第13話 実検

「……っっ!!」


 突然現れた姫華に、俺と鈴谷は校舎側へ、蝶野は校舎とは反対側へと反射的に距離を取った。


で密会? 私を殺す算段でも立ててたの? そんなの無駄なのに」


 俺へ視線を向けて口元に片手を当てながら、くすくすとわらう。二人きり、ということは蝶野のことは認識出来ていないらしい。俺に視線は向けたまま、何の予備動作もなく透明な膜から球状の物体が、俺の真横にいる鈴谷に向けて射出された。


「鈴谷!」


 既に黒刃を生成して正眼に構えていた鈴谷が刃を顔の前で立てると同時、頭部へ射出された不可視の弾丸は、その刃に触れ──両断。左右に分かれた弾丸は頭へ直撃することなく、顔の両側を掠めた。見えずとも切った感触はあったのか鈴谷は僅かに口角を上げ、そこで初めて姫華が視線を移す。


「ふぅん」


 然して興味は無さそうな声色だが、僅かに目を細める様子から想定外の自体であったことが窺える。


「キミ! 私の正面に!」


 その隙を見て鈴谷が叫ぶ。その言葉の意味を即座に理解して、鈴谷の身を守るように前へ出る。


「へぇ、お兄ちゃんを盾に使うなんて良い度胸してるじゃん」


 姫華の声に苛立ちが混じる。


 そう、盾。俺が間に入れば、姫華は鈴谷を攻撃することは出来ない。異能を得てから過去を思い返してみても、姫華の攻撃は常に直線的だった。側面から攻撃する必要が今まで生じなかった故かもしれないが、俺が鈴谷の前に立ってから追撃がないのは事実だ。透明な膜は姫華の周りを覆う形から動いていない。

 しかし、目を細めて薄らと笑みを浮かべる表情から感情は読み取れない。


 互いに、様子を窺う。


 後手に回れば勝ち目はないと分かっていながらも、次の行動が読めずに動くことが出来ない。

 それにしても、鈴谷の言葉は本当だった。目の前で、放たれた弾丸は両断された。切れた、のだ。防ぎようがないと思われた姫華の能力を。


「…………これは」


 じっとりと嫌な汗が滲む中、鈴谷が小さな呟きを零す。俺の背中に鈴谷のものと思われる手の平が押し当てられた。


「……ふふっ、やっぱり」


 続く呟きには笑みが混じった。この状況下で、何があったというのか。


「私にもわ」

「なにっ……!?」


 囁きは俺に向けてのものだった。視える、視えると鈴谷は言った。この状況で、その言葉が指し示す事実は一つしかない。無意識に唾を飲み込む。


「あの周囲を覆っている薄い膜がそうなのでしょう? キミの能力、凄いじゃない。。近くにいるだけで何となく、触れていればぼんやりと」


 その囁き声が聞こえたわけではないだろうが、姫華が動きを見せた。


 膜が脚の部分だけやや厚みを帯びたかと思うと、姫華は一足で俺達の左側へと移動し、俺が鈴谷との間に割り入る前に再び弾丸が発射され──鈴谷は左手を俺に当てたまま、右手に持った黒刃を袈裟懸けに振るって断ち切る。次いで、二度、三度と連射される弾丸も切り返しの逆袈裟で弾いた。


 視えていなければ、到底不可能。いや、視えていても常人であれば小さな弾丸状の物体を捉える事などできない。鈴谷の優れた動体視力と柔軟な対応力、攻撃に特化した異能、そこに俺の異能が相まって神懸り的な芸当を可能とした。


「攻めるわ! 先行して!」


 鈴谷は興奮混じりの声を上げて、俺に盾となるように命じる。例え盾代わりでも、利用されているのだとしても、それで殺せるのならば良い。出来れば止めを刺す役割は自分が担いたいが、その願望を優先する余りに好機を逃すくらいなら捨て去る。


 俺は鈴谷を自らの体で隠しながら、姫華へと距離を詰める。再び、脚を包む膜が厚みを帯びた。


「動く!」


 俺が声を発するのと同時に、姫華の姿が消える。


「後ろっ!」


 続く鈴谷の声に、反射的に体を反対方向へと捻った。刹那、鈴谷を狙った弾丸は再び黒刃によって切り捨てられ、俺が正面側へと移動することで姫華の追撃を牽制する。


「妬ましい」


 数メートル離れた先に立つ姫華は忌々しげに呟いて、淀んだ瞳を俺の背後へと向けた。それは自らの能力を切り裂くことに対してか、或いは俺と連携を取って戦っていることに対してか。いずれにせよ、出会ったばかりの即席コンビとしては息は合っているように思う。


