第20話 後悔の別れ

「ミホちゃん、……ごめん!!」


 私は空き教室で横山さんと話した内容を全てミホちゃんに打ち明けた。


「仕方ないよ。2人で一緒に頑張ろう? 私、奏汰くんのファンクラブの子なら何人か知ってるから」


 その言葉に励まされて、私はミホちゃんに教えてもらった子たちに「悪戯をしているならやめて欲しい」と声をかけた。けれど、その誰もが「私じゃない」「そんなの知らない」の一点張り。その言葉が嘘か本当のことか見分ける術はない。


 他の会員の子を教えて欲しいとも頼んだけれど、奏汰くんのファンは他学年にもいるらしく、誰もファンクラブの全貌を知らないようだった。きっと、横山さんなら知っているだろう。けれど彼女が私に教えてくれるわけがないと、私はそれ以上何もすることが出来なかった。



 ▽▽▽▽▽



 それからも嫌がらせが止むことはなかった。そしてそれは、ミホちゃんにまで影響が及び始めた。私と同じように、ロッカーにゴミが詰められ始めたのだ。


 自分のことは耐えられる。けれど、私のせいで友だちが悲しむ姿は見たくなかった。


「ごめんね、ミホちゃん」

「謝らないで、紗蘭ちゃんのせいじゃないでしょ」

「ううん、ミホちゃんまでこんな目に遭ってるのは私のせいだよ」


 こんなに迷惑をかけるならミホちゃんと離れてしまおうか。もう友だちじゃないから、嫌がらせしても無駄だよって。

 けれど、そんな事しても私が奏汰くんと別れない限りこれが続くんだろうな、ってことが何となく想像できた。


「…………私、奏汰くんと別れる」


 呟くと「そんなっ、駄目だよ!」とミホちゃんが私の肩を揺する。


「でも! 別れなきゃ嫌がらせは終わらないでしょ? 本当は別れるなんて嫌だけど、頑張ってファンクラブの子たちにも声をかけたけど、どれも効果はなかった。……きっとこれが最善なんだよ」


 ミホちゃんにニコッと笑顔を作る。そんな私の手を彼女はキュッと握ってくれた。



 ▽▽▽▽▽



 放課後、私はいつものように奏汰くんと駅までの道のりを歩く。けれど、今日の私は足取りは重かった。

 楽しそうに話し掛けてくれる奏汰くん。でも、別れようって言わなきゃと思えば思うほど、奏汰くんの会話は耳に入ってこなくなる。


「紗蘭? 紗蘭?? ……おーい! 聞いてんのか?」


 奏汰くんのそんな声にハッとする。


「えっ!? あ! ご、ごめん!! 考え事してた!」


 言えば奏汰くんが苦笑いを浮かべる。


「なんか、最近の紗蘭ちょっと暗いし、ボーッとしてること多いけど、何かあったか?」

「えっ!?」

「俺、彼氏だろ……? それなのに悩み隠されてると、俺って頼りねぇのかなって……」


「っ!!」


 私は馬鹿だ。奏汰くんに迷惑かけたくなくて、一人でどうにかしようとしてた。でも、奏汰くんからしたら頼られてないって、思われてたんだ……


 もっと早く気付いて奏汰くんに相談してたら、こんな風にならずに済んだのかな?


「奏汰くん、ごめん……。ごめんね……、っ」


 私の中で何かが崩れた気がした。涙が溢れて止まらない。


「えっ!? 紗蘭、何で泣いてんだよ!?」


 気付いた奏汰くんが慌てふためく。


 あぁ、やっぱり私は奏汰くんが好きだ。

 でも、終わらせなくちゃ…………


「あのね、……お願いがあって」


 そこまで言って涙を拭う。


「私と、別れて」


「は?」と短く言葉を発した奏汰くんがフリーズする。


「何で……?」

「考えた結果なの。私たち、このまま付き合い続けても幸せになれない」

「何だよそれ……」

「ごめん」


 奏汰くんの顔が見られなくて俯く。すると、「綾奈が言ってた通りだ」と奏汰くんが呟いた。


「紗蘭、お前他に男がいるんだろ?」


 奏汰くんに責められても仕方ないとは思っていた。けれど、彼の口から飛び出して来た言葉は私の予想を遥かに超えていた。


「え?」

「俺にはもう飽きたから、もうひとりの方に乗り換えるつもりなんだろ?」


「いや、ちが──」

「だったら何で別れたいなんて言うんだよ!!」


 奏汰くんの怒鳴り声にビクッと体が跳ねる。こんなに怒った奏汰くんは初めて見た。


「っ、それは……」


 誤解だと伝えたい。けれど、そうしたら全てを話さなきゃいけなくなる。いつかの帰り道で、奏汰くんが「大切だ」って言っていた幼なじみの横山さんを悪く言わなきゃいけなくなる。


 横山さんは私にとっては酷い人だけど、奏汰くんにとっては、たった一人の幼なじみだから。

 昔、私にもいたその幼なじみを失って欲しくない。だから、喉元まで出そうになった言葉を堪える。


「……言いたくない」

「言いたくないんじゃなくて、言えねぇんだろ?」

「っ、そういう事にしといてくれていいよ」


 また涙が溢れないように、私はきゅっと唇を噛みしめる。


「紗蘭のこと信じてたのに。……失望した」


 この瞬間、好きな人に嫌われたと思った。

 ズキズキと胸が痛む。


 そして、トドメの言葉に「もう顔も見たくねぇ」と言われてしまった。


「そっか。……そうだよね。……私、ここからは一人で帰るから、……バイバイ奏汰くん」


 呟いて、私は振り返らずに駆け出す。だけど、奏汰くんは追いかけてこなかった。涙で顔がぐちゃぐちゃだし、丁度よかった。



 バイバイ。私の好きな人。

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