第18話 自称、最強の女

「それはそれとして、だ」


 押し黙る俺にたのしげな笑みを浮かべる女は、椅子の背もたれに体を預けたまま片手をひらひらと振った。


「我々……特に名前はないが、まぁ、単純に『過激派』とでもしておこうか。そのメンバーを紹介しよう」


 本題、というべきだろうか。女は咳払いをしてから俺に視線を向ける。

 俺はここに身を置いて戦うことになるのだろう。どういった人員がいるのかは何よりも重要な部分だ。


「まず、私ことあざみ。最強の異能を持った存在。そして……」


 周囲に視線を回すが人影はない。蝶野と同じように姿を消せる能力なのだろうか。

 そんなことを思いながら女へと視線を戻すと、その手には何処から取り出したのか手の平サイズのテディベアが握られていた。


「──秘書のマクシミリアン二世」


 そう言って女はテディベアを机の上に置いた。場を和ませる冗句のつもりだろうか。そんなものは求めていない。


「……以上だ。」


 冗句を続けるつもりなのだろうか。そして、続く言葉を待ってじっと女を見つめるが、しかし、それはない。女は沈黙を保ったまま、何故か自慢げな笑みを浮かべていた。


「可愛いだろう?」


 続く言葉はそれだけだった。

 机上のテディベアへと視線を向ける。特に興味がある訳では無いが、何の変哲もないものだ。可愛いか、そうでないかと言われたら前者なのだろうが。

 自ら身を現して自己紹介をするつもりなのかと再び周囲を見渡すが、何か変化が起きるわけではなく、沈黙が室内を支配していた。


「あの! 一世いっせーちゃんは、どしたんすか?」


 沈黙を破ったのは蝶野だった。片手を挙げての質問は、果てしなく中身のないものだ。確かに二世という以上は一世がいたのだろうが、そんなことはどうだっていい。


「捨てた」

「なんでぇ!?」

「汚くなったから」

「そんな……。しかも二世にせーちゃん、一世ちゃんよりも小さいし……」

「大きくても邪魔なだけだって気付いたんだよ。それと、『ちゃん』じゃなくて『君』な。ほら、首のスカーフが青いだろ?」

「あ、ほんとっすね! えと、二世君は──」


「……ちょっと待ってくれ」


 テディベアの片腕を掴んで挨拶をするかのように横に振る女と、立ち上がって机に両手に手を置き前のめりになっている蝶野。その頭の痛くなるようなやり取りに、俺は不機嫌さを隠すことなくそれを遮る。


「ん? 少年もマクシミリアン二世君に気になる点が──」

「違う。そんなのはどうでもいい。他のメンバーは?」

「だから、マクシミリアン二世君だって。やっほー」


 そう言って女はテディベアを俺の方に向け、その片腕を横に振る。


「馬鹿にするのも大概にしろ!」


 俺はたまらず、握った拳を机の上に叩きつけて立ち上がる。コイツはどれだけ俺を馬鹿にすれば気が済むのか。


「急にキレるじゃん。こわっ。思春期男子はこれだから……」

「だから、巫山戯ふざけるのも大概にしてくれ!」

「はぁ、仕方ないなぁ。……見ての通り、協会における過激派は私だけだよ。情けないことにね」


 女は肩を竦めて、首を左右に振った。

 そんなものは冗談に決まっている。この女は俺の事を馬鹿にして、その反応を楽しんでいるに違いない。こんな状況下で、どうしてそのようなことが出来るのか神経を疑った。


「鈴谷が……」

「あぁ、彼女には私が過激派の窓口ってことで接してたからね。実は私一人だったとは夢にも思うまいよ」


 鈴谷の口振りからしてそれ相応の規模を想定していたが、その思考を先読みされたかのように遮られる。女を睨みつけるが意地の悪そうな笑みを浮かべて飄々とした様子で受け止めるだけで、俺の反応を楽しもうとしているのは間違いないことではあるが、一方でその言葉自体は嘘ではなく本当のことであるという確信めいたものを感じた。


 肩の力が抜けて、その場にへたり込む。いつの間にか怒りは霧散していた。当てにしていた組織が、実は組織ですらなくただの個人であったのだから、期待していたが故にその落差による落ち込みは酷いものだった。


「あぁ、ちゃんと市ヶ谷防衛省との繋がりはあるよ? 以前の狙撃だって向こうの支援あってのことだし。まぁ、結果は知っての通り。下手人は自らが放った弾丸によって脳漿をぶちまけた」


