第5話 かわいい後輩

葉桜さんと付き合うことが出来てから、2週間が経ち、いつものように雑貨屋でバイトをしている今日この頃。


あの一件からも葉桜さん宅が意外にとうちの近くにあるということもあり、何度かお家にお邪魔させてもらっていた。

お菓子を一緒に食べたり、イチャイチャしたりと前の私では考えられないくらい幸せな生活を送っている。


でも困ることも少なからず増えてしまっていた。


それは、全く仕事に集中出来ないということっ!


私にとってこれはあまりにも重大すぎる出来事だった。


可愛すぎる葉桜さんの一挙手一投足を見逃さないために、無意識にずっと目で追ってしまうし、シフトが被らない日も葉桜さんのことを考えてしまってミスが増えてしまう。


付き合う前までは、ある程度自分にブレーキをかけることが出来ていたが、今現在の私にブレーキをかける理由がなくなってしまったためか、どうも自制ができなくなってしまっているようで困る。


この間だって店長にミスで怒られてしまったばかり。


ミスの原因である、当の葉桜さんは何事も無いかのように、いつも通りテキパキと仕事をこなしていた。つまるところ、こんなことになってしまっているのは私だけということ。


流石の大人の余裕というものなのか、プライベートと仕事を分けることが出来る葉桜さんを心から尊敬する。


まだまだ、おしりの青い子供な私ではプライベートと仕事をごっちゃにして、分けることが出来ない。

本当にどうしたものか。

ため息がついつい出てしまう。


「朔月せんぱーい?どうしたんです?ため息なんてついて」


「あっ、ゆあちゃん。お疲れ様」


休憩時間に事務所へ顔を出したのは、同じ高校の二個下の後輩であり、中学の頃一緒の部活でもあった 【 峰島 ゆあ 】ちゃん。

ゆあちゃんは高校に入ってからも中学と同じ部活を続けているが、私は帰宅部で誰よりも早く下校している自信がある。


ゆあちゃんはショートカットが似合う小柄な女の子で、目元もぱっちりと大きなおめめが印象的だ。

男子からの人気も高く、天性の妹キャラが多くの人の心を掴んでいるらしい。


ここのバイトは私が紹介して最近入ってもらったのだ。部活の関係もあり、週に2日から3日程度であまり多くは無いが、一生懸命働いてくれている。


「お疲れ様でーす。それで、どうしたんです?」


「え?なにが?」


「いや、せんぱいさっきため息ついてたじゃないですか。それがらしくないなーって思って」


どうやらさっきのため息は聞かれていたらしい。

座っている私の顔を見上げるようにしてしゃがみ込むゆあちゃん。

ほんと昔から可愛いとは思ってたけど上目遣いはヤバいわ。なんかこう、甘やかしたくなっちゃう感じ。天性の妹キャラってこうゆうことなのか。


「えー?心配してくれるのー?」


「ちょ、せんぱい!髪くずれちゃうー!」


かわいい後輩が心配してくれているという嬉しさから、目の前にあった小さな頭をよしよしと全力で撫で回す。すると少し怒ったように勢いよく立ち上がり、抗議の声を上げてくる。かわいい。ついつい微笑んでしまう。


「あー、逃げちゃった」


「もー!逃げちゃったじゃないですよ!

せっかく可愛くしたのに台無しじゃないですか!」


そう言って両手で頭を必死に直すゆあちゃん。

崩れてたってかわいいと思うけどな。


「いやいや、どんなでもゆあちゃんは可愛いよ?」


「そうじゃなくて!ほんと人たらしなんですから」


「はー?そんなことないもん」


はぁ、と呆れたようなため息をつかれる。

そんなに?私ってたらしだったの?

いやいや、まさか。私そんなに、誰でもかんでも褒めたりなんかしない。はず。

ちゃんと否定したけどほんとにそうか分からなくなってきた。


「で、本当はなんかあるんでしょ?茶化さないでくださいよ」


うーんと、唸る私にゆあちゃんはメリハリのある声で聞いてくれる。

隠すことじゃないし話してもいいよね。


「あー、まぁそうね、いやほんと大した事じゃないんだけどさ、最近仕事に集中できなくて」


「あぁ、確かに最近ボーとしてたり、少しミスが目立つ時ありますもんね」


やっぱり、客観的に見ても私ってそう見えてるんだ。これはやはり重大だ。

このままではクビも有り得なくは無いかもしれない。所詮バイトの首など簡単に飛んでしまうだろう。それは困る。いろいろと。葉桜さんとも会える機会減っちゃうし。


「うぇーん、どうしようゆあちゃーん」


「ちょ、くるしい......」


泣き真似をして、いつもの距離感でギューッとゆあちゃんに抱きつく。

細いゆあちゃんにはこの力でも結構締まっているらしく、腕をポンポン叩かれてギブと音が上がる。

仕方なく力を緩める、が離れはしない。

このサイズ感がなんとも言えない心地良さがあるんだよね。ぬいぐるみ的な。


「はぁ、せんぱい力強くないですか?」


「普通だよ、私よりゆあちゃんが細すぎるの」


「えぇ.....?わたしですか?」


「そう」


すごく不満そうに言うゆあちゃんに私は元気よく返事をする。だって実際そうだし。


「これでも、もう少しお肉つけれるように頑張ってるんですよ?」


「ん?それは嫌味か?」


ギリリとまた腕に力が入ってしまう。

なにが頑張ってるだ、こっちだってこれ以上体重増えないように頑張ってるっての!


