第6話 いつもと違う葉桜さん

あの後から仕事中何となく気まづい空気が私たちの間に流れていた。

私から話しかけようとしても、あからさまに避けられてしまうし、どこか沈んだ表情をしている葉桜さん。


原因は絶対と言っていいほどに、私にあることは分かっているが、その肝心な原因が分からず、うんと頭を悩ませる。


ここ数日間の私の行動を思い返してみても、葉桜さんを怒らせてしまうようなことをした覚えはなく、ますます理由が謎を深めていく。


もしかしたら、自分が無意識のうちに葉桜さんの嫌がるようなことしてしまったのだろうか。

今日バイトに来た時はまだいつも通りの葉桜さんだったのに。いつやらかしてしまったのだろう。


いろいろと考えていたらあっとゆう間にバイトの終了時間になってしまった。


考えても埒が明かない、もう直接聞くしかないのか。


「葉桜さん、今日一緒に帰れませんか?」


今日たまたま上がりが被っていた葉桜さんに、声をかける。未だに浮かない顔をした葉桜さんは、少しの沈黙の後「いいよ」と、返してくれた。

しかしその顔に笑顔はなく、胸がチクリといたんだ。


こんな顔をさせてしまっているのは自分なんだと、自分に腹が立つ。一刻も早く理由を知って謝りたい。


「じゃあ、先に外で待ってますね」


できる限り明るくそう言って店を出る。


数分経ってから出てきた葉桜さんは私に「お待たせ」と言い、横に並ぶ。


私たちは一緒に歩き出したが、いつもなら繋いでくれる手を今日は繋いでくれない。


私が話題を振っても、「そんなんだ」、「へぇ」と相槌を打つだけで、話を広げようとしてくれない。


それに段々と、私自身も心が沈んでしまう。

好きな人にこんなあしらわれ方をするのはさすがに心にきてしまう。


そうして会話すらまともに出来ないまま、分かれ道まで来てしまった。


いつもなら私が葉桜さんに、家に行きたいとせがむのだが、今日はお互いにそんな状態でもない。


「じゃあ、また次のバイトで」


ついつい、暗くなってしまった声。

いつもより淡白な挨拶をして別れようとする。


「っ、待って......」


キュッと手首を掴まれて静止させられる。

小さな力でもピタッと足が止まる。


「今日、家きてくれないの?」


よく分からない。

なぜ引き止めるのだろう。

私に怒ってるんじゃないの?


