第10話 バイバイ
遂に、紗蘭と約束した放課後がやってきた。
今日はいつもと違って、紗蘭とは授業の合間に話すことなく一日が過ぎた。
たった10分間の会話の積み重ねが無いだけで、こんなにも学校がつまらないなんてな。紗蘭が転校してくる前の俺は、一体どうやってこのつまらない時間を過ごしていたんだ? と不思議なぐらいだ。
「紗蘭」と呼べば、カバンを手に取っていた彼女が俺を見た。
「だから、私のこともう呼び捨てにしないで」
そういえば、朝そんなことを言われたんだった。何が紗蘭に“俺と別れる”という選択を取らせたのか分からないのに、これ以上彼女を刺激するのは良くない。
「あ、ごめん。……じゃあ、“紗蘭ちゃん”でいいか?」
「前みたいに“雨宮さん”で」
それって付き合う前どころか、紗蘭と話し始めたばかりの頃の呼び方じゃねぇか。
名前の呼び方一つで一気に俺たちの関係性が後退したことを突き付けられた気がした。
「分かったよ。……雨宮さん」
呼んでみると尚更、それを実感した。
「とりあえず、いつもみたいに帰りながら話そうか」
俺が提案すると「今日だけね」と彼女は答えた。
「それで? 何を話すの?」
歩きながら尋ねてくる彼女の言葉は、まるで「もう私には話すことなんてないけど?」と言わんばかりで、俺の胸を刺した。それだけで駅までの帰り道を歩く足が重く感じる。
「勿論、俺たちのことだよ。……ごめん、何で雨宮さんが俺と別れたいのか俺には分からないんだ」
「……」
「だから、もし俺が雨宮さんに何か酷いこと言ったとか、そういうのがあれば教えて欲しい。謝るから、直すから。俺は雨宮さんと仲良くしていたい。恋人でいたいんだよ」
朝とは違って、言いたいことは言えた。俺はドキドキしながら彼女の言葉を待つ。
「無いよ」
「え? 無い?」
「そう、今は何もない」
予想外の回答だ。
「じゃあ何で俺と別れたいんだ?」
恐る恐る尋ねると、少しの間があって雨宮さんが答える。
「…………荒木くんは知らない方がいいよ」
「それはどういう意味?」
今朝から少し引っかかっていた。彼女はずっと遠回しで曖昧な言葉で話している。
「どうもこうもないよ。そのままの意味」
答えた雨宮さんの表現は今朝と同様に無表情だ。それを見て、もう彼女が俺に笑いかけてくれることはないらしいと、何故かそう感じ取った。
「話、もう終わりにしていい?」
雨宮さんが尋ねてくる。
「いや、さっきも言った通り、俺は雨宮さんと恋人でいたくてだな……」
「ごめん。それは、無理だから」
はっきりと断られた。
「もう私と関わらないで」
「え? ……いや、それはあまりにも一方的じゃねぇか?」
「こんな冷たい女と話すの嫌でしょ? だから、諦めて」
何でだ? 何が彼女をそうさせたんだ?
雨宮さんから聞き出した事を整理すると、俺は何も悪くないらしい。だったら何で別れる必要がある?
「こんなの、納得できねぇよ」
「納得できなくても、そういうことだから」
俺の呟きに雨宮さんは淡々とした口調で返す。
「俺は雨宮さんのことが今も好きだ。雨宮さんは違うのかよ?」
問い掛けた俺の言葉を彼女は受け取らなかった。
「荒木くんの家、向こうでしょ? ここからは一人で帰るから、バイバイ」
別れを告げた彼女は俺を振り返ることなく去って行った。
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