第3話
余計傷つきたくない。そんな気持ちで想いながら一週間。
ついに痺れを切らしたのか彼が通話をかけてきた。
「お前どうした?最近来ねぇけど体調でも壊したか?」
その声色は何故か震えていた。
「いや、大丈夫だよ。ただ最近ゲームをする元気が無くって。」
そんな嘘を着いた。
本当は1人でゲームをし、ただひたすらに強くなるために勉強していたし、彼に認められたくてしていたゲームだからこそ、辞められはしなかった。
「そうか」
単調な言葉だけが帰ってきて、その後は何も言葉がない。
やはり少し嫌われてしまったのだろうか。それともゲームに集中しているだけなのだろうか、私には分からなかった。
「ゴホッゴホッ...」
彼が曇った咳をした。
その咳はまるで私が花を吐く時にする咳のようだった。
「大丈夫?」
そう声を掛ければ、何かを言い淀んだあと「大丈夫」と一言。
これは彼にも何かあったのだろうと理解した。
「なんかあったんなら聞くで。」
1番聞いて欲しいのは自分なのに聞いてしまう性は、どうして辞められないのだろうか。
「あー...そうだな。」
その言葉に続くものを待っていた。しかし届いたのは誤魔化した言葉だった。
なにか私に言えないことでもあるのだろうか。いや、それが当たり前だろう。私と彼ではそれほどの距離が空いてしまっているのだから、それが妥当なのだろう。そう心は訴えかけてくる。
「....俺が話したらお前も話してくれるか?」
どこか祈りを含んだ声だった。
不安そうに聞いてくる彼は、なにかに憔悴し切っているようだった。
「それは、約束はできない。」
「そうか。」
それから言葉は尽きた。
お互い何を話そうという訳でもなくただ時間だけが過ぎていく。お互い別のゲームをしながら話す気を伺っていた。
「...好きな人が出来てさ。」
その言葉は私を驚愕させるのには十分だった。
「そうなんだ。どんな人?」
そう聞いてしまった。
彼は色恋沙汰はしないと思っていたが、本当は恋をしていた。想い人がいた。つまりより確実に自分の死が色濃く確定したというお告げでもあった。
私は絶望と共に、何年もかけてやっと恋を自覚した私の相手が、幸せになることを願った。しかしその想いは建前で強がりでしかないことは自分がいちばんよく知っている。
「優しくてなんでもわかってくれる人か。」
私は少しも優しくない。
ゲームでも現実でも相手を突き放し保身に走ってきた身だし、なんでもわかってやれる訳では無い。その証拠に、私の愛している人間は恋をしていた。
少しばかりの希望すら潰えた私には、もう命がない。そんな絶望の中彼は言葉を続けた。
しかし私にはもう言葉は聞こえなかった。目の前が真っ暗になり、何もかもどうでも良くなった。
一方的に通話を切りPCの電源を落としスマホですら電源を切った。
連絡手段を一切合切無くしてしまってどこかへ消えたいと願った。
花吐き病になってはや半年。個人差もあるが、大抵の花吐き病患者は1年以内が限度であると言われている。
自分に残された余命はあと半年。そして目の前には誰かに恋をした相手。自分の恋は潰えた。
あの日からPCにもスマホにもろくに触れず、電源を落としたままひとり睡眠をただひたすら取り過ごしていた。何日だったのだろう。まだ1ヶ月は経っていないある日。家のチャイムがなった。
友人ももう他の人に乗り換えている頃だろう。私を尋ねてくるものなどいないと思った。
だからこそ居留守をしてまた眠りについた。
しかし、次の日も、またその次の日もチャイムは続く。流石に厄介だと思いインターホンを覗き込む。
そこには彼がいた。
滅多に外に出ようとしない彼が、間違いようのない彼がそこにたっていたのだ。
そわそわとして落ち着きのない彼は、不安そうにきょろきょろと当たりを見回していた。
不思議と体が動いた。
インターホンに返事をし、最後に片付けたのも覚えていないほどの部屋を片付け始める。
何層にも重なった花弁を掃き、ゴミ箱に捨てて、片付けるほどもない荷物を棚に押しやり外着に着替え彼を出迎える。
しかし、彼は何かを話そうとはせず、ただじっと私を見つめていた。