「今日は、遠慮します。何か私、葉桜さんのこと怒らせちゃったみたいですし」


無理した笑顔を貼り付けて葉桜さんにそう言った。


葉桜さんは、くっと口元に力を入れて何か言いたげだったがその言葉が発せられることは無かった。

やっぱり何も教えてくれない。


「ごめんなさい、失礼しますね」


しんどい心を押えて今度こそ別れようと、葉桜さんから目をそらす。


「やだっ」


その言葉と一緒に、掴まれていた手にさらに力が加わる。少し痛いくらいに。


「今日は、一緒にいたい。だめ、かな........」


すごく自信なさげに言う葉桜さん。

理解ができなかった、なぜ自分が怒っている人間を引き止めるのか、なぜ一緒にいたがるのか。


ほんとに一緒にいてもいいのか。


そう考えるけど、目をうるませる葉桜さんを見て、「いやだ」と言うことなんて出来なくて、了承する。


葉桜さんの家に向かうまでの道では会話なんて存在しなくて、ただ葉桜さんに手を引かれているだけだった。


マンションにつき、エントランスを足早に通り抜ける葉桜さん。それに私は黙って付いていく。


部屋の前まで来て、葉桜さんはガチャガチャと、雑に鍵を開けた。その行動はいつもの葉桜さんの行動からはかけ離れているものだった。


何か焦っているようなそんな感じ。


それでも、家に入って「お邪魔します」と言えば「いらっしゃい」と返してくれる。そこはいつもと変わらなくて安心する。


靴を脱いで、部屋まで続く廊下を歩く。


ドンッ


強い衝撃が私を襲った。

その衝撃にバランスを崩し仰向けに倒れてしまう。


いたたっ、と衝撃が来た方を見ると、当然というか葉桜さんが立っていた。表情はよく見えない。


すると、葉桜さんは覆い被さるように、私に密着する。状況がなかなか呑み込めないでいる。


「ど、どうしたんですか?はざらさっ、んんっ!」


「っん」


葉桜さんが私の口を奪う。


「んんっ!!じゅ、んぐっはぁっ!」


「すきっ、朔月ちゃっんっじゅる、すきっ!」


しかも初めから遠慮なんてない激しいキス。

愛の言葉まで囁かれてしまう。

目がぐるぐる回る。いつもの葉桜さんとのギャップが凄い。ドッドッと心臓が高鳴り、緊張を知らせた。


体感長く感じたキスが終わり、葉桜さんが口を離す。


空気が唇に触れ、スーっといつもより強く感じられる感覚が、キスの激しさを物語っていた。


目の前には、私を見下ろす葉桜さんの姿。

私はその姿に衝撃を受ける。


目元に今にもこぼれおちてしまいそうなほど涙を貯め、眉を顰める姿がとても苦しそうに見えたから。


何故こんなにも苦しむのか、頭の強くない私にはまだ理解ができない。

分かってあげられないのが情けない。


「は、葉桜さん?だいじょ、「好きなの」え?」


「朔月ちゃんがすきなの」


「すき、大好き、苦しくなるくらい好き......」


「だれにも、渡したくない......」


そう、言葉を連ねる葉桜さんの声は震えていた。


「ごめん、ごめんね。」


謝る葉桜さんは、私の胸元に顔をうずめて、両手で私の服を強く掴んでいる。


謝られるようなことなんて何もされてないのに、どうして謝るの?


「葉桜さん、謝らないで?」


「むしろ謝りたいのは私の方です」


「葉桜さんを悲しくさせるようなことしちゃってたんですよね?」


静かに私の声を聞く葉桜さん。

声は出ていなくても、葉桜さんが泣いていることが分かる。小さなしゃくりが密かに聞こえてくるから。


そんな葉桜さんの頭をゆっくり、子供にするみたいに優しく撫でる。


「でも、私。頭良くないから、ちゃんと言ってくれないと葉桜さんの辛さを、分かってあげられないんです」


「だから何が辛かったか教えてくれませんか?」


そう問いかけると、私にうずめていた顔が、ゆっくりと上がり、綺麗な顔がしっかりと見える。

しかしその顔は、涙によって濡れてしまっていた。

だからその涙を優しく拭ってあげる。


「なんで、朔月ちゃんはそんなに優しいの?」


「え?」


「私こんなにめんどくさいのに.......」


「っ、そんなことないです。めんどくさいなんて思ったことない、それに例え面倒くさかったとしても、嫌いになんてなりません。」


「っ、だって私!.....朔月ちゃんが後輩の子の頭撫でてるの見ただけで、嫉妬して、朔月ちゃんに辛く当たっちゃうような人間なんだよ?」


「こんな面倒な人嫌われて当然なのに........」


そう言うことだったのか。

やっと、分かった理由。


意外だったその理由に、愛しさが溢れてくる。


こんなにも可愛い人を誰が嫌いになるのだろう。

こんなにも嫉妬して、自己嫌悪してしまう彼女が最高に、愛しくてたまらない。


「なんですかそれ」


「っ.....ご、ごめ「可愛すぎますよ」っ!ぇ?」


「葉桜さん」


「は、はい...っ!んんっング、ふ、あっんじゅっ」


葉桜さんの頬を両手で引き寄せ、今度は私から唇を奪う。優しさなんて捨てて、自分のしたいように、この人は私のだと、主張するように激しくキスを贈る。


されるがままに、受け入れる葉桜さんは少し苦しげに喘ぐ。でも、その表情は段々と満たされたものに変わっていった。


息が限界になるまでキスで、私なりの愛を伝える。


いつもより長いキスを終えると、顔を離し葉桜さんと目をしっかり合わせて向き合う。


「好きです。私も葉桜さんのことが大好き。誰にも渡したくないし、誰にも触れさせたくない」


「っあぁ、」


「私も葉桜さんと同じ気持ちです。何なら葉桜さんが思う以上に、私は葉桜さんが大好きです」


「だからそんなに、不安にならないでください」


「私も葉桜さんが、不安にならないようにこれからもっと好きをたっくさん。伝えるので」


そう、心からの本音を吐き出した。


私の言葉を聞くと、せっかく引いた涙がまた、溢れ出す。


「っうん、私も大好き。愛してる」


掠れた声で囁く葉桜さんを、両腕でしっかりと抱きしめる。

大好きな葉桜さんの、体温をこの体でしっかりと感じて、じわじわ心が暖かくなる。


この人を一生守ろう。私はそう決意した。


___________________

_________


しばらくして、葉桜さんも落ち着きを取り戻し、2人でベッドに寝転がっていた。


「すみませんでした。私、気が回らなくて。これからはちゃんと他の人との距離感考えて接しますね」


「ううん、大丈夫だよ。いつも通りに接して」


私の決意に意外な言葉が返ってくる。


「え、でも葉桜さん不安になっちゃいませんか?」


「大丈夫。今日ちゃんと私が一番だって、朔月ちゃんが教えてくれたから。もう不安じゃないよ」


そう少し腫れた目をした葉桜さんは微笑んで、私に抱き着いてくる。

スリスリと、子供のように甘えてくれる葉桜さんはとても安らかな表情をしていた。


「でも、嫉妬はしちゃうかも」


えへへ、と笑う葉桜さんのおでこに優しくキスを贈った。
















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