第7話「斬る」

妹弟たちを救う戦いは、2人のソードシスターによる奇襲戦法によって迅速に進んでいく。


行き倒れと見せかけたアネットが、懐に隠し持ったクロスボウによる不意打ち…

崖下にいる複数人に酒を浴びせ、その上から松明を投げ落とす火攻め…

切り落とした敵の生首を放り投げ、動揺した盗賊共を数人の新兵達と共に串刺し…


まさに正道とはかけ離れた邪道の刃…しかし、それ故に効率よく、歯車じかけの如く、敵を「処分」していく。



その後私と兄者、そしてイザベラの三人と

アネットと新兵の7人の二手に分かれて、山賊をもっと効率よく仕留めるという事になる…


兄者もその状況に加わり…

崖で用を足していた敵のひとりを後ろから剣で突き刺し、遥か下に蹴落とす。


叫び声を上げて落ちていった敵を見下ろしながら、その顔には苦痛を浮かべていた…


「ッ…まるで家畜の屠殺だ…

ただ作業のように…

こんなものが戦いと呼べるのか…!」

「そうさ、それこそが本質だよ…」


後ろから見ていたイザベラが腕を組みながら兄者を見ている。


「戦いなんてもんはどんだけ効率よく、楽をしながら敵を殺せるかどうかさ。

御大層な理由なんざかえって邪魔んなるだけ…

名誉だの…誇りだの…

そんなもんいくら並べても敵は死なないよ?」


「…っ…くそ…!」


氷のような、イザベラの表情を見た兄者が顔を歪ませながら目線を外した。

その後、ゆっくり彼女が兄者を見ながら私の方に近づく…


「ま、良かったじゃないか…

お高く停まった貴族野郎の中には、アンタよりも歳食って未だ戦いに甘い夢みる頭終わった馬鹿息子とかもいる位だ。

その事実に気づけただけでも見所あるよ雇い主様…

それに引替え…」


「グッ!!」


唐突にイザベラが私の胸倉を掴んで、近くの木の幹に激しく体を押し付ける。


その顔には、こちらを軽蔑するような視線を送り付けて…


「さっきから黙って見てるみたいだけど…

アンタここに何しに来たんだい?

兄貴みたく後ろから蹴落とすでもなければ

新兵みたく槍で突き刺すこともしない…

小綺麗な木の盾構えて突っ立ってて、誰かが殺すのをただ黙って見てるだけ…」


ギリギリと幹に体を押し付けられ、息が出来なくなる位置を彼女の片手が鷲掴みにしていた。


「…ッ!!…く…は…!!!」

「やめろ!弟に何をする!」

「あんたは黙ってな…」


兄者が威嚇しながら、手に持っていた剣をイザベラに向けるが、振り向いた彼女の恐ろしいまでの殺意が兄者の剣を鈍らせた。


そうしてまた私の方を冷酷な2つの目が睨みつけてくる。


「おかしいと思ったよ…

盾使った戦いが上手いとか、そんな眉唾話聞かされて、蓋を開けたらこれさね…


ねぇアンタ、頭悪いようだから教えてあげるけど…

あんたみたく、誰かがやるのを黙ってみてる奴は他の連中まで巻き込む…

敵以上に厄介な御荷物になるんだ…

アタシはそんなアンタが目障りで仕方ないんだ…!」


「がっ!!!」


一気に幹から引き剥がされ、地面に投げ飛ばされる…身体に伝わる衝撃、それと共に腕に固定していた木の盾、その固定具が外れて遠くに吹き飛び、口からは唾が吐き出された…。


倒れてる私を、駆けつけた兄者が抱え起こす…


「レオス!しっかりしろ!」

「……っ!ゲホっ…!」


イザベラが剣を引き抜き…

私の身体の横地面に刃を投げて突き刺す。見上げれば、そこには軽蔑したように私を見下ろす彼女が立っている…


「山に入ってすぐアタシになんて言った?

攫われた妹と弟を助ける?

剣もロクに持ってないそんなザマでかい?

ふん…

断言しとくよ、今のアンタには誰も救えないよ…

それどころか自分すら殺すかもね…」


直後、イザベラの目がこちらに気づいてない敵の1人を捉える。そうして笑みを浮かべながら指さす。


「名誉挽回のチャンスだよ…

アンタその剣で…

あそこにいる賊、後ろからぶっ刺して来な…

出来たら残りの敵全部アタシらが始末してやるよ…」


【ドクンッ…!】


またしても…私の身体を激しい脈動が駆け抜ける…


「はぁ…はぁ……はぁ…!!!」


脳裏によぎる記憶…

5年前手にかけた時の…私を睨みつけながら死に絶えたアセライ騎兵の顔…


憎悪にまみれたその視線が、私の全身に暗くのしかかる…!


