第15話 もう一度、距離を縮めたい俺
誰がファンクラブを復活させたか。
それを調べるのは綾奈が挑戦済みで、難しいことがわかったのでこれ以上調べることは困難だった。となれば、俺はやはり雨宮さんともう一度距離を縮める努力をするしかねぇ!! と思い至った訳である。
今日からまた一から……いや、ゼロからスタートするつもりで雨宮さんに話しかける!!
俺はそう心に決めていた。
きっと大丈夫だ。何と言っても俺はファンクラブがあるほどモテる男!! 何人のファンがついているのかは不明だが、少なくとも複数いるのは間違いない!!
そう確信している俺は、雨宮さんが急に冷たくなったあの日とは違って、自信に満ち溢れていた。
「雨宮さん、おはよう」
自分の席へ辿り着いた俺はいつもより元気に、そして爽やかに挨拶する。
「……おはよう」
俺の方を見向きもせずに返事をする雨宮さんは相変わらず冷たい。だけど、俺は負けねぇ! 絶対にまた雨宮さんを振り向かせてみせる!!
「雨宮さん、良かったら今日は久しぶりに一緒に帰らない? 新しくたい焼きの屋台があるの見つけてさ。そこのあんこがこしあんらしくて、雨宮さんこしあん好きだっただろ?」
途中で断られないように少し早口で言い切った。以前、あんこはこしあんが好きだと言っていた雨宮さんなら、きっと食い付いてくれる筈だと、俺は自信に溢れていた。
相変わらず俺の方を見ない雨宮さんだったが、やっと振り向く。
「行かない」
「え」
まさかの秒で断られた。
嘘だろ!? と驚く俺に雨宮さんは更に追い打ちをかける。
「あと、気軽に話しかけないで」
「な……!」
俺にとっては、グサッと心臓を鋭利なもので突かれたぐらいの衝撃だ。
「えっと、なんで……?」
「何でも」
「それじゃあ答えになってない」
「……理由がなくちゃ駄目?」
その返しに「う…」と言葉に詰まる。
理由……ないよりはあった方がいいに決まっている。ってか、理由無いのに断られる俺って、相当嫌われてるじゃねぇか!!
「……雨宮さんは俺のことどう思ってるの?」
「何とも」
う゛っ!! 好きどころか、何とも思われてないなんて、悲しすぎる!!
「えーと、それは、嫌いじゃないってことでいいか?」
「……今の私にはそんなこと分からない」
何だよそれ。意味分かんねぇよ。
「俺のこと嫌いじゃないなら、とりあえず一緒に──」
「やだ」
今度は言いきる前に断られた。
「雨宮さん、流石に俺も傷付くんだけど?」
「それは、…………………………ごめん」
随分間の空いた謝罪だな。
俺そんなに嫌われたのか!? いや、俺のこと何とも思ってないんだっけ??
くそっ!! こうなったら自棄糞だ!!
「悪いと思ってるなら、お詫びに放課後、たい焼きに付き合ってよ?」
流石に強引だったか?
でも、俺もこれで断られたらもう誘えねぇ……
半ば消沈しながら彼女の答えを待つ。
チャイムの音に乗せて小さく「分かった」と一言返ってきた。
▽▽▽▽▽
まさか、あの状況から渋々OKしてもらえるとは。強引に雨宮さんを誘っておいて何だが、俺が一番驚いている。
久しぶりに雨宮さんと二人で歩く帰り道。と言っても、今は会話なんてなく、お互い無言のまま。いつもの道とは少し逸れたルートだから、たまに俺が「こっち」とか「次の角を右だ」とか道案内する程度だった。
少しして目的の屋台を見付けると、俺たちは一つずつたい焼きを購入した。
屋台から少し離れた場所にあるベンチに腰掛けた俺たち。出来立てのたい焼きを一口食べると、甘い生地とあんこの滑かな食感が口の中に広がる。
旨いな。これならきっと雨宮さんも喜んでくれる筈だ!
「どう? 美味しい?」
俺は雨宮さんを見て問い掛ける。返事はないが、彼女がコクンと小さく頷いた。その可愛い姿に俺の心は簡単に持っていかれた。
まず、もぐもぐと小さな口でたい焼きを頬張る彼女がめちゃくちゃ可愛い!! 何故か俺にだけ冷たいけれど、それでもやっぱり可愛い!!
あぁ、何で俺にだけ冷たいんだろうな。早く雨宮さんと仲直りして恋人同士に戻りてぇ!!
「良かった。紗蘭に美味しいって言ってもらえて」
ホッと安心したら自然と彼女の名前を呟いていた。
あ! やべぇ!! つい“紗蘭”って呼んじまった!
また、“呼び捨てにしないで”って怒られる。
「ごめん! 雨宮さん! まだ呼び方の癖が抜けてなくて……って? えっ!? 雨宮さん!?」
慌てて謝ろうと雨宮さんの顔を見ると、ポロポロと彼女の目から涙が溢れていた。
俺が名前を呼び捨てにするだけで、これ程までに彼女を傷付けてしまったのか!?
「本当にごめん!! 気を付けてはいたんだが、そんなに雨宮さんが名前で呼ばれること、嫌だと思わなくて。これからは今まで以上に気を付けるから!!」
だから俺のこと、嫌いにならないでくれ! 頼む!!
オロオロしながら、俺はそんなことを祈った。
すると、「違うの……」と小さな声が聞こえてくる。
「名前を呼び捨てにされたぐらいで、私は泣かない……」
その一言にホッとする。
「奏汰くんは何も分かってない。私はこしあんのたい焼きが好きな訳じゃない。ただ、あんこはつぶあんよりこしあんの方が好きってだけ。それなのに、なのに……っ! バカじゃないの!?」
「え?」
早口で何か色々と言われた。突っ込みどころも多いが、中でも一番驚きなのは、久しぶりに“奏汰くん”呼びされたことだった。
「雨宮さん、今俺の名前……」
指摘すると、ハッと彼女が口元を押さえた。
雨宮さんもまだ名前呼びの癖が抜けていないのか? それとも俺のこと本当は嫌いじゃない、とか? いや、だったら何でわざわざ別れて、名前の呼び方も変えるんだよ?
それに、……何気ないあんこの会話を彼女が覚えてくれていた。それが俺は嬉しかった。
「っ、お詫びはもう十分でしょ!? 私、帰る!」
「え? あ、待って!!」と引き止める俺の方を見向きもせずに、雨宮さんは勢いよく立ち上がると、食べ掛けのたい焼きを片手に駅の方へ走って行った。
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