第7話 転校生の私と幼なじみの彼女
冬が近付いてきて、肌寒くなってきたある日のこと。
「貴女が雨宮さんだよね?」
昼休みにミホちゃんと一緒に過ごしていて、丁度お弁当を食べ終えた頃、教室にやって来た女の子が私に話しかけてきた。何処かで見たことがある女の子だった。けれど、全然話したこともない子が急に話しかけてきた事に驚く。
「私、奏汰の幼なじみで隣のクラスの横山綾奈って言います。少し話があるんだけど、いいかな?」
奏汰くんの幼なじみ……そう言えば、幼なじみがいるって奏汰くん言っていたっけ。あれは、今目の前にいる彼女の事だったんだ。何処かで見たことがある気がしたのは隣のクラスだからだね。
私たち、きちんと会うのはこれが初めてなのに、話ってなんだろう? 奏汰くんの幼なじみだから、奏汰くんのことかな?
そんな風に少し不思議に思いながら、私は「いいよ」と答える。
「教室じゃ騒がしいから、ちょっと場所を変えてもいい?」
「うん」
頷いて、席を立ち上がる。
「紗蘭ちゃん……」
何処か心配そうにミホちゃんが私を見た。
「ちょっと行ってくるね」とミホちゃんに笑い掛けて私は横山さんの後をついて行った。
▽▽▽▽▽
横山さんに連れられてやって来たのは、人気のない校舎裏だった。
「ごめんね。こんな所まで来てもらって」
「いえ、それで話って何かな?」
「雨宮さんが最近、奏汰と仲良いって本当?」
早速、奏汰くんの名前が出てきてドキッとする。
「うん。席が近いから、色々と話しやすくて。最近は良くしてもらってます」
「大変でしょ? 奏汰の相手は。アイツ頑固で自分の意見を曲げないから」
頑固? ……奏汰くんが?
少し考える。確かに拘っていることに対してはそうかもしれない。たい焼きはつぶあん派かこしあん派か? という話をしたことがある。奏汰くんは「絶対つぶあん派!」と言って譲らなかった。因みに私はこしあん派で、こしあんの良いところを言った。奏汰くんは最後まで話を聞いてくれたけれど、それを認めてはくれなかった。
そう言えば、奏汰くんが語るつぶあんの良いところを聞いた後、つぶあんのたい焼きが食べたくなったことを思い出す。
奏汰くんが頑固と言ってもそんな、なんてことはないレベルの話だ。
「そんな事無いと思うよ? 奏汰くんは私の話、最後まで聞いてくれるし、大変と思った事は一度もないかな」
答えると横山さんの目が大きく見開かれる。
「それはきっとまだ雨宮さんに気を使っているからだと思う」
「そうなのかも」
そりゃ幼なじみには勝てっこない。何と言っても、奏汰くんと過ごしてきた年月が違う。私なんて奏汰くんと出会ってからまだ半年程だ。
「あのね、雨宮さんには少し注意しておかないとと思って」
「え?」
注意? 私、何かしたのかな?
「奏汰はね、あまり目立つことは好きじゃないの」
「そうなんですか?」
それは覚えておかなくちゃと思っていると、更に彼女の言葉が続く。
「それと、雨宮さんは転校生だから知らないと思うけれど、奏汰にはファンクラブがあって。それで、私はそのファンクラブの会長をしているの」
驚いて思わず「えっ?」と声が漏れた。
横山さんが奏汰くんのファンクラブの会長さん!?
奏汰くんの幼なじみだし、適任といえば適任だけれど……
私、もしかして面倒な事に巻き込まれようとしてるのかな? と不安になる。
「それで、このファンクラブにはルールがあるの」
「ルール?」
「そうよ。必要最低限以外で私たちの方から奏汰と話す事は禁止っていうルール」
「……」
なに……そのルール。
私が目を丸くしていると、横山さんが付け足す。
「ほら、奏汰は目立つことは好きじゃないから。女子が群がると可愛そうでしょ?」
「えっと、……まぁ、そうですね」
「だかから、いっその事話しかけるのを禁止にしたの。そこでなんだけど、雨宮さんが奏汰と話しているとどんな事が起こると思う?」
「へ?」
私が奏汰くんと話すと何かあるの?
「ファンクラブの子たちはみんな奏汰に話しかけるのを我慢してるのに、雨宮さんは奏汰と何度も話しをしている。それじゃあ、ファンクラブの子たちが可愛そうだし、不公平だと思わない?」
「そんな事、言われても……」
私が奏汰くんと話すきっかけになったのは、授業中に奏汰くんが落とした消しゴムを拾って渡したことだ。それからは私も奏汰くんも自分の意志でお互い話しているわけだし、それをとやかく言われたくない。
「そこで提案なんだけれど、貴女も奏汰のファンクラブに入らない?」
「え!? わ、私が!?」
「だって、雨宮さんどう考えても奏汰のこと好きでしょ?」
「っ!?」
言い当てられて、ドキッとする。
でも、何で私の気持ち横山さんにバレてるの!?
「あははっ。顔赤いよ? 少し見れば直ぐわかった。だって、私も奏汰のこと好きだし」
サラリと告げられた気持ちに「へっ?」と素っ頓狂な声が出る。
横山さんも奏汰くんを!? あっ、でもファンクラブの会長さんだし当然か。
「どうかな? 雨宮さんもファンクラブに入れば会員として、堂々と奏汰のこと眺められるよ?」
にこりと笑う横山さんが私の次の言葉を待っている。一瞬、「分かった」と頷きそうになった。
でも……
「それって、私から奏汰くんに話しかけちゃいけなくなるってことだよね?」
尋ねると「そうだよ。当たり前でしょ?」と答えが返ってくる。
「じゃあ、私は入らない」
断ると横山さんは「……なんて?」と一気に表情を強張らせた。
「奏汰くんは私に話しかけてくれるし、私も奏汰くんに話しかけたいからです。奏汰くんと話せないルールは、ファンクラブの都合ですよね? だったら私は奏汰くんと話したいから入らない」
「なっ!? 雨宮さんは全然分かってない。私は雨宮さんの為にファンクラブに誘っているの! 他の子が不満を募らせたら、貴女に意地悪なことしちゃうかもしれない。だから、その前にこうして私が直々に誘ってあげているの! それが分からないの!?」
横山さんが少し声を張り上げてそう言った。それでも、私の気持ちは変わらない。
「私のこと心配してくれているなら、ありがとうございます。でも必要ありません。私、少しくらい平気ですから」
「それじゃあ、私戻りますね」と一言添えて、私は一足先に教室へ戻った。
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