第10話「狂戦士ラダゴス」

鋼のリングを無数に編み込んで作られた、鎖帷子(かたびら)とも呼ばれる全身鎧チェインアーマー…

腕には…手の甲を保護する楕円状の金属が縫い付けられたレザーグローブ…

履いているブーツにも似たような施しがなされる…

そして、打撃、斬撃、刺突とあらゆる攻撃をそのなだらかな造形にて頭部を守るアイアンへルム…

これらの防具を身にまとった盗賊の首魁、ラダゴス…

その手には、長い事使われた事を想像させる傷が有りながら、刃が手入れされている大振りの両手戦斧を握る…


出で立ちはまるで…

物語にて語られる、残虐な戦いにて戦場に血の雨を降らせる…狂戦士…


「どれ…今回マヌケにもズタズタにぶち殺されるツラってのはどんな塩梅だ?」


そう言ったラダゴスが、わざとらしく遠方を覗き込むような姿勢でこちらの現存戦力を見てくる。


「ふぅむ…損耗具合から察するに、三下共の多くは目つきのわりぃソードシスター二人に転がされたか…

膝脇の剣を主軸にして…

両方とも外套の下、腰元に投擲用の短剣ぶら下げてるな…

残弾は一から二本…

そのうち片方は…

へ、ライトクロスボウか…

それもかなり小ぶりの物を隠してやがる…!」

「「!!」」

「イザベラ…こいつ」

「あぁ…全部お見通しだ…!」


立ち振る舞いだけで装備品を言い当てた…!?

あまりの目利きの鋭さに思わず目を見開く…


「それからそっちの新兵6人…

お前らも何人か仕留めてる…

が、単独じゃねぇ…

全員で一斉にってとこか?」


「俺達の戦法まで!」

「どこかから見られていたのか!」


実際の現場を知らないはずの奴が…そんな所まで見抜いてくる…!


なんて観察眼だ…

こちらの状況を正確なまでに見抜いてくる…!


この男はただの盗賊の頭領じゃない…

実戦を知っている…!


絶望が更に増した…


「残るは真ん中にいる皮鎧の2人…

ふむ、新調された装備…

だがあんま良いもんじゃねぇな…

新兵共みたく軍で誂えたもんじゃねぇ…

そいつァ金のねぇ奴が端金で揃えたって身なりだ…

なるほど、お前らが今回の頭目か…?」


そして私たちのことまで…ラダゴスという男は見事に言い当ててきた…

なにももっていない手を腰に当てながら…肩透かしでも食らったような顔で口を開く。


「まぁ、こちらとしても手下共を散々とられたからには生かして返すつもりはねぇ…

だが、こうして来た理由くらいは聞いてやるぜ?

何しに来たんだ?」


その言葉を聞いた兄者が1歩前に進み、息を飲みながら引き抜いた剣先をラダゴスに向ける。


「我こそは帝国騎士アレシスが長子…

ファルコ・ハイネル!!

貴様らによって命を奪われた両親の仇、そして!

攫われた妹アレアと弟ファソスを弟レオスと共に救いに来た!」


絶望的な状況にもかかわらず、見事な名乗りをあげる…

立派な兄者の姿を後ろで、しかとこの目に焼き付けた。


しかしそれに反して、周りの盗賊達は…

まるで滑稽なものを見るように卑しく兄者を嘲笑した…


「っ!何がおかしい!」


その嘲笑は、ラダゴスも同じ…

下を向いて笑っていた…


「おいおい勘弁しろよ騎士の息子ぉ…

ココはごろつき共の掃き溜めだぜ?

ご大層な口上なんざ並べられた所で誰もはいそうですかなんて言うわけねぇだろう?


だが名乗られたからにゃ…

こっちも名乗り返さねぇと行けねぇよなぁ」


ラダゴスが咳払いを1回そのまま片手を空高く上げて言い放つ。


「ヨォォヨォォ〜!

遠からん者はぁ〜音に聞けぃ〜!

近くばよって〜目にも見よォ〜!

我輩こそは〜盗賊の親玉〜!

巨人大魔王〜ラタゴスである〜!

ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!

どうだこれでいいのかぁ〜! 」


先程よりも笑い声が大きくなる…


「…ッ!!貴様ら…!」


怒りを滲ませた兄者が剣先を震わせる…

侮辱する笑いを抑えたあと…ラダゴスが続ける


「お前らの目的はとりあえずわかった。

だがなぁ、アレアとファソスっつったか?

