第4話「戦力増強」


裏路地を出た後、噴水に寄りかかり、中で泳ぐ魚を眺めながら兄者がつぶやく。

「しかし…あの人買いがソードシスターを何人よこすかわからん以上、こちらでも兵を雇った方が無難か…?」

これは不安になる事を…そう思ったが胸にしまう

「確かに…あの男の言うソードシスターが味方ではなく敵という恐れも拭いきれません…

味方の振りをして、私たちの報復を恐れたやつの刺客ということもありえます。備えるべきは備えた方が…」

「いや、それはないな」

「何故です?」

「それも、金が生じてる故にだ。

あの愚か者は『手配する』と確かに言った。

その言葉を違えれば、それこそ人買い自身の信用に繋がる…ぼったくりと言いふらされたら困るとも言ってたしな。」

「…それもそうですね」

私自身あの人買いは未だに信用していない。下劣な輩とは、時折こちらの予想を超える愚行を犯す事もあるからだ。

未だに、目の前に現れたらその顔面を殴りつけてやりたくなる…

「だが確かにお前の言う通り時折そういう手合いもいるのも事実だ」

そういうと兄者は体を起こしてよしと呟く。

「レオス、駐屯地へ行こう。」

「駐屯地?帝国軍の兵士たちがいるですか?」

「そうだ。そこに行き、手短に雇える手勢を何人かこちらでも揃えよう。」

「…高いのでは?」

「…」

苦虫をかじる顔をして、懐から麻袋を出してくる…

「万が一…アレアとファソスがあの人買いの所にいる時のことを想定して、2000デナル用意しといたんだ…」

まだそんな大金を隠し持っていた事に一瞬呆れそうになった。が、それも家族を救いたいという兄者の用意周到さによるものだろう…

「それだけの大金でしたら何とかなりますね!」

「あぁ。まぁ、正規兵と言うだけあって…これでもいくら雇えるか分からんがな…」


そのまま、リカロンの奥にいる帝国兵の駐屯地へ足を向ける。


大きな鉄の扉を開く、都市における正規兵たちの駐屯所だ。

中には様々な出で立ちの兵士達が修練に励んだり、脇の休憩所で身体を休めている。

「コレが…帝国軍の兵士ですか…!!」

屯所内に響き渡る兵士達の声…

その出で立ちから村を防衛する民兵とは格の違いを感じた

「驚くのも無理はなかろう、彼らは日や様々な戦線に赴くことを想定して、出陣までの多くをここで過ごす。士気も練度も文字通り段違いだ」

そう告げ当たりを見回し始める兄者は、直ぐに目的であろう人物の元へ行く。

私もあとに続き、向かった先には熟練を思わせる壮年の兵士が周りの兵士を見ながら椅子に座っていた。

士気の高い兵士たちの中でもその人物は一際異彩を放つ…

近づいた兄者を一瞥すると、首から上を動かして口を開いた。

「貴殿、軍属のものでは無いな?」

言葉に重みが伴う。長い間帝国を守護している人物であるのは想像にかたくない。

兄者が一礼したのを見て私もそれに続く。

「失礼致す。我らはカンテリオン村領主、ハイネル男爵の息子…

私はファルコと申します。

隣は弟…」

「レオス・ハイネルです」

兵士が一瞬目を見開いた。

「なんと…ハイネル卿の嫡子であったか…!」

そういうと、兵士は立ち上がり私たち2人の方を向き直してから帝国式の敬礼を向ける。

「リカロン駐屯部隊を預かる、グレイオス・ロナウリオンと申す。

ハイネル卿には先のペンドライク大戦の折、私と部隊のもの達が大変世話になった。

御父君はご健在か?」

その言葉を聞いて、私はつい顔に悲しみを浮かべてしまった…

さすがの兄者も、その表情は浮かない…

「それが、数日前盗賊共に自宅を襲撃され…

その際に、父と母が…」

驚きを隠せない様子で、ロナウリオン殿が目を瞑る…

