第11話 幼なじみの告白

 家の前まで帰ってくると、また玄関の前に綾奈がいた。俺の姿に気付くと「おかえり」と笑顔を見せてくる。


「雨宮さんと別れたんだって?」


 段差に腰掛けている綾奈の隣に俺も座り込む。


「まぁ、そうなったな」


 殆ど一方的な別れ方だったし、俺は今も別れたくないと思っているんだが。


「何? その歯切れの悪い言い方。だから言ったでしょ? “奏汰は雨宮さんに遊ばれてるんだよ”って」


 そう言って綾奈がニヤリと笑う。

 予想が当たって嬉しいらしい。


「うるせぇー。……そんなんじゃねぇよ」

「私は別れて正解だと思うよ。奏汰には遊んでる噂がある女の子なんて向いてないし」

「なぁ、前にもそんなこと言ってたけど、それ何処からの情報だよ?」


 俺はあの大地からですら、そんな噂聞いたことねぇぞ?


「内緒」と人差し指を唇に当てる綾奈。雨宮さんも綾奈も、肝心なことは聞いても教えてくれない。


 女子って何でこうも秘密にしたがるんだ?

 あぁぁぁぁっ!! もう!!


「でも、雨宮さんも変わった人だよね。私だったら奏汰のこと絶対に振らないけどなー」

「はぁ? 何だよその例え」


 綾奈がなんかいつもと違う。

 普段はそんなこと言ってくるようなヤツじゃないのに。


「だって、奏汰モテるじゃん」

「モテねぇよ」


 言い返すと、綾奈が素早くこちらを振り向く。


「それ、絶対嘘」

「嘘じゃねぇよ。俺に学校で話しかけてくる女子は雨宮さんだけだったんだから」

「何? 奏汰はそんなに女子と話したいの? 寂しいの?」

「女子とは話したいが、寂しい訳じゃねぇよ」


 いや、違うな。俺は女子の中でも雨宮さんと話したいし、雨宮さんと話せないのは物凄く寂しい。


「奏汰には私が居るでしょ。そんなに寂しいなら私が付き合ってあげよっか?」


 首を傾げながら、ジッと綾奈が俺を見てくる。


「ハハハ、……お前慰めてくれてんのか? いーよ、そんな気ぃ遣わなくて。でも、ありがとな」


 ポンッと幼なじみの頭を優しく撫でる。


「…………、私は奏汰に気を遣ってるわけじゃない」


 ボソッと呟かれた言葉がよく聞こえなくて、俺は「ん?」と聞き返した。


「だから! 私は奏汰に気を遣ってるわけじゃなくて! 本気で言ってるの!!」


「え……」


 俺の頭が思考停止する。


 本気? それは、どういう事だ?

 つまり、綾奈が俺と付き合ってくれるって言ってるのか??


 今まで、綾奈のことを恋愛対象として見たことがなかった。隣に居るのが当たり前過ぎて、異性として意識したことがなかったのだ。


「……ねぇ、何とか言いなさいよ」


 そう呟く綾奈の頬が赤い。


「あ、いや、……お前は幼なじみだから、考えたこともなかったんだよ」


 答えると、彼女がため息交じりに口を開く。


「……やっぱり。そんなことだろうと思った」

「ごめん」

「謝らないで。その代わり、少し時間をあげるから私とのこと、考えといて」


 そう言うと綾奈が立ち上がる。


「今すぐは難しくても、失恋の痛みは新しい恋で癒やすのが一番なんだから」

「そんなもんか?」


 俺は暫く新しい恋とか無理そうだし、それよりもどうしたら雨宮さんとヨリを戻せるかばかり考えてしまう。


「そんなもんだよ。じゃあ、私帰るねー」


 ひらひらと手を振った幼なじみは、俺に“新しい恋”という課題を残して去って行った。



 ▽▽▽▽▽



 綾奈に新しい恋と言われても、俺の頭の中はまだまだ雨宮さんだらけだった。それでも、綾奈が俺と付き合ってもいいと思っていることには驚いた。


 本気ってことは、アイツ俺の事好きなのか? いや、でもそう言われた訳じゃねぇからな……

 綾奈はどんな気持ちで俺にあんなこと言ったんだ?