気まずい空気が流れること30分。沈黙を破ったのは彼だった。
「ゴホッ...がはっ...」
彼は咳をした。そして咄嗟に口を手で覆い、御手洗へと逃げていった。
ひらり、彼の手から零れ落ちたのは花だった。
彼はそれに気づかずに御手洗に行ってしまった。
拾い上げた花弁は、青紫色で暑さは薄かった。
花吐き病は触れば移る、なんて元からなっている私にはどうだっていいことだった。
何となくその花が美しく感じて、眺めていたら、彼が帰ってこようとする音がした。焦ってポケットの中に花弁を押し込み、何事も無かったかのように座った。
「急に立ってすまん。」
なんて彼は言うが、その理由がわかってしまった以上、何も言えなくなってしまった。
「別に」
なんて返せば、また同じ空気が流れる。
「なんかあった?じゃないと私の家なんて来ないだろう。」
そう言うと、観念したかのように彼は口を開いた。
「ずっとお前からの連絡を待ってた。1週間経てど2週間経てども音沙汰なしだ。家でのたれ死んでるんじゃないかと思った。」
そう震えながら彼は続ける。
「俺、話してないことがひとつあるんだ。」
「重い病気を患っててさ、もう長くは持たないんだよ。だから最後ぐらい君といたいんだ。」
その突然の申し出に何も声が出なかった。
恐らく、重い病気は花吐き病のことだろう。
実質的な余命は1年。つまり彼は発症してからもうすぐ1年を越すことになるということだろうか。
「それってどういうこと?」
建前として、分からないふりをしておこう。
花吐き病なら、私に出来ることは無い。
ならばせめて良き相談相手に、なんて考えた。
しかし次の瞬間生暖かい何かが頬を伝った。
それでも言葉をひねりだす。
それがただの建前だとしても、この感情が嫌だとごねたとしても、相手を応援してやらねば彼は死んでしまうのだと悟ってしまったのだから。
「私でよければ、聞くよ」
その言葉を捻り出し終わったあとは、涙腺が崩壊してしまい、とめどなく涙が流れた。止められないそれに少し憤りを感じながらもどうにかこうにか止めようとしていた。
「ほんまに、どこまでも優しいよな、お前は。」
そんな彼の声がぽつりと聞こえた。
その言葉で昔のことがふと蘇る。
私たちが出会った頃にも、そのようなことを言われた気がした。
その時から彼は少し遠い存在だった。誰よりもゲームや精神面で強く、誰よりも程よい自信家だった。
そして誰よりも弱く誰よりも逃げていた。
ただ、そんな彼に憧れていた。
出会った頃の私はゲームも始めたてで、右も左も分からない。
精神面でも弱いのをわかっていながらも無意味なトライアンドエラーを繰り返し精神をすり減らして精神病を患っていた。
彼と対話する度に彼の思考に憧れ、そして思考を合わせて行った。
ゲームも教えてもらい、沢山のことを実践し学んだ。
私は最初から彼に憧れており、そして恋をしていたことに気づいた。
それが本当なら、私の寿命ももう長くはない。
「話したいことがある。」
「俺もだ。」
そう顔を見合せた。
もう、寿命がないのであれば、この場を借りて最後に伝えられたら。なんて思ってしまう。
まっすぐ彼を見つめる。
細い目に整えもしない眉毛。少しボサボサの髪に冴えない顔。他人からすれば清潔とは言えない彼は少し動揺した素振りを見せ、視線を外した。
「俺は花吐き病っていう難病なんだ。
片思いが成就すれば完治するらしいんだよ。
それで、その片思いの相手は、ずーっとそばにいた人で。」
そこまで言って言い淀む彼は、どこか苦しそうだった。
ずっとそばにいた人って誰だろう。きっと私の知らない人間なのだろう。
わたしの恋した人が愛した人間なら、悪い人では無いのだろう。そう頭の中で言い聞かした。
「その人とずっと成就したいと思っている。」
もどかしい気持ちが募るばかりだったが、もうもはやそれに続く言葉を待つしか無かった。
「どうしたら、成就出来ると思う?」
彼はついに涙を流していた。それにつられ私もまた泣いてしまう。
おそらく、彼なりに死が怖いのだろう。直感的にそう思った。
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