夜は映らず
おくとりょう
四角い部屋
痛みが私の思考を真っ白に染め上げた。頭の中で何かが爆ぜたような感覚が悩みも悲しみもすべて塗りつぶす。
ただの激しい痛み。真っ白な光のようなそれは私を埋め尽くし、上も下も、過去も未来もわからなくなる。それは小さな私の身体に収まらず、骨も肌も突き抜けて、世界へと飛び出していく。周囲も激しい白に染め上げ、私と世界の境がなくなる。
そんな気がした。気がしただけ。それでも、私にとってはそうだった。
気がつけば、私は喉を枯らして、地面に横たわっていた。爆ぜる痛みがゆっくりじんわりと引いていく。同時に、水に映る波紋のような丸い痛みを感じた。のたうち回っていたときに、あちこちぶつけたり、擦りむいたりしていたらしい。その何とも言えない感覚はまるで夢でもみていたみたいだった。
「どう?ちょっと休憩しよっか」
蒼白く粘ついた笑みを浮かべて、こちらを覗き込む彼。細められた真っ黒な瞳にハッと血の気が引いた。サァーっと身体の熱が冷めて、喉の奥がイガイガした。ツバが上手く飲み込めない。夢であればよかったのに。
「そんなこといわないでよ」
古井戸みたいな暗い瞳は、少しの光も映してないのに、私が映っているような気がした。何も映るわけのない深い黒。そこには誰もいないはずなのに、私がそこにいるように見えた。霞んだ白い肌をめくれば、よく見る自分が出てきそうな。
「そんなこといわないでよ」
隣から喉の潰れたカラスみたい悲鳴が聞こえた。鼓膜なんてとっくに破けているのに。空耳だったのかもしれない。
でも、その乾いた声に私の『白い世界』を思い出す。私を塗りつぶす苦痛の白を。それはどこか音のようで、私は楽器になったような気もした。彼の指に叩かれる白い鍵盤。私のための世界のすべては、彼にとっては一音でしかない。
そんなことを考えながら、彼が触れるまでの時間を震えながら待っていた。聞こえぬ悲鳴が広い部屋と私の頭の中を満たしていた。
夜は映らず おくとりょう @n8osoeuta
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