 全く、女心と言うやつは難しい。


 悶々と考えながら教室に入ると、昨日とは違って雨宮さんはもう学校に来ていた。どうやら、今日はいつも通りの時間に来たらしい。


 別れたとはいえ、別に挨拶ぐらいしてもいいよな?

 ここで挨拶しなかったら、紗蘭と復縁出来る可能性は限りなくゼロに近くなると考えた俺は意を決する。


「さ……」


 いつもの癖で“紗蘭”と呼びそうになって、慌てて口を噤む。


 危ねぇ! 呼び捨てを禁止された挙げ句、名字呼びを指定されてるのに、“紗蘭”なんて呼んだら、嫌われるかもしれねぇ所だった!!



「……あ、雨宮さん、おはよう」


 焦って少しぎこちなくなってしまったが、一応挨拶できた。


 ゆっくり俺の方を向いた雨宮さんが短く「おはよう」とだけ答えた。


『奏汰くん、おはよう』


 付き合う前も付き合っていた後も、雨宮さんは笑顔で俺の名前を呼んで、『おはよう』と言ってくれていたのに……


 待てよ? そう考えると今の俺たち、付き合う前よりも冷めてねぇか!?


 その思考に行き着いた俺は1人ショックに打ちひしがれる。


「雨宮さん! 雨宮さん! 雨宮さんって、英語得意?」


 隣から男子のそんな声がして、視線を動かすと同じクラスのヤツが雨宮さんに話し掛けていた。


「えっと、……そこそこかな?」


 戸惑ったように答える彼女。


 そこそこどころじゃねぇ。雨宮さんはテストの点数が全教科ほぼ85点以上だ。得意分野の国語や社会に関しては95点前後を獲得している。

 そんな才女の彼女がそこそこだとしたら、俺はもっとそこそこなんだが。……ってか、それよりも何なんだよ! この男子コイツ!!


「頼む! 教えてくれ!! 明日ある冬休み明けの実力テストで40点以下だったヤツは補講らしくてさ、お願いします!!」


 パチンと手を合わせたソイツが雨宮さんに頼み込んでいる。


 何てヤツだ。今まで彼女に話しかけたことすら無いようなヤツが、いきなり勉強を教えて欲しいとかちょっと図々しくね?


 雨宮さんは誰にでも優しいが、冬休み明けの彼女は冷たくなったんだ。きっと断られるに決まって──


「私も勉強になるし、そういう事ならいいよ」


 にこりと笑顔で返事をする雨宮さん。そこには去年までの彼女の笑顔が存在していた。


「本当に? ありがとう!」


 俺は空いた口が塞がらない。


 まさか、冷たいのって俺にだけだったりしねぇよな??


 そんな事を考えている間も彼女の言葉は続く。


「あの、どうせなら、私の友だちも誘っていいかな?」

「おう! 大歓迎だ!!」


 とっ、友だち!? 雨宮さん、友だちいたのか!?


 更に驚いていると、彼女が「ミホちゃーん」と友だちの名前を呼ぶ。「どうしたの?」とやって来た女子は同じクラスの篠田さんだ。雨宮さんが彼女に事情を説明して、それから楽しそうに2人が笑う。


 俺は複雑な気持ちだったが、少し安心もした。


『奏汰、気付いてないの? 雨宮さん、女子の友だち居ないでしょ?』


 綾奈が言っていたこの言葉で、俺は彼女の友だち作りの邪魔してるんじゃないかと思っていたこともあった。だが、そうではなかったらしい。


 喜ばしい事ではあったが、とても複雑な気分だった。

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