まぁでも、確かにゆあちゃんの体は無駄なお肉がない、というか付かないのか。全体的にスレンダーな体型をしている。


悩みは人それぞれだし、あんまり体型について言うのも良くないよね。反省。


何となく申し訳なく思い、パッと手を離してゆあちゃんを解放する。


「せんぱいだって細いくせに」


開放されたゆあちゃんは頬をふくらませてボソッと呟く。

いやいや、と反論したい気持ちもあるが、これ以上機嫌を損ねてしまったらワンチャン嫌われるかもしれないので、聞こえなかった振りをする。


「そのミスの原因とか分かってないんですか?集中できない理由とか」


「いや、分かってる。分かってても無意識に考えちゃうって言うか.....」


「重症じゃないですか.....」


ほんとその通り。自分でもわかっている。

人お好きになるとここまで自分が狂ってしまうとは知らなかった。


「理由って聞いてよかったりします?嫌なら話さなくて大丈夫ですけど」


「うーん」


多分それなりに長い付き合いである私が、こんなことになっているのが珍しいのだろう。そのため心配してくれているのだろうが、これって言ってもいいのかな?


一応、世間的にはまだまだ少数派である同性カップルというものに偏見を持つ人は少なからずいるだろう。という理由から、付き合った時に私たちの関係をあまり人には言わないようにしようと、葉桜さんと決めていた。


絶妙なラインなんだよなぁ、もちろんゆあちゃんが偏見を持っていると思っている訳では無い。

ただ、葉桜さんとの決まりは守った方がいいだろうとは思う。

なんとかいい感じに伏せて言えば大丈夫なのかな?


「言えない感じです?」


何も言葉を返さない私に、心配そうにゆあちゃんが問いかけてくる。


「いや、そうゆう訳じゃなくてね」


「まさか、悪い大人と関わってるんじゃっ!?」


「んな訳ないでしょ!」


「あだっ」


あらぬ方向に話が飛ぶゆあちゃんにしっかりと否定して、軽くチョップをお見舞する。

そんな危ないことしないから!

私がそんなことするようにみえるのか?


「分かってますよ、冗談です」


頭を擦りながら、半笑い気味にそう言う。

冗談でも心臓に悪い。


「年上をからかうな!」


「せんぱいだって、ちゃんと教えてくれないじゃないですか」


「いや、まぁ確かに」


ジトーっと見つめて無言の圧をかけてくる。

うぅ、視線が痛い。


「わ、分かった!言うから」


「おおー、やっと」


ゆあちゃんは大袈裟にパチパチと軽く手を叩くと、近くにあった椅子に腰かけた。


「実は、恋人ができまして.....」


「おー、なるほど。って、えぇ!?!」


「うん、驚くのもわかる」


「いや、だってあの朔月せんぱいが。あの誰に告られても心を開かなかった朔月せんぱいがっ」


「酷い言い草だな!?」


そこまで言わなくてもいいじゃん、別に心開いてないわけではないし。

でも今まで、恋人の1人や2人できたことの無い私にとっては確かに大事件かもしれない。


「それが、ここで働いてる人でさ。ついつい目に付いちゃうんだよね。それで集中できないって言うか」


「えっ、しかもここの人なんですか?!さらに驚きなんですけど.......」


なんとも言えないような表情で何かを考えるゆあちゃん。


「このままじゃ、クビになっちゃうよぉ」


わざとらしく、甘えるように言ってみる。


「すいません、ちょっと待ってもらっていいですか?まだ整理ついてないんで」


軽くあしらわれてしまった。

なんとも冷たい。可愛い顔して冷酷だ。


こんな姿を見せるのはゆあちゃんくらいだと言うのに。


「まぁ、でもせんぱい普通に可愛いし、1人くらい恋人いてもおかしくないか」


急に嬉しいことを言ってくれる。

飴と鞭の使い方が雑すぎやしないかい?

それでもこの一言で簡単に喜んでしまう自分も大概だと思う。


「そうなんですね、恋人が」


「でもきっと今だけですよ。恋人が居るという状況に慣れたら自然とミスも無くなると思います」


そう真面目に答えてくれたゆあちゃんに感激してしまう。

なんだかんだ私の為にちゃんと考えてくれていたのだなと、ゆあちゃんの優しさに胸がジンとする。

いい後輩を持ったなと、心から思える。


「そうだよね!ありがとう。でもミスしないようにこれからちゃんと気をつけるね」


そう言って椅子から立ち上がり、ゆあちゃんの頭を優しく丁寧に撫でてあげる。

今度は嫌がらず素直に受け止めてくれて、心なしか気持ちよさそうにしている様にも見える。

「かわいいなぁ」と、しばらく愛でてから手を離した。

少し、物足りな気な表情をするゆあちゃんに、少しドキッとしてしまったことは、本人には内緒にしておく。


「そういえば、相手誰なんです?」


「えっ、いやそれは言えないかな......」


さすがにそこまでは言えない、葉桜さんとの約束もあるし。申し訳ないと思いつつも話をそらす。


「あ、もう休憩終わりだね。じゃあ私先出てるから」


「あっ、ちょ」


何か言いたそうなゆあちゃんをむしし、そう言って事務所を出る。

するとそこには葉桜さんが丁度居て、休憩にはいるところだった。


葉桜さんの姿を見たら、自分でも笑えてしまうくらい、嬉しくなって話しかける。


「葉桜さん!お疲れ様です。私、レジ行ってきますね!」


「........」


ん?あ、あれ?

無視された?聞こえなかったのかな?いやでも、結構ハッキリ言ったつもりなんだけど.......。

いつもの葉桜さんだったら明るく、「がんばってね」って言ってくれるのに、私知らぬ間になんかしちゃった?もしかして嫌われたんじゃ。


思考が嫌な方にどんどんと、引っ張られてしまう。

ボーッと突っ立って動けないでいる私の横を葉桜さんが通り抜けていく。


あ、これは間違いなく絶対なにかやらかしてる.......






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