 再び、姫華へ向けて駆ける。膜が膨らむ。


「動く!」

「左後方!」


 同時に身を翻して鈴谷が俺の背から出ないように動くと、今度は弾丸は発射されない。

 息が合っている、というよりも鈴谷が俺の動きに合わせてくれているのだろう。素人の俺はただ我武者羅に動いているだけだ。


 ただ、校舎側から離れないことで、移動先の一つを潰し、二方向へ絞らせることは意識していた。それだけで出現先は百八十度の範疇に狭めることが出来、それならば動体視力に長けた鈴谷が瞬時に発見してくれる。


「……お兄ちゃんのバカ」


 拗ねたような声色。やはり数メートル先に姫華は立っていた。俺と鈴谷が密着しているからか接近戦を仕掛けてくることはない。しかし、このままではいたちごっこだ。


「……強引に行く。我慢してよね」


 その意味を理解する前に背中に当てた手の平で俺の体は前方へ押し出された。


「がっ……!!」


 肺から空気が押し出される感覚に思わず声を上げるが、気づけばほんの少し先に姫華がいる。言葉の通り、俺の体ごと強引に距離を詰めたらしい。


「えっ……!?」


 急に近づいてきた俺の姿を見て、姫華はぽっと頬を色付かせていた。


「大好きなお兄ちゃん、返すわよっ!!」


 そのまま突き飛ばされる。戦闘中にも関わらず姫華は口を緩ませて俺を抱きとめんと両手を広げ、対する鈴谷は最後まで俺を盾として扱い、半身になって身を隠しつつ両手で持った黒刃を下段に構える。


「おにいちゃん!」


 花咲く笑顔で俺を抱きとめるその体は強大な力に反して年相応の柔らかさを持っていて、爽やかな柑橘が香り、瞬時に姫華への背後へと回った鈴谷は般若の如く顔を歪めて下段から思い切り切り上げ──



 ──キィン、と高い音を立ててその刃は不可視の壁に阻まれた。


「……切れる、と思った? さっきまで切れてたもんねえ?」


 姫華は俺を抱きしめたまま、明確な嘲りと喜色の滲んだ問い掛けを放った。ぐるり、と首だけが後ろを向く。姫華の表情は見えず、絶望に目を見開き黒刃を持った腕を力無く下げる鈴谷の姿だけが映った。


 直ぐにその目に光を取り戻した鈴谷は、黒刃を正眼に構え直しながら後ろに跳ねようとし──



「あっはは!」


 ──代わりに右腕を肩から跳ね飛ばされた。


「あっ、ああああああああああああああああああ!!!!」


「強度の問題だよお? すっごくみたいだけど、それよりも密度を上げちゃえば防げるよね?」


 痛々しい絶叫を背後BGMに朗々と姫華は語る。その言葉は、右肩を押さえて叫び続ける鈴谷にはきっと届いていないだろう。


「おにいちゃん、私強いでしょ?」


 姫華は自信のありげな、誇らしげな笑みを俺に向けて。

 直後、微かに首へ衝撃を感じると同時に俺の意識は暗闇へと落ちた。




 意識が戻る。


 眼前に映るのは見慣れた天井。どうやら俺は自室のベッドにいるらしい。周囲は薄暗く、時刻は判然としない。


 先程までのことは夢?


 違う。悲痛な叫び声が耳にこびり付いている。


『式神に私の異能チカラは付与できない』


 あの鈴谷は黒刃を扱っていた。それにあのタイミングで式神を準備していたとも思えない。ならば、俺の目の前で腕を切り落とされた鈴谷は本物だ。


 ベッドから上半身を起こすと、不意に部屋の電気が付けられた。


 反射的に部屋の入口へ顔を向けようとして、途中で止まる。


 部屋の中央。


 卓袱台ちゃぶだいの上。




 ──潰れた目から血の涙を流し、耳を削ぎ落とされ、卓袱台との接地面は引きちぎられたかのようにぐちゃぐちゃで。


 ──ほんの少し前まで一緒だったからこそ、その顔立ちとミルクティー色のボブカットと見間違えることはなく。


「…………すず、や」



 ──其処には鈴谷すずや 静子しずこの生首があった。


「ふぅん、そんな名前なんだ。試しにノコギリ型にしてみたら、全然切れなくてすっごく五月蝿くてねー」


 体は硬直して動かない。


 視線だけを動かすと、部屋の入口にはあの日のように顔と服とをどす黒い血で染めたアイツが立っていて。


「なんだっけ? 首実検くびじっけん? この前、時代劇で見たの。ソイツの名前なんてどうでもいいんだけどね、あはっ」


 悪魔は、何処までもたのしそうにわらった。


 



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