俺の部下がどれだけガキをさらったと思ってる?名前なんざ一々覚えてるわけねぇだろ馬鹿がよぉ。

まぁ、一応聞いてやるぜ…

おい野郎共、こいつらの家族ぶち転がして妹と弟さらってきた覚えあるヤツいるか?」


それを聞いた周りの盗賊たちが、わざとらしく首をすくめたり、首を横に振る…

どこまでもこちらを侮辱する気だ…


それに対して、ラダゴスは顎を触りながら何か思い当たる様に呟く。


「あぁ、なるほどそういう事か…

へへへ…まぁ確かに、さらったガキの中にお前らの家族いるかもしれねぇな…

で、だとしたらどうする?」


「知れたこと!

貴様らを打ち倒し!

覚えのある者から聞き出すまで!

盗賊共!

命が惜しくば今のうちに名乗り出るがいい!!」


次の瞬間、その言葉を聞いたラダゴスから…重圧を伴う殺気が放たれる…その様子に、兄者の頬から一筋の汗が流れる…


「ほぉぉかっこいいねぇお兄様よぉ…

だが…状況わかってんのか?

こっちが何人いると思ってんだテメェ…

どう考えてもお前ら全員…

肉の叩きみたくなって終わりだ…

誇りだなんだ…

そんなもんで勝てたら誰も苦労なんざするかよ…

舐めたこと抜かしてっと殺すぞ…」


「…ッ!」


ラダゴスの言葉は紛れもない真実だ…

圧倒的に向こうの方が多い…


今もこうして構えていられるのもラダゴスが連中に指示してないからに過ぎない…


この後どうなるかなど…

誰が見たところで明白だ…

はなからこちらに勝機など無い…


しかし、ここでラダゴスから意外な言葉を聞く…

「まぁ…そんな中でもやるってんだ…

このまま全員で襲いかかるのも俺の寝覚めがわりぃ…」


不敵な笑みを浮かべ、こちらに人差し指を向けてくる。


「よぉしこうしよう…

オメェら兄弟のどっちか1人、俺と決闘しろ…

万が一にでも俺に勝てたんなら…

残りの奴と生かして返してやる」


「ッ!吐いた唾は飲み込ませんぞ…」


「いいぜ?野郎どもぉ!そういうこったぁ!

俺が万が一にでも負けたら残りのやつに手ぇだすんじゃねぇぞぉぉ!」


「「「おおぉう!」」」


「そう…万が一にでもな…へへ」


そんなラダゴスの目線に…

もう一度唾を飲み込む兄者…

こちらを一瞥した後、奴に向き合った。

その手には微かに震えが宿る…

きっと、自分が戦うつもりだ…


このまま兄者だけに全てを任せていいのか…

疑問が私のからだを支配する…

全て兄者に任せ…私だけ安全な所から見守るだけ…

そんな事で…妹達に…殺された父上と母上に顔向けできるのか…


………


無意識のうちに、私は前に進んでた…

「お、おいアンタ!」


イザベラの声が聞こえる…しかし、私はあえて無視をする…


「…っ!参…」

目の前で、剣を構える兄者の背中に触れる。


「兄者…私がやります」


「なっ!!!」

思わず兄者の口から声が出た…

「お前…自分が何を言ってるか…!」

「わかっています…

大丈夫、必ず勝ちます…

兄者にも言って貰えました。

『俺すら追い詰める』と…」


「…レオス…!!

ッ…」


兄者が少しの間、目を瞑り…

やがてゆっくり開く…

「震えは…?」


「……」

今は…無い…。


その後…兄者が頷く…

「わかった……

…頼む…勝ってくれ…!」


「はい…行ってきます…」


先に進み、丁度部隊と盗賊達の真ん中に来る…

目を瞑り…一息置いて剣を引き抜く。


「ファルコ・ハイネルが弟、レオス!!

ラダゴス!その心臓の奥底に刻みつけろ!!

貴様を打ち倒す男の名だ!」


次の瞬間、ラダゴスの眉間に筋が経つ。


「チッ…

兄弟揃って、大声でやれファルコだやれレオスだって…

そういうのほんっとにムカつくぜ……

…追い詰められたからって兄貴とチェンジするんじゃねぇぞ?」


「っ…!」


私の手にも、いくらか震えが生じた…

何故だ…先程までピクリとも動かなかったはず!


