雨宮さんが急に冷たくなった
第8話 別れ話
クリスマスデートの後、紗蘭に何度も電話したけれど繋がらなかった。仕方なくメッセージを送ると、次の日になって漸く“何でもないから気にしないで”とだけ返事が来た。それ以降は幾ら電話してもメッセージを送っても折り返しの電話や返信はおろか、既読すら付かない。
どういう事だ? と考える。
デート中は紗蘭も楽しんでくれていたし、これと言って問題はなかったように思える。何しろ、帰りに“毎日連絡する”と伝えたら嬉しそうに笑っていたぐらいだ。
紗蘭の様子がおかしくなったとしたら、トラックに轢かれそうになったあの時だろう。紗蘭を庇って、それから彼女を起こそうとしたら紗蘭は放心状態になっていた。パニックで頭が真っ白になって、今まで何をしていたのか覚えていなかったのか、よく分からないことまで言ってたからな。
兎に角、連絡が付かないんじゃ埒があかねぇ。三学期が始まったら学校で紗蘭に会えるわけだし、その時に聞くしかねぇな。
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、俺は残りの冬休みを過ごした。
▽▽▽▽▽
冬休みが明けて学校が始まった。
朝、いつもの時間に学校へ来たけれど、まだ教室に紗蘭の姿はない。俺は朝の
まさかとは思うが、俺避けられてる……?
いやいやいや! 一応、紗蘭の彼氏だし!?
そんな事は無い筈だ!!
そうは思うけれど、冬休み中は紗蘭に電話してもメッセージを送ってもずっと無視され続けた。それが俺の不安を掻き立てる。
まさか、……な?
不安な気持ちを抱えながら、俺はとりあえず席に座って彼女が来るのを待つ。だがHRの5分前になっても紗蘭はまだ来ない。そうやって待ち続けて、紗蘭が教室に姿を表したのはチャイムが鳴る寸前だった。
「紗蘭、おはよう」
内心不安で一杯だった俺はいつも通り平然を装って彼女に挨拶をする。一瞬、紗蘭と目が合った。だが、それは悲しくもすぐに逸らされる。
え!?
「紗蘭、あのさ──」
俺が言葉を発しかけた時、無常にも朝のHRの始まりを告げるチャイムが鳴り響く。
「はーい、席について」と担任の声がする。
まるで俺の存在に気付いていないかのように、紗蘭は前を向いて荷物を整理している。
紗蘭からこんな風に無視されるのは初めてだった。仕方がない。次の10分休憩で話をしようと決めて、俺も前を向く。だが、担任の話なんて耳に入るわけもなく、俺の頭の中は紗蘭のことで一杯だった。
暫くして朝のHRが終わった。その瞬間を狙って、俺はもう一度紗蘭に話しかける。
「紗蘭、話があるんだけど」
そこで漸く彼女の顔が俺の方を向く。
「……そうよね。私たち話すべきよね。私も奏汰くんに話したいことがあるの」
どこか暗く、落ち着いた声の紗蘭。彼女の表情もいつものような柔らかさはなく、どちらかというと無に近い。
何故だろう。彼女の声のトーンも身に纏う雰囲気も、全てがクリスマスの日とはまるで別人のように思える。
「冬休みの間、どうして連絡してくれなかったんだ? 電話もしたし、メッセージも送ったけど、ずっと既読付かないから心配したんだぞ?」
「ごめんね。少し考えてたの」
「考えてた?」
「そう、私と奏汰くんのことを考えてた。それで、結論が出たの」
淡々と言うと、彼女が冷えた視線を俺に向けた。
「私たち、別れましょう」
「は?」
紗蘭に言われた言葉の意味を俺は直ぐに理解できなかった。頭の中で何度か繰り返し再生して、漸く思考が巡り始める。
別れる? いや、どういうことだよ??
俺たちまだ付き合い始めて一月も経たねぇのに!?
「何で?」
聞きたいこと、言いたいことは沢山ある。それなのに俺の口から出てきたのはシンプルな一言だった。
「考えた結果なの。私たち、このまま付き合い続けても幸せになれない。お互いに不幸になるだけ」
不幸になる? いや、付き合いたてなんだし、寧ろ幸せしかねぇだろ?
「勝手に決めるなよ。紗蘭、ちゃんと話そう」
「奏汰くんにはさ、きっともっと他に素敵な人がいるよ。ほら、奏汰くんの幼なじみの横山さんとか。……うん。きっとその方がいいよ。二人はとてもお似合いだと思う」
「は? 何で綾奈が出てくるんだよ? 今は俺たちの話をしてるんだろ?」
「そうだよ」
ずっと一定の表情を保ったまま話す紗蘭。今の紗蘭の顔には俺が好きな彼女の笑顔なんて一つもなくて、機械みたいに無表情のままだった。
「紗蘭、何かあったのか? もしそうなら俺にも分かるように教えてくれ。頼むよ、紗蘭」
言えば「奏汰くん」と俺を呼んだ彼女が、こう告げた。
「私のこともう呼び捨てにしないで」
「え?」
混乱している俺をよそに紗蘭は淡々と続ける。
「これからは私も“奏汰くん”じゃなくて“荒木くん”って呼ぶから」
「まっ、待てよ! 俺は別れるなんて一言も……!!」
つい感情的になってしまい、声が大きくなった。
ハッとした時には遅くて、クラスメイトの視線が俺たちに突き刺さる。
「そう言うことだから。……悪いけど、耐えられないの。もうあんな思いしたくない」
紗蘭がきゅっと自身の両腕を抱え込む。その時、俺は初めて彼女の手が震えていることに気が付いた。
紗蘭は過去に何かあったのか?
彼女が昔、苛められていた様には思えないが、転校してくる前の彼女を俺は知らない。今、これ以上話しても埒が明かないし、クラスメイトたちの視線もある。
「分かった。放課後にまた話そう」
一時限目の開始を告げるチャイムが鳴った。
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