第5話 束の間の恋人
晴れて彼氏彼女となった俺たち。
だからといって、学校での接し方が大きく変わることはなかったし、付き合ったことを周囲にアピールすようなこともなかった。それでも大地と綾奈にだけは報告した。言っておかねぇと後でうるさそうだからな。
大地に報告したとき、あいつは「マジか」と固まっていた。それでも数秒後には祝福してくれた。
「おめでとう。良かったな。だが、ますます他の男子から刺されねぇように気ぃ付けろよ?」
紗蘭との関係が進展したことで現実味が増したその脅威を俺は改めて突き付けられた。「肝に銘じておく」と自分自身に言い聞かせるように大地の前で誓った。
そして、綾奈に報告した時はというと、「どうして!?」と詰め寄ってきて大変だった。
「私、言ったよね? 奏汰は雨宮さんに遊ばれてるんだって!」
何故かは分からないが凄い剣幕だ。
「落ち着けよ」
「私は落ち着いてる! 冷静じゃないのは奏汰だよ!! どうして? どうして雨宮さんなの?」
「どうしてって、……そりゃ仲良くなってお互い惹かれたからだろ」
やべ、自分で言っておいて恥ずかしいなコレ。
でも確かに俺たちはお互いに好きになったから、めでたく結ばれたんだ。
「私は? 私だって奏汰と仲良いのに!! 私のことはどうでもいいの?」
「はぁ!? 誰もそんなこと言ってねぇだろ? 確かに俺とお前だって仲良いよ。幼なじみなんだから、それは当たり前だろ?」
「幼なじみ…………そう。……そうよね」
綾奈が俯く。呟かれた声は語尾が小さくなっていった。
「? ……あ、あぁ」
「……精々、雨宮さんに捨てられないよう頑張ることね。まぁ、何かあったら幼なじみの私が相談に乗ってあげるわ。奏汰は女心とか、分かってなさそうだし」
フンッと顔を逸らす綾奈。何とか落ち着いてくれたが、いつもと違うその態度に少し違和感を覚える。
もしかして、俺に恋人ができてさみしいのか?
それか、俺に先に恋人が出来て悔しいとか??
でも、それを口にしたらコイツまた怒りだしそうだよな〜。
マジで女子って分かんねぇ。
とりあえず、ここは綾奈の顔を立てとくか。
「じゃあその時はよろしく頼むわ!」
ニッと笑うと「全く、世話の焼ける幼なじみね」と溜め息を吐かれた。
▽▽▽▽▽
数日後、クリスマスという名のイベントがやって来た。毎年クリぼっちだった俺。
だが今年は違う!!
紗蘭という最高の彼女がいる。まだ付き合いたての俺たちだったが、その日は一緒に過ごそうと約束していた。
デート先は俺たちが2人で初めて出掛けた場所だ。近くには映画館もあるし、様々な店がある場所だから一緒に歩いているだけでも楽しめるだろう。そこでお互いにプレゼントを買って交換しようと話した。
▽▽▽▽▽
「映画おもしろかったね」
朝から待ち合わせた俺たちは午前中に映画を楽しんだ。
映画館を出ると、隣を歩く紗蘭が話しかけてくる。
「本当か? 良かった。俺が見たかった映画を紗蘭に気に入ってもらえて」
紗蘭とどの映画を観るか相談した時、彼女は「奏汰くんの観たい映画がいい」と言ってくれた。アクションモノだったから、紗蘭にはあまり面白くないかもしれないと実は観る前に心配していたのだ。
「私、アクション映画も意外と好きだよ?」
「そうだったんだ? じゃあ、今度また観に行こう」
彼女のことをまた一つ知ることができた。しかも紗蘭がアクション好きだったなんて。色々と話しが合いそうだと、嬉しくなる。綾奈はアクションは全然興味なかったから、昔一緒に映画を観に行った時、いつもつまんなそうにしてたなと、思い出す。
それから、ファミレスで昼食をとった俺たち。食べている間に、映画の感想やオススメのアクション映画の話、紗蘭が好きな映画について語り合った。
その後、プレゼントを選ぶ為に一緒に何件かお店を見て回った。そして、俺は紗蘭に手袋を紗蘭は俺にマフラーをプレゼントしてくれた。
買い物の後、俺たちは近くのカフェに入って休憩する。沢山話をして、名残惜しいが早めに帰ることにした。以前、イルミネーションデートをした時は夜遅くになってしまい、帰宅した時に紗蘭が両親に怒られたらしい。
彼氏として同じ過ちを繰り返すわけにはいかない、という訳だ。
2人並んでゆっくりと駅までの道のりを歩く。
まだこの時間が続いて欲しい。そんな気持ちの現れなのか、お互いに歩幅は小さかった。
「次、奏汰くんに逢えるのは新学期だね」
「あぁ」
「早く逢いたいなぁ」
この前、初詣も一緒にどうかと誘ったら、彼女は家族と祖父母の家へ帰省するらしい。だから、クリスマスが今年最後に紗蘭と逢う日だった。
「電話もメッセージもあるだろ? 毎日連絡するよ」
言えば、「ふふふっ、嬉しい」と紗蘭が幸せそうに笑う。
嗚呼、彼女のこんな顔が見られるのは彼氏である俺だけの特権だよなー。幸せ者だな、俺。
浮かれた気分でいると、目の前の信号が丁度青になった。まだ、もう少し赤のままでも良かったのにな。と、残念な気持ちで歩き続けると、視界の隅に猛スピードで突っ込んでくるトラックが目に入った。
「っ! 紗蘭!!」
トラックの存在に気付いていない彼女の手を慌てて引く。「えっ?」と不思議そうな声で振り返る紗蘭。
俺は紗蘭を庇うようにトラックから逃れると二人仲良く地面に倒れ込んだ。
「きゃっ!!」と彼女の小さな悲鳴が聞こえる。
キキーッ!! と、ブレーキ音をさせた後、トラックはまた猛スピードで走り去っていった。
「紗蘭!! 大丈夫か!?」
ガバっと起き上がった俺は彼女に問いかける。
「え…………?」
放心状態なのか、目を泳がせながら紗蘭が俺を見る。
「……奏汰くん?」
「あぁ、俺だよ。どこか痛いところは!? 怪我してない!?」
焦りから俺は早口で問いかける。ゆっくりと身体を起こした紗蘭が、自分の身体を確認する。
「……寒い」
漸く紡がれた言葉に「それは冬だからだろ。じゃなくて、怪我は?」と再び問いかける。
「たぶん、してない……」
「立てるか?」
手を貸して彼女を立ち上がらせると、キョロキョロと辺りを見回す紗蘭。
「私、何でここに?」
どうやら、危ない目にあったことで一時的に混乱しているようだ。
「さっきまで、俺たちクリスマスデートしてただろ。その帰りだ。紗蘭、大丈夫か? 少し休もう」
彼女が心配になった俺は、紗蘭の手を引いて歩き出す。が、その手が直ぐに振りほどかれる。初めてのことに驚いて俺は彼女を見た。
「紗蘭?」
「ご、ごめん。もう大丈夫だから! 私、先に帰るね!!」
「え? 何言って……」
聞き返した俺の言葉を全て聞く前に、彼女は点滅し始めた青信号を駆けて渡りきった。
あっと言う間のことで、咄嗟に反応出来なかった俺は赤信号に阻まれて追いかけることすら出来なかった。
「紗蘭? 紗蘭! 紗蘭っ!!」
名前を叫んでも紗蘭が振り返ってくれることはなかった。
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