息が乱れ…微かに喉の奥から込み上げる吐瀉物の不快な感覚…


私の手がこれまでに無いほど震えていた。


「うぅ…うぅぅぅ…!!!」

「何してるんだい…早くやりな…」


地面に突き刺さるイザベラの剣…


目の前にあるはずのそれが、はるか遠くに見えた…


横の兄者がイザベラ目掛けて手を伸ばす。


「やめろ!レオスの代わりに俺がやるそれで十分だろう!!」


「アンタじゃ駄目…

この甘ちゃんがやらなきゃ意味が無い…

それとも、アンタが一生かけてコイツの代わりに戦い続けるつもりかい?

無理だね…

今日明日は何とかなっても…

コイツ自身ができなきゃいつかアンタが代わりに死ぬよ…

それが今の時代さ…」


「……ッ!!!!」


兄者の歯が軋む音が聞こえた…


伸ばした手が震えている、イザベラの言った言葉が真実だと理解しているからだ…


「さっさとしな…敵に気づかれる…」


私がやるしかない…

さもなくばイザベラは納得しない…

突き刺された剣に手を伸ばす…近づける度、手の震えが全身にまで及ぶ…


「う…っ!ゲッフ…ッ!」


口元に吐瀉物が少し吹き出してしまった…

唇から舌を伝う不快な汚物の雫。


その様子に兄者も動揺するばかりで、どうすればいいかが分からなくなってしまっている。


そしてとうとう…イザベラが深くため息をついて剣を引き抜いてしまう。


「もういい、よくわかった…」

「っ!!!」


私達に背を向け、切っ先に着いた土をふるい落とす…


「そうして震えてればいい…

例え妹や弟がどっか行って…

横の兄貴が死んだとしても

アンタはずっと震えてるんだ…

プルプル、プルプルとね…

情けなくゲロまで吐き散らかして…

そうしてれば誰かがあんたを助けてくれるんだろ?

ふん…いっそなき叫べばいいさ…

お兄様助けてーって…

そうすればきっと大好きなお兄様が…

墓から這い出てあんたの事助けてくれるよ…


アンタはここで剣を取れなかった…

その選択一生後悔するよ…

アタシはもう知らないからね…」


そう言い残したイザベラが、目的の盗賊の方まで歩いていった…

その背中が…私というものの無力さを物語り、絶望の中で首を項垂らせてしまう。


口元に浮かべた、汚物の雫がさらに下へと伝って行く…


今の私が、状況を知らない兵士がみたらさぞ滑稽な姿をしてるのだろう…


「れ、レオス…気にするな…!

お前のことは俺が…!」


横の兄者を見る…私を見るその表情…その意味がよく分からなかったものの、その瞳の奥に映る私の表情…


それがとても無様な愚か者に写った…

戦場で…自分が望むもののために戦えず…

剣一つろくに握ることすら出来ない…


これが…勇敢に戦った騎士アレシスから生まれた男…


……


…違う…


違う…違う…違う!


力無くその場に立ち上がり、私はイザベラの後を追っていた…


「な…おい、どこに行く…?」


そんな兄者の声も聞こえず、無意識のうちにその足は駆け出していた。


鼓動が早くなっていく…また汚物が喉を伝う感覚が込み上げてきた…


そうだ、私がやるしかない…


さもなくば…仮に今回2人を救えたとしても

私は一生、自分の中の何かに怯えながら…

奪われる恐怖に苛まれ続けることになる…


そんなモノ…真っ平ゴメンだ!!!


「あ〜ぁ期待して損した…

蓋を開けりゃ飛んだバカ息子だったよ…」

目の前で呟くイザベラ、その手に持つ剣を私が無理やり奪い取る。


「っ!!!!

私が……やる…!!!!」

きっと凄まじい顔をしているのだろう…

だがそんな事を気にしてる余裕などない。


ここで、あの盗賊を殺すんだ…!

そんな私の意図を汲み取ったのか…

イザベラが驚きの表情から…歪んだ笑みを浮かべる


「……っく…フフフ…

殺せなくていいよ…

それは難しいからね…

頑張りなアンタ…」


脚に何かがまとわりつく…とてつもなく重い枷のようだ…


足元から声が聞こえる…

あぁ…あの時の騎兵の声に似ている…


それらを強引に振り払うように…足を前に出した…


目の前をよろよろと進む…徐々に、狙っている盗賊の背中が見えてきた…


遠くで、新兵とアネットの声が聞こえる…

何を言ってるかは聞こえない…


無意識のうちに、切っ先を盗賊目掛けて構える…


7年、人を殺す刃を握ってなかったはずなのに…

それでもどこを狙えばいいか…

どこが致命傷になるかを知っている…

在りし日の父上から受けた稽古…

その多くは真剣での打ち合いが主だった。

その時扱った、多種多様の武具の感覚…それら全てをこの身体が覚えている…


私のこの位置では致命傷にならない…


現にソードシスター達も、二、三回切りつけて殺していた…


狙うなら正面…骨がない腹からの突き上げ…


間合いに入った…


目の前の盗賊に呼びかける…


「おい…」


「あ?…なんだ?」


やつが振り向きかけた…身体をかがめる…


今…


「っ!!!!!!」


「グッ…!!!」


腹から上を突き上げるように突き刺す…


あの時とおなじ…騎兵の喉を刺した時の手応えを感じた…


「ううぐ…て、てめぇ…!」


「!」


まだ死んでない…!声を出される…!


