第19話 最強の証明

結局更新がものすごく遅れてしまい申し訳ありません……。もしかしたら一話辺りの長さを短くして投稿頻度を高めるかもしれません。

いずれにせよ、このような状況が続かないように精進して参ります。

引き続き、本作品を宜しくお願いいたします。 


_____________


 俺と蝶野は小一時間ほど車に揺られていた。俺は車の種類には詳しくは無いが、光沢のある傷一つないシルバーの流線型のボディは明らかに高級車といった雰囲気を出している。何処から出ている金なのか、出所は不明だ。だが、そんなことは別にどうだっていい。


 上流、という言葉の通り山道を上っている。助手席から蝶野がこちらを振り返って何かに話しかけているが、全てどうでもいい内容だったので適当に相槌を打つだけに留めていた。


「──……え。マジ!? やったー! 言質取った!!」

「いい加減うるさいよ」

「はーい」


 不意に蝶野が嬉声を上げ、女に注意を受ける。口は噤んだもののこちらを見る蝶野の目は輝いており、口端からだらしなく垂れ落ちた涎に気付いて慌てて手の甲で拭う。

 碌に話を聞かずに相槌を打ってしまったが、何かとんでもないことをやらかしたような気がした。けれど、その内容も分からず、蝶野に聞く気力もなく、俺は溜息をつきながら流れる外の風景を何も考えずに眺める。


 家々は消え、土砂崩れを封じるためのネットばかりが目に入るようになった。反対側へと顔を向けると鬱蒼と木々が茂っている。木々の感覚が狭い故に暗く、陰鬱とした印象を覚える場所だった。


「よぉし、到着。さ、降りて降りて」


 ぼんやりと外を見ていると車が止まり、急かされるままに外へと出る。そこは何の変哲もない山道の途中。普段はあまり使われていないのか道路は舗装されているがアルファルトはひび割れ、その隙間からは雑草が生えていた。


「川はこの先ね。おねーさんは先に行ってるから、君たちはくれないちゃんにでも乗って着いてきてね」


 莇はガードレールの先に広がる木々の先を指差した。


「ちょっ──」

「んじゃ、お先ー」


突然のことに話についていけず俺は声を上げようとするが、女はガードレールに片手を置いて軽々とそれを飛び越え、傾斜の強い地面を滑り降りていった。邪魔になる木は小さく跳ねて器用に避け、あっという間にその姿は見えなくなる。


「んー、じゃあくれないちゃんに乗ってく?」


 その言葉に応じるように、蝶野の横に大蜘蛛が現れた。姿を消して着いてきていたのだろう。


「こんな所で何をするつもりなんだ?」

「さぁ? とりあえず行ってみたら分かるんじゃん?」


 何をするつもりなのかは分からないが、蝶野の言う通り後を追うしかない。アイツに対して良い感情は持っていないが、手詰まりともいえる現状を打破するためには頼らざるを得ないのだから。


 そして、俺は蝶野と共に大蜘蛛の背中に乗って斜面を降りた。木々をすり抜けて直進できるのだから移動は楽だ。木が目の前に来る度に反射的に顔を両手で覆うが、けれど衝撃はなく、目の前には何も無かったかのように通り抜けていく。正直、この感覚には慣れそうにない。そもそも、慣れる程この大蜘蛛の背に乗る機会が来て欲しくはないのだが。


 数百メートルは進んだだろうか、木々を通り抜けた先は開けた空間、女の言っていた通り河原だった。

 俺は直ぐに大蜘蛛から降りたが、足下がぐらつきバランスを崩しそうになった。上流だだからだろう、地面に敷き詰められた石は角が取れておらず凹凸が大きいからだ。

 周囲を見回すと河原は存外広く、草野球どころか普通の野球が出来そうな程だ。その広さに見合って十メートルはありそうな川を覗き込むと、流れは緩くそこそこ水深はあるが川底が見えるほどに透き通っていた。


「いい場所だろう?」


 いつの間にか女が隣に立っていた。遠くの水面を見つめて口から煙を吐き出す。どうやらコイツは喫煙者らしい。別に嫌煙家という訳ではないから、特に何を思うこともない。


「あぁ、ちゃんと環境には配慮するよ? マナーは守らないとね」


 そう言って、ポケットから取り出した如何にもチープな携帯灰皿に先端の灰を落とす。有害物質を垂れ流している時点で環境に配慮も何もないとは思うが、そんな益体のない話をするつもりはない。