「そうであったか……

ふむ、実に惜しい御仁であった…

貴殿らもさぞかし無念を抱えたであろう…」

思い返すほど、悲しみが押し寄せてくる…

不覚にも目元に涙を浮かべかけた。

兄者が続ける…

「実は、その折我々の妹と弟が盗賊共にさらわれ、今はオルニアの岩南に囚われていると聞きました。

ロナウリオン殿、大変不躾ではありますが…

何名かの兵をお貸しいただけないでしょうか?」

そう言って懐からデナル袋を取り出して差し出す。

「2000デナルございます…一時のみで結構…どうか!」

兄者が頭を下げ、私もそれに続く…

グレイオス殿が少しばかりデナル袋を眺めその後、袋をおしのけた。

「金は不要、貴殿らの言葉しかと承知した」

「で、では!」

「いや、生憎今は西と北の帝国との戦いが待っている。貸せる兵もそう多くない…」

「そう…ですか…」

兄者が意気消沈する…恐らく、何人かは雇えるのではと期待してたのだろう…

かくいう私も、グレイオス殿の返答には肩を落とした…

…いや待て、そう多くないと言った気がする。

そう思いながら私から聞いた。

「あの…そう多くないという事は…数名であればお借りできるのでしょうか?」

「うむ!勿論である!」

その言葉に私と兄者は思わず喜びの顔を浮かべお互いを見合った。

「ただし、熟練のものではなく…訓練を終えたての新兵を12人。それで良ければ貴殿らが連れていくと良い。それから一時とは言わず、そのまま若い連中に経験を積ませてやって頂ければ幸いだ」

12人…!それも返さなくていい!

なんという申し出だろう…これ程までに心強い事があろうか…!

勢いよく2人で頭を下げた…

「ありがとうございます!!!

ロナウリオン殿は我ら家族の恩人だ!!!」

「この御恩!生涯通して忘れませぬ!!」

私たち兄弟を見つめ、グレイオス殿が2人の方に手を置く。

「そう畏まられるな。

本来であれば、救出部隊を編成して今すぐにでも駆けつけたいところである…ただ」

当たりを見回し口元に手を添えて小さくつぶやく

「ここだけの話だが…先日ラガエア陛下のご息女たるアイラ殿下が独断で、若い貴族と共に北帝の首都まで進軍なされてな…

その結果、従軍した将兵と共に今はエピクロテアの地下牢に囚われておる…」

アイラ殿下、それは帝国の民なら誰でも知る名前だ。亡きアレニコス陛下の娘にして本来の帝国後継者になるはずだった人物だ。

勇猛果敢だが、女性貴族によくある無謀な全体突撃を敢行する人物でもある…

私も顔は見た事ないが、美しい姫君としても知られる…

「これまで何度か姫様は北帝へ出陣なされ…その度にルーコン閣下のご温情で直ぐに解放されていたが…

今度という今度は周りの元老院たちの怒りを買い…中には姫様の処刑を望む声をあげる者もいる始末だ…

数日後、陛下を始めいくつかの諸侯が、兵と共に投獄された貴族達の解放交渉に出陣される。

その為、今は熟練の兵が1人でも必要なのだ…

あまり力を貸せず申し訳ない…」

アイラ様が何度か他国に捕らえられたという話は有名だった。

そんな中何よりの配慮だ。兄者が口元に笑みを浮かべグレイオス殿に話しかける。

「それでも…正規兵のお力を借りられる…これ程まで頼もしいと思ったことはありません…ありがとうございます!」

「なんの、ハイネル卿には生前私も命を救われた。そのご子息方の頼みだ。

我々の代わりに無念を晴らしてくれ!」


その後、お借りした12名の新兵に夕方正門前で待機するよう伝える。

グレイオス殿に深々と頭をさげ、私達も駐屯地を後にした。

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