第6話「物語ノ裏側」
オルニアの岩南…岩山の根元から少し離れた草原地帯。
辺りは既に暗闇に包まれ風と虫の鳴き声が辺りに聞こえる…
その中をいくつかの蹄の音が響く、先程リカロンを出発した我々即席部隊の物だ。
先頭を走るソードシスター達のフードが捲れ、中から歴戦を思わせる傷を持つ顔が出てくる。
4人のリーダー格であるイザベラが後方の我々に言い放つ。
「もう少しでロクデナシ共がたむろってる野営地だ!蹄鉄の音目立つから、この辺りで降りるよ!」
その声に、後列で馬具の無い馬にしがみついた新兵たちが反応し、あの手この手で減速していく。
私と兄者が乗り込んでいる一頭にも減速を指示し、意図を汲み取った馬が徐々にスピードを落とす。
先頭のイザベラが辺りを見回し、馬を止めるのにお誂え向きの木を1本指さしソードシスター達がそちらへ向かった。
そのあとを他の者も続く…
しかし、即席で駆っている野生の馬たちは徐々に制御を失っていき、乱暴に身体を振り回し始め何人かの新兵が落馬しかける。
私達の馬にもそれが伝染し、兄弟揃って振り落とされかけた
「くっ!!ドゥドゥドゥ落ち着け!
レオス!しっかり掴まってるだろうな!」
「も、もちろんです!落ちて死にたくありませんからね!」
前方のソードシスターが木の根元で馬を降り、イザベラが片方の拳を上げ、宙で円を描く。
ここまで来いという合図だ…
全員そこまでかろうじてたどり着くも、そのほとんどが降りると言うよりは半分振り落とされる様に地面に転がり、
私と兄者もぶっきらぼうに馬から降りた。
新兵たちが強打したところを擦りながら馬にしがみついた時の消耗を息で表す。無論それは我々兄弟も同じでふたりして肩で息を吸っていた。
そんな私達の様子をイザベラがまたしても舌打ちをし、他の3人と共に見下ろしていた。
「全くこれだから新兵は嫌なんだ…」
「ホントだよ…数だけはいっちょ前のくせして蓋開けりゃ戦う前からこのザマさね…」
「だから言ったじゃないさ…金に物言わせるやつはロクな事しないって」
「本当余計なお荷物拵えてくれたもんだよ…」
遠慮なくズケズケと言ってくれる…しかし今2人とも息を整えるのに手一杯で反論する気力もなかった。
それはほかの新兵たちも同じ様子だ。
「こ、この辺りに連中がいるのか?」
兄者のそんな問いに、イザベラが岩山の方、そこから上がるいくつかの煙柱を指さした。
「あっちの上…
ほんのり煙が何本か見えるだろ?
賊どもが群がってる焚き火の煙さ」
あのどれか、その近くにアレアとファソスが囚われている…
そう思うと一気に緊張感が走り、駆け出したい衝動に襲われるが、そんな私を見た兄者がまだだと目で訴える。
「大方は理解した…して、こういう時どのように攻めればいい?」
無策での突撃はかえって危険だ…
兄者の言葉からそういう意図を感じた。
その問いに、イザベラが人差し指を立てる。
「いいかい、1度しか言わないからよく聞きな…
まず、連中は何人いるか分からないしいる場所もまちまちだ…
ほぼ森見たくなってる中で時間も夜…
はっきり言って視界は最悪だよ…」
つまり、見落とせば逆にこちらが襲撃される…
四方八方を警戒しなければならないということだ。
「加えて、周りが静かだから全員で押し寄せるなんて事やらかしたら連中一目散に逃げちまう…
多くて十人位で向かった方がいいよ…」
これも考えれば得心がいく。
ある意味今回は奇襲を仕掛けるようなもの…
大人数で大挙して押し寄せればその分離れたところにいる敵が逃げ出す。
そうなればまた家族の行方を見失うことに繋がる…
その話を聞いて兄者に話しかけた。
「であれば新兵も何人か残した方がいいですね…」
「だな…ここで待機させよう…」
そうして新兵たちの方をみた兄者が手を上げる
「この中に夜目の効く者がいたら一緒に来てくれ。
人数は6人、それ以外の6人はここで待機だ
すまないがソードシスターも二人残って欲しい。何かあった時の対処要員としていてくれた方が心強いのでな。」
その言葉に、4人のソードシスターが頷き、誰が残るかを話し合う。
新兵たちも互いに顔を見合わせ…
以下の編成で今回は仕掛けることになった
まず、私と兄者、ソードシスターからはイザベラともう1人、アネットと呼ばれる4人の中でいちばん小柄な者、そして新兵達から6名が立候補し、これでちょうど10人だ。
「今回はこれで乗り込もう。残りの者はこの場で待機してくれ。
イザベラ、これでいいか?」
木の幹によりかかったイザベラが、腕を組みながら頷いている。
「あたしらを2人残すってのは意外と賢いかもね。
それでいいよ」
「よし、ならあとは突入するのみだ…
皆…頼むぞ」
兄者が周囲のものに向かって頭を下げる、新兵たちが敬礼し、私も盾を改めて構え直す…
「アネット、ケツ持ちは私がやるから先頭アンタに託していいかい?
