第5話「夕闇の進軍」

空を照らす太陽をオルニアが飲み込み、そびえ立つ岩山の影が根元の都市リカロンを飲み込んでいく夕刻…


人の往来が途切れ始めた正門、その内側に私達は立つ…

腰元の鞘を掴む兄者が覚悟を決めた面持ちで、そこに収まる剣をカチャリと鳴らす。

「できる限りで準備した。

後は分かるな?」

その問いに対し、左腕の肘下に固定した木の盾の取手を握り直して答える。

「部隊と共に…家族を救う…!」

兄者が首を縦に振り、覚悟を決めた様子で正面をむく…

「時間だ…兵達と合流するぞ」

「はい…!」

門の外に出て、私たちが揃えた部隊を探す。

新兵たちはすぐ見つかった。

正門のすぐ横、城壁のすぐそばに固まって待機していた。

2人で彼らに近づくと、こちらに気づいた新兵の1人が気を付けの構え。

他の兵たちもその一人を軸に、横一列に整列する。

さすがは正規兵、新兵とは言え統率の取れたいい兵士たちだ。

兵数は先ほどグレイオス殿から聞いた通りの12名。


あとは人買いが手配したというソードシスター達だが…どこにも姿が見えない。

兄者とふたりで当たりを見回すと、フードで顔を隠した人物が4人、森の中から歩いてこちらに向かってくるのが見えた。


「森の方からでてきた…?

敵でしょうか?」

「ふむ……

いや敵にしては様子がおかしい。」


そんなやり取りをしているところ、向かってきた4人がこちらの目の前まで来る。

そのうち1人がため息をついた様子で口を開いた

「人買いが言ってた兄弟ってアンタらの事かい?」

女性の声で人買いの名を出す、間違いない…

ソードシスターだ。

兄者が私の盾を片手で下げて返答する。

「何故都市ではなく森の方から歩いてきた?」


ソードシスター達がこちらに聞こえない声で何かを話ている。


その後先程口を開いた一人が続けてきた。

「人買いの野郎に声掛けられてから時間があったからね。先に馬走らせてろくでなし共の野営地偵察してきたんだよ」

「素人が大手を振ってガシャガシャ音立てながらあちゃこちゃ探したらバレるのさ。」

「だからやりやすくするためにもお膳立てしてあげたんだ。」

「もらってるお代よりも仕事してるんだから感謝して欲しいね」


話すタイミングまで連携が取れている…一流の傭兵ならではの空気感だ…

加えて、事前の段取りの良さ…彼女達から漂う頼もしさを改めて体感する。


兄者の方も感心したように目を見開いていた

「…っ、すまない…感謝する。

そうだ申し遅れたが、今回の依頼者のファルコだ、脇にいるのは弟のレオス」

「よろしくお願いします…」


それを聞いた彼女達が私の方を見る。

フード越しから怪訝そうな目線を感じた…


「そっちのアンタ…なんで武器持ってないんだい?」


ドクン…と一瞬脈打つ感じを覚えた…

しかし彼女たちからしたらその疑問は当たり前だ…


「それは…その」

「弟は盾を使った戦いが上手い。

だから武器はかえって邪魔になる。

代わりに俺がこうして持っているから何も問題なかろう?」


フードを被った頭を捻って一人が呟く


「そんなん聞いたことないね…

そいつ本当に使い物になんのかい?」


その問いに罪悪感を覚える…

それでも兄者は私の肩を持って口を開いた


「雇い主の言葉が信じられないのか?」


少し考えた様子でフードの彼女がもう一度ため息をついた…

「わかったよ雇い主様…

そうだ、名前言うの忘れてたね。

私はイザベラ。

一応4人の中で取りまとめやってる。

そっちにいる3人は…まぁいいか。

時間もないだろうしさっさとロクデナシ共んとこまで行くよ。」

「あっちの茂みにアタシら馬停めてる。アンタらもさっさと取りに行ってきな」

「そこで突っ立ってる新兵共もアンタらが雇ったんだろ?馬乗せてやりな」


馬の用意…しまったそれは完全に抜けていた。

確かに近隣とはいえ歩いていくには時間がかかりすぎる。これは困ったことになった…


兄者も同じことを考えていた様で重たそうに口を開く。


「それが…俺たちは自前の馬がない。

後ろの新兵達もそれは同じだ…」


「チッ…」

あからさまにフードのひとりが舌打ちをして来た。

まぁ…そういうふうになっても仕方がない…


「手間がかかるね…

ミラベル、リーシャ、アネット!」


名前を呼ばれたであろう三人がやれやれという様子で走って森の茂みへ消える。

その後すぐ、馬に股がった三人が茂みからでてこちらの視界から見て左の方へ進む。


すると、彼女らが向かっている方に野生の馬の群れがおり、彼女達が追い立てるようにすると十数頭が一斉にこちらへ向かってきた。

手際の良さに私を含む後ろの新兵達も感嘆の声を挙げる。


「あんな大量の馬を1度に!?」

「傭兵というのはそんなことまでできるのですか!?」


イザベラと名乗った彼女が茂みの方に走り出す。


「ぼさっとしてないでサッサと乗りたいやつ捕まえな!そっちにいる新人共もだよ!」


それを聞いた全員が慌てて同じ方向に走り出し、次々と目をつけた馬にまたがる。


本来は馬具が付いてようやく乗れるものだが

追い立てられた新兵たちがかろうじて馬に次々に乗り込んでいく。


私と兄者も走り出し、一頭の馬目掛け兄者が飛び乗った。


「ぐっ!やはり手綱が無いと難しい…!」

馬上で乗り込んだ馬を制御しながら瞬時にものにし、私の方に手を差し出す。

「レオス!捕まれ!」


兄者の手を掴み、私もそのまま乗り込んだ。

一同がもたつきながらも何とか馬を確保していたところ、イザベラが自前の馬に股がってくる。


「この分は後できっちり貰うからね?」


その一言に、いくら請求されるか不安を覚えるが…

戦場で生きる者の技術を体感するいい機会でもあった。

ぶっきらぼうに馬を駆る兄者が口を開ける


「何から何まですまん。連中の野営地まで案内頼むぞ!」


「あいよ着いてきな、トロトロしてたら置いてくからね!」


先行するソードシスター達、その後ろを私と兄者、そして新兵達がまばらに馬と駆ける。


太陽がほとんど沈んだ草原をオルニアの岩南目掛けて、総勢18名の即席部隊が夕闇の進軍を敢行した。

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