一気に剣を抜き去り、大きく振りかぶる…

首を狙って横なぎ…


「…!!!!」


盗賊の首が宙を舞う…


少し間を空けて、敵の体が力無く倒れた…


「はぁ…はぁ…はぁ…」


「…レ…オス…」


兄者の声が聞こえる…目の前には、首から上が無くなった死体…

先程まで命のあったソレ…

首元と、腹部から血をドクドクと流している…


その時、後ろから拍手の音が聞こえた…

振り向くと、イザベラが笑みを浮かべてそこに立っていた。


「見直したよ…刺すどころかそのまま首を切り落とすなんて大したもんじゃないか…」


さらに後ろからアネットが歩いてきた


「面白いもの見せてもらったよ…

まさか、剣も持ってないやつがこんな鮮やかに斬り殺すとはね…」


イザベラがそのままアネットに告げる。


「アネット、予定変更だ…

残りの敵はアタシらで狩りとるよ…」


「…どういうことだい?」


「あそこのヤツと約束したんだ…

敵をぶっ刺したら残りはこっちで片付けるってね…」


「あぁそうかい…

クククク…そういうことなら仕方ないね…

新人共、ここで雇い主様たちと待ってな…?

あたしらこれから忙しくなるんでね…」


状況が呑み込めてない新兵たちが、どういうことかと互いを見ているが、アネットとイザベラは無視…

イザベラがこっちに向かってくる。

私の手元から剣を取り…耳元で呟いた


「アンタ…兄貴よりも筋がいいよ…

これで終わりにするのは勿体ない…

それと約束さね…後はアタシらに任せときな…」


そうして…ソードシスター達は夜の闇に消えていく。


ふと、静かに兄者が近づいてくるのが見えた…

正確には恐る恐るという方が正しいのかもしれない…

その顔はいつもの様な笑みでもなければ、激情に駆られた怒りでもない。

何かを恐れるような…あるいは心配するような目。先程私を抱き起こした時と同じ顔…


その意味は分からない…


「盾…忘れてるぞ…」

「あ…」


忘れていた…目の前の盗賊を仕留める事、そればかりを考えていた…


「盾は…敵の攻撃を防いでくれる…

戦うなら…持っておけ…」


…静かに受け取り、固定具を締め直す。

その様子を、兄貴は何も言わずただ見ているだけ…


「つけました…」


「よし…行こう…」


後ろを振り向き新兵たちの方へ進んでいく…

その後ろ姿を見開いてみた。


「兄者…」


「…どうした…?」


「…っ、私は…ちゃんと…戦ったのでしょうか…?」


「…ッ」


何故こんなことを自分でも聞いたか分からない…

ただ、向かってくるその顔がとても心配している様な顔をしてたのは分かる…


直後、思い切り抱きしめられた…


「ッ!」


力強く抱きしめられる感覚…それは防具越しでもよくわかった…


「…あぁ…!

お前は…頑張ったぞ!!!!」


「…ッ」


胸から込み上げるものを感じた…

目元に涙が溢れてきそうだ…


「…ぅ…うぅ…ッ!」


おっと…。


そんな声が聞こえてきて…次の瞬間、兄者の指が私の小鼻を押し上げ、豚の鼻にして来た。

「うげ…!?」


「今はやめてくれ、アレアとファソスを助けるまでは頑張って耐えろ。」


できるか?


そう聞いた兄者の顔はいつもの笑みだ。


おかげで、いつもの調子に戻れた気がする。

盗賊を殺した手応えというものを思い返すと今でもまだ何かがのしかかるような気がする…

それでも…もう先程のようにはならなくて済む。

それだけは確かだ。


「頑張ります」

と、いつものようなやり取りをする。


「よし。

さて、道草食うわけにはいかん。

戦闘はあの二人がやってくれるという事になった。

代わりに俺たちは、2人の救出に力を注ぐ。

他に囚われている者がいたらそのもの達もだ!

まだまだ危険が溢れる。だが皆、何とか着いてきてくれ!」


「「「はい!」」」


同行させた新兵たちから…

気迫の籠った返事が聞こえてくる。




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