第3話 紗蘭のこと

 それからも、俺と紗蘭の仲は深まっていった。

 授業の合間の10分間がくる度に話すのは勿論。いつの間にか、放課後は俺が彼女を駅まで送ることが当たり前になった。この頃には俺の彼女へ対する気持ちは確かなモノになっていた。そして、寒さが増してきたある日のこと。遂にその時がやって来た。


「奏汰くん、今度の休みって予定ある?」

「いや、特にないけど」

「じゃあ、ちょっと付き合ってほしいんだけど」


 あの日以来、放課後ですら俺は彼女と出かけていない。だから、紗蘭から誘ってくれたのは初めてだった。その事実に嬉しさがこみ上げる。


「いいよ。どこ行く?」


 尋ねると「これ」と言いながら紗蘭が一枚のちらしをみせてきた。どうやら、学校の最寄り駅から二駅先で行われるイルミネーションイベントのようだ。


「へぇ、イルミネーションか……」


 雰囲気も申し分ない。

 友だちと呼ぶには少し近くて甘い俺たちのこの距離感もそろそろ終わらせて、次の段階に進んでも良いんじゃね?

 そう考えるとドキドキしてきた。


「こういうの一度行ってみたかったの。でも、一人じゃ心細くて」


 恥ずかしそうに告げる紗蘭。


 あーっ! ホントに彼女はなんて可愛いんだ!!


「うん。行こう。俺もイルミネーション興味ある」

「本当に? ありがとう!」


 嬉しそうな彼女の姿に単純な俺もこの日が待ち遠しくなった。



 ▽▽▽▽▽



 その日の夕方。家の前まで来ると、玄関の前に綾奈が立っているのが見えた。


「綾奈?」と声を掛ければ、俺に気付いた彼女が「奏汰っ!」と嬉しそうに駆け寄って飛び付いてきた。


「おわっ!? ちょ! 急に抱きつくなよ!! 危ねーだろ?」

「だって! ……学校じゃあ全然奏汰と話せないんだもん」


 むぅと唇を突き出して不貞腐れる幼なじみ。


「別に話したきゃ俺のクラスに来ればいいじゃねぇか」

「仲のいい友だちの一人でもいなきゃ。よそのクラスに気軽には入れないよ」

「……そうか? 別に俺たち幼なじみだし、誰も気にしねぇと思うけど?」

「中学が違う子はそうじゃないでしょ?」

「まぁ、知らねー奴もいるだろうな」

「奏汰、最近雨宮さんと仲良いんだって?」


 綾奈の問い掛けに「あぁ」と頷くと、彼女の声のトーンが少し低くなる。


「あんまり雨宮さんに近付かないほうがいいよ」

「何でだよ?」

「いい噂聞かないから」

「噂?」


 紗蘭の噂なんて男どもが“可愛い”とか言ってるような、そういう程度のものばかりだと思うけど、他に何かあったか?


 考えるけれど思い当たることがない。


「男子に色目使ってるとか、男を取っ替え引っ替えしてるとか」

「はぁ?」


 何だそれ。初耳だぞ?


「奏汰、気付いてないの? 雨宮さん、女子の友だち居ないでしょ?」


 確かに女子と一緒にいるところを見たことはない。


「でも、それは休み時間の度に俺と話してるからだろ」


 ん? 待てよ? それって、俺が彼女の友だち作りの邪魔してるのか?


 途中から転校してくると、既に出来上がった教室の友だちグループの中に入っていくのは中々難しい。そこに、俺が彼女を10分間の休憩の度に独占していたら、できる筈だった友だちも出来ないかもしれない。


「奏汰は雨宮さんに遊ばれてるんだよ」

「はぁ? 何だそれ」

「だってそうでしょ? 今雨宮さんが目をつけてるのは奏汰なんだよ」

「紗蘭はそんな子じゃない」

「それは奏汰の前で猫被ってるからだよ」

「お前、紗蘭の何を知ってんだよ?」


 キッと鋭い目つきで綾奈を見る。幾ら幼なじみの綾奈でも、紗蘭のこと悪く言うのは許せない。


「何って……奏汰こそ雨宮さんの何を知ってるの? 彼女のこと全部知ってる?」


 確かに俺も彼女の全てを知っている訳じゃない。まだ知らない事の方が多い。

 それでも……


「紗蘭のことならお前よりは知ってるよ」


 落ち着いた声で言えば、何故か綾奈が悔しそうに表情を歪めた。


「どうして? 奏汰は雨宮さんのこと好きなの?」

「は? それとこれは関係ねーだろ!」

「関係あるよ! っ、もう知らない!! どうせ奏汰は飽きられたら雨宮さんに捨てられるんだから!!」


 そう叫ぶとダッと走り出した綾奈。


「おい! 綾奈!!」


 叫んでも振り返ることはなく、斜め向かいにある彼女の家に駆け込んで行った。

 残された俺は一人、「意味わかんねぇ……」と呟く。


 何だったんだよ? 何だよ綾奈のヤツ。


 少しイライラした気持ちを抱えて、俺も自分の家に入った。

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