アタシよりも目が効くだろ?」
「もちろんさ…全員着いてきな」
新兵たちが続々と、先を歩くアネットに続く…
「いよいよだレオス…必ず2人を救うぞ」
「はい…必ず…助けてみせます…!」
新兵たちの後ろを私と兄者が歩く。
後ろでイザベラが、2人のソードシスターに話しかける。
「ミラベル、リーシャ。いざと言う時はわかってるね?」
「馬で駆けつけるさ」
「そっちも気をつけるんだよ」
イザベラがこくりと頷き、最後尾に陣取った。
縦列になり、生い茂る木々の中を目的の焚き火をめざして進んでいく。
今夜はあいにくの新月だが…
目が慣れているおかげか、当たりが何となくだが見えていた。
辺りをキョロキョロ見回し…
妹達の姿がないかをよく探す。
その様子を後ろにいるイザベラが呟いた
「こんな近辺探した所でいるわけないだろ?
それにさっきの煙は岩山の上の方、連中いるとしたらこの辺りじゃないよ?」
「…万が一ということあるかもしれないでしょう?」
その声を知り目にして周囲を探し続けるも、またしてもイザベラが口を開いた
「わからないね…どうしてその2人とやらの為にそこまで必死になれるんだい?人買いにすんごい高そうな剣、差し出すまでしてさ…」
「何故それを?」
「あのバカがあたしらに声掛けた時腰元にさしてたよ…これみよがしと言わん程に手まで当てて威張り散らすようにしてさ。
あのグラディウス…あんたらの物だろ?なんでそこまでするんだい?」
「……妹と弟が捕まってるんですよ」
「…あぁ、そういうこと…」
「しかも、2人ともまだ12歳と9歳の子どもたち…
できることなら一刻でも早く助け出したい…
だから焦ってるんです…」
「そうかい……
悪かったよ新兵がとか金にものを言わせるとか散々言って」
「え…?」
意外な返答だった、どうせまた悪態ついてくるんだろうとばかりに思っていた。
「最初あんたら兄弟を見た時さ…
新兵なんて使い物にならない連中引き連れたのみて、あたしら飛んだ面倒事押し付けられたって思ったのさ…
あんたに至っては武器も持ってない…
戦場舐めた貴族のボンボン様が戦争ごっこしたいだけかと本気で思ったよ。
話聞いたら全く違ってたね…」
どうやら彼女達がさっきため息をついてたのは、
貴族の末席に立つ我々がとち狂った気晴らしにに夜襲を企んだと思い込んでたらしい…
まぁ、男爵の息子だから間違いではないが…
「あたしら家族とか、あんたたち兄弟みたいなんよく分からないけどさ…それでも早く助け出せたら良いね…」
「…」
最初会った時から異質な気配を纏う彼女たちだった為、どこか人間じゃない様な気がしていた。
それでもこう話してみると真っ当なところもある…
考えを改めるべきだ。
手前を歩くアネットから制止の声がかかる。
列がまばらになると同時、私も当たりを見ると、正面から焚き火の周りに群がる二人の盗賊がバカ笑いしながら飲み食いしているのが見えた。
恐らく、その食料もどこかから略奪したものだろう…
それに対し、兄者が腰の剣を抜く
「よし…早速全員で仕留めよう」
「待ちなよ雇主様…全員で一斉に袋叩きってのもいいけどさ、こういう時は相手がびっくりするようなプレゼントしたげるべきだよ…」
兄者を静止したイザベラがアネットの方へ向かいながら呟く。
「そうさね…びっくりした挙句心臓所か内蔵ぶちまけて昇天した時の馬鹿面が最高に傑作なんだよ…へへへ」
「アネット…右の追い剥ぎ任せていいかい?左のガタイいいのあたしが貰うよ」
「往来イザベラ、やってやろう…」
二人が外套から短剣を抜き、焚き火に当たる2人の盗賊のギリギリまで近づく。
互いを見て頷いたあと…短剣を勢いよく投げつけ、盗賊共の喉に深深と突き刺さり、苦悶の表情を浮かべながら息絶えた。
ほぼ一瞬の出来事…静かな一撃…それを仕掛けた彼女達の顔が狂気の笑みを浮かべていたのが見え、一瞬血の気が引いたのを覚える。
そのまま他のものと前進すると、アネットが自分の仕留めた獲物の身ぐるみを穿いだ上にその顔を見ている
「ククククッ、あぁやっぱいいねぇ…こういう馬鹿やってる奴の顔って、死んだ時までアホ面晒してるんだからさぁ…」
「趣味が悪いよアネット、そんな小汚い顔よりもっとマシな奴で楽しみな?」
「馬鹿だね…!
