第4話

「その相手が私なら、治してあげられるのに」


なんて冗談を言った。

もう、冗談を言う余裕などないし、心の気力も残っていないはずなのに、冗談を言わないと苦しいほどに辛かった。

その話はとても苦痛で、彼が愛おしいという顔をする度に独占欲が疼く。


「....」


黙ったままの空気が流れる。気づけば視線を下げていた。

彼の顔を見遣れば驚いた顔でこちらを見ていた。


「どうした?」


「...今、なんて言った?」


「え?」


まだ、会話のキャッチボールの間隔は長い。


「相手が私なら治してあげれる、なんて思っただけだよ。」


そう素直に答えた。

実際そうだ。優しくもずっと近くにいられた訳でもないが、ただ、そんなひと握りの期待を込めて、もう叶わないと諦めながらも冗談として放り投げた。


彼は驚いた顔をしながら、目に涙を貯め、ついには決壊した。嘔吐く声にこちらも驚きながら大丈夫かと声をかける。

すると彼の口からは大量の花弁が吐き出されて行った。


「うぁ、ッ...ぐず、....ぅ、ん....はぁ、ッう...」


泣き声だけが響く。

初めて見た彼の涙は驚く程に綺麗だった。

しかし、いてもたってもいられず隣に座り背中を摩った。

するとより激しく彼の口からは花弁が吐き出されて行った。

これが最期なのだろうかと思うほどに、その吐いた花弁の量は増えていく。

ただ見つめるだけしか出来ない自分がもどかしく感じた。


「大丈夫か...?」


そう書いても彼は泣いて吐き出すばかりで止まらなかった。

どうしたら止めてあげられるのか、どうすれば彼を楽にさせてあげられるのかが分からなかった。


「俺は...ッ...好きなのに...ッなんで....」


その先は、私には分からない。どうすればこんなに苦しい恋になってしまうのだろうか、私には分からなかった。


「俺はお前が好きなんだよッ」


その言葉は空虚に消えた。

何となく自分に向けられていた気もしなくもないが、そんなものは自惚れだと気づく。必死に涙を押えながら堪える彼。

次第に泣き止んできては、少し疲れたように肩にもたれかかってきた。


「え?」


先ほどの言葉を思い出し、そして驚いて飛び跳ねてしまう。

あの時の彼の目はまっすぐ私を射抜いていた。


「叶うことはないって思ったら苦しくて気づいたら花を吐いてた。でも病院も怖くて行けなくて、調べたら花吐き病で、もう俺寿命無くて。ちゃんと言おうと思ったらお前連絡途絶えるし、どうしたらいいか分からなくなって。」


そう言ってまた泣来そうになっている彼は、今度はぐっと堪えているようだった。

かくいう私も好きな人が自分に対して好きとはっきり伝えてくれているのに反応せざるを得ず、ごほごほと咳をこぼした。一際大きな咳が出たと思えば、そこにはいつも見る花と白百合が落ちていた。それを見て彼はまた驚いて、お前もなのかと問いただしてくる。


「実は私も、君のことが好きなんだってついこないだ気がついたんだ。」


そう伝えると彼も一際大きい咳をして、またひとつ白百合が増えていた。白百合は花吐き病の完治の証。

つまりはお互い両片思いだったということ。

その気持ちは留まることを知らず、勢いのままに抱き合った。それはお互いの気持ちを確かめ合うように続いた。


ついにはお互い泣き出してしまい、死の恐怖からの解放や、関係性の崩壊の危険、その後の関係構築でさえうまくいってしまった安心で、泣き止んだ頃にはお互い安心しきっていた。

改めて好きだよと伝えれば俺もと帰ってくる。

そんな暖かい世界がここにはあったのだ。

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花吐き病というものは りると @MikaNovelist

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