第6話 転校生の私とモテるキミ

 ジメジメと梅雨の気配を孕んだ6月。父親の転勤で私は今の学校に転校してきた。


「雨宮紗蘭です。よろしくお願いします」


 初めての土地で初めての学校。そして初めての教室。知らない同級生の前で緊張しながら自己紹介を済ませる。


「雨宮さんの席は窓際の一番後ろ。荒木くんの隣ね」


 担任である女性の先生に言われて窓際を見ると、確かに男子生徒の隣の一番後ろの席が空いていた。

「はい」と返事をして指定された席に向う。


 席まで辿り着いた時、先生から“荒木くん”と呼ばれていた彼と目が合った。スッと通った鼻筋に綺麗な瞳。

 一目見た瞬間にカッコいいと思った。


「初めまして。よろしくお願いします」


 挨拶をすると、ややあって彼も挨拶を返してくれる。


「あぁ。荒木奏汰だ。よろしく」


 荒木奏汰。……奏汰くんっていうのか。

 仲良くなれるといいな。


 この時、私はそんな風に願った。



 ▽▽▽▽▽



 一月も経つと、私は新しい学校に少しずつ慣れて来た。けれど、既に仲良しグループが形成された教室で友だちを作るのは中々難しい。

 最初の頃は転校の私に話し掛けてくれる子も何人かいた。けれど話が合わなかったのか、それも徐々になくなっていった。それでも一人だけ継続して私と仲良くしてくれる子がいた。一緒にお昼を食べてくれるその子はミホちゃんだ。


 仲が良い友だちが他のクラスにいるらしいミホちゃんは、私にこの学校のことを色々教えてくれた。学校の七不思議だとか、理科の先生の頭がカツラだってことまで幅広く話してくれた。


「奏汰くんはね、ファンクラブがあるくらい女子からモテてるんだよ」


 今日ミホちゃんが教えてくれたのは奏汰くんの話題だった。


「ファンクラブ? 凄いね。ファンクラブが実際にある人なんて初めて聞いたよ」

「でも、そのファンクラブにはルールがあるみたいで、実のところ入りたいかと言うと微妙なんだけどね」


「へぇ~」と相槌を打つ。


 奏汰くんと隣の席の私だけれど、転校初日以降、毎朝の「おはよう」以外に彼と話す事はなかった。


 本当は話しかけたい。でも、きっかけがないと勇気が出ない。だから、私は毎日話しかけるきっかけを探していた。


 でも、学校でファンクラブができるほど女子から人気があるなんて聞いてしまえば、余計に話しかけ難いなぁ……なんて。


 そんな時だった。

 授業中、隣の席からコロンと小さい何かが私の足元に転がってきたのは。それは、見覚えのある奏汰くんの消しゴム。


 ドキッと胸が鳴る。話しかけるきっかけが回ってきたことを私は意識した。


「奏汰くん、奏汰くん」


 先生に気付かれないように彼の名前を呼ぶ私の声は、震えていた。私の声に気付いた彼が私を振り向く。


「はい。落としてたよ」と奏汰くんの机に消しゴムを置く。「ありがとう」と答えてくれた彼に顔が熱くなった。おはようの挨拶以外で初めて奏汰くんと会話できたことに、私の心は舞い上がっていた。


 その後の10分間休憩から、私と奏汰くんはよく話すようになった。

 奏汰くんが自転車通学なことを知った。最初は緊張していた筈なのに、奏汰くんとは凄く話しやすくて会話が弾んだ。楽しかった。話せた事だけでも嬉しかったのに、放課後に奏汰くんの方から寄り道に誘ってくれて。夢みたいだった。


 放課後に気になる男の子と寄り道。

 これって、デートだよね??


 そう思うと、尚更だ。

 思い切って「私の事も名前で呼んで?」とお願いしたら、奏汰くんは「紗蘭」って呼んでくれた。


 私はこの頃が一番幸せだった。

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