第12話 雨宮さんの友だち

 放課後になると、紗蘭は今朝話し掛けてきたクラスメイトと机を寄せて勉強会を始めた。友だちと言っていた篠田さんと、いつの間にか三人に増えた男子と共に五人で参考書とノートを広げている。それを横目に俺は下校した。


 雨宮さんと話すようになってから当たり前のように自転車を押して歩いた帰り道は、序盤で俺の家とは正反対になるから、彼女がいない今は通ることはない。


 自転車に跨って、真っ直ぐ家へ帰る。さっき見た雨宮さんは以前ほどではないが、やはり笑顔を見せていて、雨宮さんはああ言ってたけど俺は彼女に嫌われたんだと感じた。俺が何か酷いことを言ったとかでは無いと言っていたが、別れたいと思わせる“なにか”が確かにあったんだ。


 それが何なのか知りたい。いや、知らなきゃならねぇ。じゃなきゃ、俺が雨宮さんとまた話すことなんて夢のまた夢だ。


 そうは決めたものの、どうやって調べたら良いのか全く分からなかった。何しろ、当の本人が理由を話してくれないからだ。

 そんな時、俺の頭に雨宮さんの友だちである篠田さんの顔が浮かんでくる。同じクラスの少し控えめで大人しい女子。彼女とは一度も話したことはないが、雨宮さんの友だちなら何か聞いているかもしれないと俺は考えた。



 ▽▽▽▽▽



 翌日、俺は篠田さんが一人になる放課後を待った。彼女は手芸部に所属しているが、今日は部活がない日であることを確認している。


 先に教室を出て、彼女が歩いてくるのを階段で待ち構える。そうして目的の人物が通り掛かったところで「篠田さん」と呼び止めると、驚いた顔で彼女が俺を見た。


「聞きたいことがあるんだけど、ちょっと良いかな?」


 尋ねると、コクコクと頷いた彼女が恥ずかしそうに「目立つから別の場所でいい?」と尋ねてくる。確かに、ここは部活に向かう生徒や下校する生徒が引っ切り無しに通って行く場所だ。


「おう」と頷いて、どこが良いか考えを巡らせていると「ついて来て」と彼女が先に歩きだした。素直にそれに従うと、案内されたのは家庭科準備室だった。


「ここ、勝手に入って良いのか?」

「うん。部活がない日でも作業しに来る子がいるから、夕方までは部員のために解放されているの」

「そうか」

「……えっと、それで? 奏汰くんが私に聞きたいことって? もしかして、紗蘭ちゃんのこと?」


 流石は雨宮さんの友だちだ。察しが早くて助かる。俺は「あぁ、そうだ」と頷いて彼女に尋ねていく。


「雨宮さんから聞いていると思うけれど、俺たち最近別れたんだ」

「うん。知ってる。クリスマスの少し前に付き合い始めたばっかりだったよね?」

「それも聞いてたのか」

「うん。紗蘭ちゃんが教えてくれた」


 俺が知らなかっただけで、雨宮さんは友だちの篠田さんに俺たちのこと色々と話してたんだな。

 そう思うと少し嬉しくなる。


「それでなんだが、篠田さんはどうして俺と別れることになったとか、……雨宮さんから何か聞いてないか?」


 すると、彼女の眉が一気に下がる。


「……ごめんなさい。私も昨日突然聞かされて。何も教えてもらえなかったの。だから、詳しく聞くのは不味いのかなって思って、私からは何も聞けなかったの」

「そうか……」


 唯一の情報源だと思っていた篠田さんですら、別れることになった理由を聞かされていなかったようだ。


 本当に、何でこうなったんだ……


 そう思っていると、何か気になることがあるのか、篠田さんが「……でも」と口にしかけてやめた。今の雨宮さんを知るためのヒントになるかもしれないと思った俺は「でも? 何だ? 聞かせてくれるか?」と優しく尋ねる。


「……二人が付き合い始める前にね? 横山さんが紗蘭ちゃんを訪ねてきたことがあって」

「綾奈が?」


 アイツそんなこと、俺には一言も言ってこなかったぞ?


「聞けば、奏汰くんのファンクラブに誘われたみたいで……」


「は?」


 今、なんて言われた? 俺の聞き間違いか? 俺の名前とセットで、とても非現実的な単語が聞こえた気がするんだが?


 そうやって、頭の中で混乱している間も篠田さんの話は続く。


「ファンクラブに入らないなら、奏汰くんと話すことを控えて欲しいって言われたみたい」

「篠田さん、ちょっと待ってくれ。えっと、……まず、誰のファンクラブがあるって?」


 俺は思わず額を手で押さえながら確認する。


「え? 奏汰くんの……あっ! もしかしてファンクラブの存在って、本人には秘密だったのかな!?」


 篠田さんがオロオロと慌て始める。


「いや、分かんねぇ。けど、少なくとも俺は今初めて知った」


 どういう事だ? 綾奈は俺にファンクラブがあること、知ってたことになるぞ? 大体、ファンクラブってマジであるのかよ? つーか、だったら何で俺はこんなにモテねぇんだ!?


「まぁ、それは一旦置いといて……話を戻すと、それでどうなったんだ?」

「紗蘭ちゃんは奏汰くんと話がしたいから、ファンクラブに入るのを断ったんだって。奏汰くんと付き合ってすぐの頃にも勧誘されてたみたいだけど、断ったって言ってたよ」

「そうか」


 俺の知らない所で、雨宮さんが俺も知らなかったファンクラブに勧誘されていたことには驚いた。どうやら、今度はそのファンクラブとやらを知る必要があるらしい。


「篠田さんは、そのファンクラブについて何か知ってる?」


 手掛かりを求めて尋ねると、とんでもない答えが返ってくる。


「ファンクラブの会長が横山さんってことなら知ってるよ」

「綾奈が会長!?」

「そうなの。だから、てっきり奏汰くんはファンクラブの存在を知ってると思ってた」


 どうやら篠田さんは俺と綾奈が幼なじみだと知っているようだ。そうでなければ、俺がファンクラブの存在を知っているとは考えにくい。


 それはそうと、ややこしい事になった! と俺は頭を抱える。


 幼なじみの綾奈は俺のファンクラブ会長で、その事実を隠して俺と接していた。しかも、俺のことが好きだときた。

 雨宮さんをファンクラブへ勧誘していたことや、雨宮さんに俺と話すことを控えるように言っていたとなると……


 綾奈が俺たちを引き裂いたってことか?


 その考えに辿り着いた俺は、これからどうすべきか直ぐには決められなかった。

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