第28話 決意と謝罪

 ハッ! と気が付いて俺は飛び起きる。

 辺りは暗くなっていたが、目を凝らせばここが神社の境内だと直ぐに分かった。俺は御神木の直ぐそばで蹲るように横になったいたらしい。急いでスマホを確認すると、画面には2月3日と記されている。


 戻ってきたのか……?


 あれは夢だったんだろうか……? それにしてはやけにリアルだったな。向こうで見たスマホのディスプレイには3月17日と表示されていたから、俺は約1ヶ月半後の未来を見てきたのか?


 雨宮さんは3月16日に事故で死ぬ。未来の俺は事故で雨宮さんが死なない世界を強く願った。結果、雨宮さんの時間は巻き戻り、神社でのお参りをきっかけに俺の体は一瞬だけ未来に飛ばされた……ってことか?


 夢、もしくは神隠しの類だったのか、俺にはよく分からねぇ。けど、未来を見たことで分かったことがある。


 雨宮さんに悪戯をしていたのは篠田さんで、篠田さんは俺に雨宮さんから脅されていたと嘘を付いた。


 篠田さんを止められれば、雨宮さんは死なずに済むのか? 本当に神様がいるんだとして、過去の俺にあんな物を見聞きさせた意味は? 俺自身で未来の俺の願いを叶えろってことか?


 後、1ヶ月半までに俺に何が出来る?


 疑問は山のように湧いてくる。


 よく分からねぇ。けど、雨宮さんが死なずに済むかもしれない。もう、雨宮さんに同じ様な嫌な思いをさせずに済むかもしれない。


 ニッと俺は口角を上げる。


「上等だ。やってやる」


 雨宮さんに謝って彼女と仲直りしてみせる。そして、雨宮さんを救ってみせる。


 絶っ対ぇ紗蘭を死なせない!!


 強く決意すると、俺は立ち上がって境内の外に出て階段を下った。



 ▽▽▽▽▽


 翌朝。いつもより、かなり早く起きた俺は雨宮さんの最寄り駅の前に立っていた。ここは雨宮さんとイルミネーションデートに出掛けたときの待ち合わせ場所だ。


 懐かしいな……


 彼女との思い出の地に思わず感慨に浸るが、気を引き締める。暫くすると、見慣れた姿が駅に向かって歩いてくるのが見えた。駆け出したくなる気持ちを抑えて、相手が俺の存在に気付くのを待つ。

 少しして、近付いていたその人が歩みを止めた。まだ少し距離がある為、その表情を窺い知ることは出来ないが、困惑していることは遠目にも分かった。ゆっくり俺は近づく。


「荒木くん……? どうして、ここに……?」


 瞳を揺らして動揺する彼女に俺は真剣に話しかける。


「雨宮さんにどうしても謝りたくて」

「それは、昨日ミホちゃんから聞いた。もう気持ちだけで十分だから──」

「未来で雨宮さんが死んだのは俺のせいだったんだ!」


 雨宮さんの言葉を遮るように俺は言葉を紡ぐ。


「雨宮さんが悪戯されていて、それに悩んでいたことも、1人で戦っていたことも知らずに綾奈から聞かされた噂話をただ鵜呑みにして、俺は雨宮さんのことを傷付けた。本当にごめん!」


 俺はバッと頭を下げる。


「ちょっ! 荒木くんやめて!! 頭を上げて?」


 慌てたような雨宮さんの声。きっと、駅に来た人たちが俺たちを好奇の目で見ているんだろう。だけど、俺はやめない。


「信じて貰えないかも知れないけど、未来の俺は君が死んだ次の日にその事を学校で知ったんだ。そして、心底後悔した。だから、神様にお願いしたんだ」

「えっ?」


 戸惑う彼女の声を聞いて、顔を上げる。


「『例え俺が紗蘭に嫌われたとしても構わない。だから、紗蘭が生きている世界に……あの日、事故で紗蘭が死なない世界を下さい』って。だから雨宮さんの時間が巻き戻ったんだと思う」


「な、何言ってるの? まるで、未来を見てきたみたいなこと……」

「昨日見てきたんだ」

「っ!?」


 冷静な俺の言葉に目の前の彼女が目を見開く。


「そっ、そんなこと、あるわけ……」


 呟いた雨宮さんの語尾が萎んでいく。きっと彼女は一瞬あり得ないと考えた。だけど、自身も死んだはずなのに時間が巻き戻るという不思議な体験をしているからこそ、信じざるを得なかったのだろう。


「本当、……なの?」


 それでも半信半疑に尋ねてくる彼女に「あぁ」と頷く。


「3月17日の俺を見てきた。未来で雨宮さんが死んだのは3月16日。……違うか?」


 言い当てられて、雨宮さんが息を呑んだのが分かった。その瞬間、彼女は俺の話が全て本当のことだと理解したらしい。


「違わない。違わないよ」

「……未来の俺はまだ雨宮さんの事が大好きだった。あんな酷い言葉で君を傷付けて、最初は雨宮さんに裏切られたんだと思って怒りで頭の中がいっぱいだった。でもその翌日、君を失ってショックだったんだ。最後が喧嘩別れになってしまったことも、もう君に謝ることすら出来ないことも。そして、二度と君の笑顔を見ることが出来ないことも」


 ポロッと彼女の瞳から涙が零れ落ちる。


「雨宮さん、失望しただなんて言って本当にごめん。失望したのは雨宮さんの方だよな。友だちのことと俺と付き合い続けること、沢山悩んで悩んで決めた雨宮さんの気持ちを何も考えずに本当にごめん。俺、君のことをもう疑わない。何があっても信じる。悪戯からも守ってみせる。だから……“雨宮さん”じゃなくてまた“紗蘭”って呼ばせてくれないか?」


 目の前の彼女が鼻をすする。


「っ、……私、奏汰くんの隣に居てもいいの?」


「あ……」と気が付く。彼女が俺のことを“荒木くん”ではなく、付き合っていた頃と同じように“奏汰くん”と呼んでくれた。それは“紗蘭”と呼んでいいと言う彼女からの返事だった。


「勿論。寧ろ俺が紗蘭の隣にいさせて欲しいって思ってるんだ。何しろ紗蘭がいない世界なんて真っ平だからな」


 そっと、紗蘭の頬に触れて親指で彼女の涙を拭う。


「早速、今日から一緒に下校してくれるか?」

「……っ、うんっ! その前に、一緒に学校まで行ってくれる?」


 笑顔で答えてくれた紗蘭に俺も笑い返す。


「当たり前だろ」


 こうして俺たちは手を繋ぐと、久しぶりに二人並んで歩き出した。

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