 確かにこの日本に置いて一般人が気軽に帰るものではないことは確かだ。こちらから視認出来ないほどの距離から人の頭一つを狙い撃つなど、そう簡単にできるものではない。

 ただし、それでも、アイツには通じなかった。


「大口径の対物アンチマテリアルライフルを事も無げに対処されたことを鑑みると、現代兵器は意味をなさないかもね。勿論、空爆による飽和攻撃や、核兵器による攻撃を実行するという選択肢もあるが、さすがにそこまで広範囲を巻き込む兵器をホイホイと使う訳にはいかない。余程、事態が緊迫しない限りはね。やー、参った参った」


 女は机の両肘を置いて、お手上げだとばかりに左右に開いている。しかし、言葉ほどの深刻さを感じることはできなかった。近代兵器は役にたたない。だとすれば……


「そ、つまり彼女に対抗するには異能者を使うしかないってこと。相手は絶対的な攻撃力を有するが、何より厄介なのはその堅牢たる盾だ。それを突破するほどの力がなければ勝負にすらならない」


 それはそうだ、俺のバットはまだしも視覚からの銃弾がアイツに届くことは無かった。

 しかし、どうする?

 俺と蝶野はサポート型の能力、それ故に鈴谷の存在は不可欠だったのだが、終わってしまったことは仕方なく、小さく溜息を零した。


「おや、溜息なんてつくと幸せが逃げるぞ? さ、とりあえずついてきたまえ!」

「りょ!」


 いつの間にか椅子から立ち上がって俺の真横に立っていた女は、怪しげな笑みと共に両手を力強く叩いて音を立てた。それと同時に蝶野は直ぐに立ち上がって背筋を伸ばして軍隊宜しく敬礼をしている。

 もう確信していた。コイツは、蝶野は、ただの馬鹿だ。頭の中は空っぽに違いない。とはいえ能力が有用である以上は連れていく必要があるのだろうが、先が思いやられ頭が痛くなるような気持ちになった。


 鈴谷が抜け、莇とかいう女が入り、結局総数は三人のまま変わりはない。正確には三人と一体だが、一体それで何が出来るというのか。

 女を睨み付けるが、飄々とした笑みは崩れない。それがまた、苛立ちを大きなものにした。


「そうカッカするなよ、少年。一人増えたところで何が変わるかと思っているのだろう? 心配するな。さっきも言ったろ、私は最強だっ──ありゃ」


 女は俺の肩に手に手を自信に満ちた表情を浮かべサムズアップと共に清々しさを感じるほどの笑みを浮かべるが、俺は正反対の仏頂面で肩に置かれた手を思い切り払う。


「警戒心の強い野良猫みたいだなぁ」


 払われた手をもう片方の手で擦りながら女は肩を竦めて、これ見よがしに大きな溜息をついてみせた。こちらの方が余程溜息をつきたい気持ちだが、期待が大きかった故に反転した失望も大きく、そうする気力すら持ち合わせてはいない。

 いつまでこうしてればいいのかと敬礼を解くタイミングを失って視線を泳がせる蝶野を尻目に、俺は力無く椅子の背もたれに体重を預けていた。


「ほらほら、着いてきてって。私の強さを証明する。それを見れば私は『綺麗なおねーさん』から『強くて綺麗なおねーさん』にランクアップするからさぁ」


 そう言って女は脱力した俺の片腕を引っ張って立たせようとする。はっと敬礼を解いた蝶野も混ざり始めて、まるで大きなカブを抜くかのように二人がかりで引っ張られる。

 俺がその気になるまで延々とそれを続ける雰囲気を感じ取り、嫌々ながらも立ち上がり、腕を振って二人を払い除けた。


「……で、何処に行くんだ」

「河原だよん。ちょい上流まで行くけど、おねーさんが車出すから安心してね」


 ため息混じりの問いかけると、今までと変わらない軽い返答が来る。何故かウインク付きだ。


 アイツと対峙するというのにこれだけ軽いテンションなのは、そういう性格なのか、それともそれだけ自信があるということなのか。


 こんなメンバーで勝てるのだろうか、アイツに。その不安を拭えないままに、俺は蝶野と共に車へと乗る


 当たり前のように一緒に後部座席に乗り込もうとした蝶野バカは、助手席へと押し込んだ。

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