「で、これからアンタの異能ちからを見せてくれるのか」

「呼び方さー。せめて名前で呼んでくれよ。そういう私こそ『少年』呼びしてるわけだけど、それは君が拒否したわけで」


 確かに馴れ馴れしく呼ぶなと言ったのは俺の方だ。しかし、だからこそ気に食わない相手のことも同じく名前で呼びたくは無い。まるで子供のような我儘だとは自分でも分かってはいるが、今更撤回するつもりもなかった。


「……アンタが強いって分かったらちゃんと呼ぶ」

「おっけーおっけー。んじゃさ、あの岩を見ててよ」


 俺の言葉に軽く二つ返事をした女は指を指し、その方向──十メートルほどだろうか、には俺の腰より少し上ほどの高さがある岩があった。


「バン」


 軽い声、同時に何かの駆動音。

 そして──


「なっ……」


 岩の中心に亀裂が入ったと思えば、直ぐにそれは全体に広がり、岩は砕け散った。

 慌てて女の方を見ると、してやったりという得意げな笑みを俺の方へと向けていた。正直、腹の立つ表情だが驚愕したのは事実だ。

 女の手には何かが握られていた。


「あ、これ? M1191、通称コルト・ガバメント。あ、改良型だから正確にはM1191A1かな?」


 俺の視線が右手に持った拳銃に向けられることに気づき、女は手のひらにそれを乗せて俺に見せ、説明を始めた。


「ガバメント、って名前カッコいいよね。今は他のに置き換わっちゃったけど、実に70年もの間に渡ってアメリカ軍に採用されていた。んー、この黒いボディがたまんない!」


 そう言って女は再び右手に拳銃を持ち、肘を曲げて銃口を真上の空へと向ける。

 これが、この女の異能ちから

 例えば、鈴谷のように『何でも壊せる拳銃作り出す能力』か?


「あ、これガスブローバック式のモデルガンね。弾は出ないから」


 女が引き金を引くとバレルがスライドしてやや重めの駆動音が鳴る。どうやら先程聞こえた音の正体はこれだったらしい。そして確かに女の言う通り、銃口から何かが出た様子はない。


「バン!」


 唐突に女は俺へ銃口を向けて引き金を引く。咄嗟に顔の前で両手をクロスするが、何の衝撃も痛みもなかった。


「あっはは! びびりすぎー。モデルガンって言ったじゃんか」


 そんな俺の様子をみて楽しげに笑う姿を睨みつけるが、悪びれる様子もなくひらひらと左手を振った。


「じゃあさー、今度はあれを見ててよ」


 指さす先に視線を送ると先程と同じくらいのサイズの岩が河原に転がっていた。女の顔を見るが、既にその岩に向けて拳銃を構えており、俺の方に向けられた視線がそちらを見るように促している。

 この女の力がまだ明かされていない以上、俺は素直にそれに従うしかない。


「ばん」


 気の抜けた声と駆動音。

 一瞬の静寂。


 ──そして、岩は綺麗に縦に真っ二つに割れた。


「ばーん」


 俺がその光景に唖然としている内に、再び声が耳に届き、次の瞬間にはそのすぐ横にあった岩が爆発した。


 ──そう、爆発。


 まるで予め内部に火薬が込められたかのように、或いは岩自体が爆弾だったかのように、大きな音を立てて岩が小さな石の欠片と砂と化して地面に落ちる。距離があったために俺の方にまで石が飛んでくるようなことはなかった。


「わー、すご。なんか、めっちゃ派手にやってるー」


 声が聞こえて背後を振り向くと、大蜘蛛から降りた蝶野が俺たちの方に向かって小走りに近づいてくるのが見えた。


「ばん」


 耳に届く小さな呟きと駆動音。


「──あ」


 そんな小さな声を出した蝶野の上半身が


「は?」


 蝶野の上半身がまるで風船のように破裂して血霧と化し、下半身はつんのめる様にして前方に倒れる。断面からは真っ赤な血が流れ、千切れた腸らしきものが飛び出ている。その少し遠くで大蜘蛛が倒れる姿も目に入った。


 俺は訳が分からずに女の方を振り向く。


「百発百中さ」


 女はトリガー部分に人差し指を差して、西部劇のガンマンのようにくるくると回してから、煙も何も出ていない銃口に息を吹きかける。その顔には自慢げな笑みを浮かべている。


 俺は蝶野の方へと視線を戻す。先程と何も変わっていない。下半身の断面から流れ出した血が周囲を濡らしていくだけ。


 再び女を見る、女は変わらず笑顔を浮かべているだけだった。


「なっ……えっ……」


 目の前で起こった状況に脳が追いつかず。理解しようとしてもできず。頭の中がぐるぐると回って、回って、回って。


「──うっ」


 込み上げる吐き気のまま、その場にしゃがんで嘔吐した。

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