こういうどうしようもないのがくたばるから傑作なんだろ…!」
「ふふふ…あぁそれは私も同意見だ…」
血走った目を見開くアネットに対し、氷の様な目線で口角をつり上げるイザベラ…
命を弄ぶソードシスター達の姿…その様子からはとんでもない邪悪さが垣間見れた。
イザベラが口元に笑みを浮かべ…こちらを振り向く。
「ま、今のはあくまで一例さ。
狙える奴は狙ってみなよ…
ただし、どういう訳か連中凄い視野広くてね…酔っ払って寝っ転がってても近づき方間違えると気づかれるから、やる時は本当に気をつけてやりな?」
非常に恐ろしい存在だ…
一瞬の差異もなく…
離れたところのしかも急所を的確に射抜く…
改めて彼女たちの恐ろしさを目の当たりにした。
本当に今回、味方であることに安堵を覚える。
その後もふたりは手際よく敵を始末していった。
ある時は木陰に隠れ、通りがかった賊一人の口元を抑え…長剣を背中から深々と突き刺し、ある時は落ちていた石を手に、近くの木に投げ当てて注意を引き、炙り出された敵を背中から思い切り斬り殺した。
その姿から更に彼女たちの異質さに戦慄を覚えた…
手慣れすぎているからだ…
それは同行していた新兵たちも同じで、ある者は敵が殺される度に目を背けたりもしていた。
兄者も同じ事を思ったらしく時折生唾を飲み込んで口を開いた。
「…っ、これが聞きしに勝る戦場で恐れられた女達…なるほど…心強くはある…だが」
口を濁した…
彼女たちの戦い方は父上や帝国の兵士たちとはかけはなれている。何より…
「卑怯とでも言いたいのかい?」
私の考えを読んだのか、アネットが剣に着いた血糊を拭き取りながら言ってくる。
「わ、私は何も…」
「目がそう言ってるよ…
そうさ、アタシらがやってるのは卑劣な外道の戦いさ。名誉も何もあったものじゃない…アンタたちみたいな小綺麗な奴には到底理解なんてできないだろうね。それでも正攻法よりはサッサとカタがつく。感謝しろとは言わないけど口出しはやめてもらうよ?」
確かに、彼女達のおかげで私と兄者はまだ武具を使わずにここまで来ている。
口出しなんぞできるはずもない、しかしそれに反し兄者は口の端を歪ませている。
誇りを重んじる性格が目の前で繰り広げられている有様を許せていない…
「だが…それでも、背中から切るなど…」
現実と理想に渋い顔をして下を向いている
「何あまっちょろいこといってんだい?」
そんな私たちの所に、頬に返り血をつけたイザベラが歩いてくる。
「いいかいここは戦場だ…
意表を突く隙を狙うなんて、当たり前に皆やる。
敵が足底を見せてくるなら、揚げ足を取る所かそのまま持ち上げて健を削ぎ落とすんだ。
そうして生き延びたやつだけが、食い扶持を得るし明日の日の出を拝めるのさ。
物語に登場する正義の騎士様だってね…
裏ではご自慢の槍使って、死にかけた敵の腹ぶっ刺した挙句腸をグチャグチャにかき混ぜるんだよ?
ようやくわかったかい?
アンタら兄弟が踏み込んだ世界がどんな所か…」
…イザベラの口から語られる戦場の現実…
そうだ、それこそ真実だ…
在りし日の父上が私を戦地に連れていくのを渋ったのは…そういうところもあったのだろう。
こういう時、いつもなら気丈に言葉で対する兄者もイザベラの語る言葉には反論が全くできていなかった。
そうして、最初に賊を仕留めた時の異様な笑みを浮かべたイザベラが小さく呟く。
「クソッタレ共の楽園にようこそお二人さん…
「物語」と「現実」の違い噛み締めながら…
せいぜい殺したり殺されたりを楽しんでいきな…」
ふと…私の脳裏に昔読んだ絵物語の内容が蘇った。
戦地で華々しく活躍する勇敢な騎士達の話…
そんな「物語(スカルド)」の裏側を…この日私は知る事となる…
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