「ッ…くそ、一体…」


その様子を見たラダゴスが妙なものを見たように片眉を潜め、そして笑みを浮かべる…


「なんだ?今更ビビったのか?」


「…っ!」

その言葉に反応してしまった…

この震えの正体…それは敵を殺す事への恐怖じゃない。

目の前で対するラダゴスという巨漢に抱く恐怖だ…


震えている片腕を必死に抑える…

その様も、やつの目には滑稽に見えたのかまたしても笑い声をあげる。


「ハハハハハハ、おぉい…プルプル言ってんぞ、

勘弁しろよォ…


お兄ちゃまの代わりにちゃんと剣振れまちゅかねぇ〜?」


その顔は、明らかにこちらを侮辱しているものだ…

怯えの中に、微かな憤りを帯びる…


「だ…黙れ!!

今すぐそのふざけた話し方をやめろ!

さもなくばその舌から削ぎ落とすぞ!!!」


ぴゅ〜♪

私の叫びに、口笛を吹いて答える…どこまでも侮辱したいらしい…

ガシャりと肩に担いだ両手斧を鳴らし…不敵な笑みを浮かべた。


「俺の舌を削ぎ落とすかぁ…

かっこいいねぇ…」


その後、両手に斧を構え…数歩前進して止まる…


「お手並み拝見…

すぐくたばってくれんなよ…


行くぜ…」


次の瞬間、凄まじい速さで前進してくる…!

こちらが想定するよりも圧倒的に速い…


「オオォゥラァァァ!!!」


二、三歩手前で一気に振り上げ、そのまま上段からの勢いが着いた大振り…!


回避が間に合わない!


すかさず、盾をかざし、剣を握った拳を添えて両足に力を込める


【ズギャァァン!!!!】


「っグ!!!!!」


凄まじく重い一撃…!

足が地面にめり込むようだ…!


今の一撃で木の盾に亀裂が入る、安物だからでは無い…

ラダゴスの一撃がそれ程までに強烈だからだ!


「構えすぎだ!!

横っ腹がら空きだぜぇ!!!」


「っ!」

ドゴンッ!破壊力を伴う回し蹴り…!

「クハっ!!!!」


骨が軋む音が聞こえた…

蹴られた方向と逆方面によろける。

口から、血反吐が吹き出る…


「大したことねぇなぁぁ

名乗った割にはよぉぉ!!!」


二撃目、斧の先端をこちらに突き出してくる。

反応すべく、盾での防御に移る。


繰り出される斧の連撃。

重い上に速さが段違いだ。


躱すことも出来ず、後ろに交代しながら正面から受け続ける。


「くそっ!グッ!!」


「おぉいおぉいおぉぉい!!

さっきから防いでばっかかぁ!?

勘弁しろよ俺がいじめてるみたいじゃねぇかぁぁ!!!」


こうして対面して痛感させられる…

ラダゴスは強すぎる…!


数年越しに剣を振るうとはいえ、父上から剣の稽古を受けいた…なまってるだろうが少しくらいは戦えるはず…それが全くと言っていいほど歯が立たない。


加えて、木の盾が所々欠損し始め…

やがて中央から縦目掛けて亀裂が入った。


またしても縦の大振り…

あの重撃がまた来る!


まずい、後退しながらの体勢で重心が後ろに傾いてる。

このままではそのまま盾越しに叩きつけられるのは必須…!


一か八か…


盾を正面ではなくやや斜めに構え、ラダゴスの一撃を誘う…


「なんだこの野郎ぅ舐めてんのかぁぁ!!!」


剛腕から繰り出された縦振り…


それを狙っていた!


片足を後ろに引く…


そして…


今…!


ギャギィィィン!!


盾から伝わる衝撃、それを…構えた腕に力を込め、外側に弾き飛ばす!


「ぐぉ!!!」


これこそ、盾を用いた攻撃の受け流し…

「パリング」と呼ばれる防御方法。


真っ直ぐに振り下ろされる敵の斬撃に対し、盾や剣の傾斜を用いて軌道を反らせるれっきとした防御の一種だ…!


これも、在りし日の父上から受けた真剣の打ち合いの中で受け継いだもの…


加えて、斬撃を弾き飛ばされた者には一瞬の隙を産んだ…


その隙は、私の剣の突きが頂く!


奴の眉間めがけ…力を乗せた一突きで襲いかかる!


ーーーーーー!!!!

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