていれば他を当たればよい。


「あら~持ち込みは珍しい。結構穴場の店なのによく見つけたわ、一見さん。見るからに人間のアレなんだけどまさか調理してってことじゃあないわよね」


 店の中には案の定カサンドラの言う近付いてはいけない場所、出会ってはいけない人の姿が会った。今のところ他に店員は確認できない。ボサボサの髪を高い位置でまとめた茶髪の女店主は包丁を握っていない左手で店の一口に立ち尽くすキャシーに手招きをする。


「まあ保護リストに乗ってるような魔物を持ち込まれるよりはマシだわ。調理しちゃったらあたしも犯罪者だし。そうそう料理の代金とは別に技術費を取るんだけど、金を何倍でも積むからコレでフルコース作ってくれとかいう変態もいるのよ。人肉もよかないけどね」

「はあ。では、通常料金でいいのですか?」

「お客さん話を聞かないわね。そうね、何を作って欲しいかにもよるけど」

「原型を留めない料理でお願いします」


 そう、原型ね。あたしもそう長いことジロジロ見たかないわよ。

 店主は深く息を吐くと手袋越しの手で切り離されたパーツを受け取ると奥から一人店員を呼んで何やら小声で相談を始めた。耳を澄ませ、聞き耳を立ててみると──当然のことながら自分の身元がバレたわけでもなく単に「朝っぱらからこんなものを持ち込むなんて」「刻んでスープの具にでもするか」「それじゃ原型が残っているわ!」などという特に中身のない内容であった。

 異世界の飲食店の仕組みは分からないが、いつまでも立ち尽くしているわけにもいかない……とはいえ自分の後に他の客が訪ねてくる気配も無いため適当な席に腰を掛けた。技術の授業で作らされた椅子のように心もとない貧相な椅子だ──これが現代ならレビューサイトで星一が並んでいること間違いなしだ。飲食店は衛生管理が全てだ。逆に言うと店の雰囲気さえ良ければ味はどうとでもなる……というのは行き過ぎた持論か。雰囲気だけで高評価レビューを付ける顧客というのが元の世界では珍しい存在ではなかった。


「部下にも相談したんだけど、パイはどう?刻んで味付けして具にしちゃうの」

「ああ、いいですね」

「それでお題の事なんだけど~、これ可食部が少ないから……」


 その後、レンリは店主から長々と肉の部位に関する説明を聞いたがその殆どは流れてしまい彼女の中に残らなかった。ゲテモノ料理を専門?としているだけあって情熱を持って調理に取り組んでいるようだが、一般人相手には中々伝わらない部分だ。店主から見たレンリは突然人間の局部を持ち込んだ「変態」として話が通じると思われたのかもしれないが、それはそれだ。人を狩る人間が料理にまで精通しているわけではない。

 店の雰囲気、店主の態度の所為で店の評価は大目に見て五点中二点がいいところだと漠然と思ってはいたもののとても良心的な費用を提示され、レンリはあっさりと手のひらを返した。

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