第12話 僥倖

「ゆーて、アタシら有利ポジ取ってるよね」


 校舎裏。脳天気な声色で脳天気な内容を言ってきた蝶野に俺は苛立ちを覚える。


「何処がだよ」


 俺たちが有利だと、何をどう見たらそう言えるのか。


「正確にはユータが、かな? だってさ、お兄ちゃんラブの妹ちゃんは、ユータを殺さない。だったら色々試せんじゃん。……ぶっちゃけさ、ユータってちょっと諦めてたトコあるでしょ?」


 色々試せる、それはそうだ。しかし、蝶野自身も言いにくそうに視線を逸らしたが、諦めてた、という言葉に再び苛立ちを覚える。

 アイツへの殺意が薄れたことなど、自分の異能が分かって茫然自失としていた数日以外は無いのだから。


「バットで殴ってたじゃん? 毎日毎日。それ自体は別にいいと思うんだけど、他に何もやってなかったからさぁ。なんてゆーか、ただのルーティンみたいに見えたんだよね。とりあえずやってみてるだけ、みたいな」

「…………」


 続く言葉に俺は閉口する。それに即座に反論することは出来なかった。

 日々殺そうとして殴りかかっていた。明確な殺意を携えて。しかし、頭の片隅では『無駄に終わる』と考えていた部分があったのではないか。蝶野の言葉が俺に自問自答させる。

 振り上げたバットをアイツの後頭部へと届かせるための努力を、研鑽を、俺は常にしてきただろうか。思考停止に陥っていなかったと断言出来るだろうか。


「あ、責めてるとかじゃなくて建設的な話ね? もっと色々試せるよ、ってこと。アタシとこの女が居れば」


 蝶野は鈴谷へと視線を送り、鈴谷はこの女呼ばわりされたことに対して睨み返すも、腕を組んで俺を見る。


「……協会も国も、その殆どが穏健派臭い物に蓋をするだけど、過激派──化け物アレを放置することは出来ない、と考える人達もごく少数いるの。そして、最早機能していない協会も、国との伝手つてという強力なカードを持っている。私の式神にしたって、個人で死体を入手するなんてできないでしょう?」


 死体の調達。それはそうだ。そこら辺に転がっているものでもなし、かといって自前で簡単に準備できるものでもない。

 そうか、その背後には巨大な組織があったのか。

 顎に手を当てて考える。バットという心もとなさすぎる武器、いや、最早武器ですらないもの。それを無意味に振るう日々からの脱却。アイツの頭を吹き飛ばし得る何か。それを得る手段。


 やはり、コイツらは有能だ。

 コイツらの異能だけじゃない、持っている繋がりが俺とは違う。俺には国はおろか、協会の伝手すら持ってない。寧ろ、彼らの大半はアイツを俺との世界に封じ込めようとしているのだから、俺個人での接触は無理だろう。

 けれど、コイツらならそれが出来る。その力を借りることができる。


「……例えば、何が手に入るんだ」


 鈴谷、そして蝶野へと順に視線を移す。


「何でも、はちょっと言い過ぎかもしれないけれど、それに近い。呪術的なものから、銃器のような近代兵器も可能よ」


 鈴谷は何処か得意げに語った。

 以前にアイツは背後からの狙撃を止めている。ただの銃弾では無い、大口径狙撃銃アンチマテリアルライフルによる狙撃を。しかも、本人は気づいていない状況での自動防御で、だ。近代兵器といえど、何処まで通じ得るかは正直未知数といえる。

 それに、もう一つ。


「でも、そういうのって訓練が必要だよな」

「そうなんだよねー。拳銃くらいなら何とかなるけど、それ以上だときびしーかも。あと呪術は専門性もあるし、ユータだとそーゆーの全く触れてないからなぁ…」


 蝶野は顎に人差し指を当て、僅かに首を傾げて考え込む。実際その通りなのだ。素人の俺にとっては、其のどちらも自分の手には余る。

 使いこなすとすれば、それなりの訓練が必要だ。呪術はそう易々といくものではないだろうから、本命としては銃器だろうか。


「ちょっとした結界くらいなら簡単だけど。……いえ、アイツはキミには攻撃はしないのだから無意味ね」


 鈴谷が思いつきを口に出すが、それは無意味であると直ぐに気付いて首を横に振った。

 色々と試せる、というのは今までになかった要素ではあるが、そう簡単にいくものでは無いようだ。

 そもそもからして、アイツと一緒に住んでいる中で、そのような時間を捻出出来るかも怪しい。見つかれば、銃器もバットのように鉄の塊にされて終わる。


「……とりあえず、拳銃を一つ準備してくれないか。それくらいなら何とかできる気がする」

「分かった。今度掛け合ってみる。私も今後に備えて幾つか死体も用意してもらいたいから」


 気休め程度でも、バットよりは余程増しだ。鈴谷に頼むと簡単に承諾を得られた。


「えーと、えーっと、アタシは……そうそう! 妹ちゃんに存在バレてないのってかなりアドバンテージだよね! 不意打ちとか、あとあと、んー……他にも色々! 役に立てることはあると思う!」


 置いてけぼりになると思ったのか、蝶野が片手を上げてぴょんぴょんとその場で跳ねて自らの有用性を訴えた。蜘蛛もその姿を見て、隣で触肢の片方を上げている。


 第三者の存在を認知して、それからは予想外の展開が続いたが、それは停滞を迎えていた俺にとっては思っていたよりもずっと有益なものだった。

 蝶野は、あまり考えたくはないが、常に近くにいて俺だけに姿を見せることが出来るのだから作戦や連携は取りやすい。

 鈴谷は、姿こそ隠せないがアイツが学校にいるような、こういった昼休みの時間であればまた話すことが出来る。


 出来るだけ早く殺したい、その気持ちはあっても、だからこそ入念な準備が必要だ。一度失敗してしまえば、二度目は無い。

 蝶野こそ姿を現さなければ問題は無いが、鈴谷はそういう訳にもいかない。いざ戦いになればアイツを殺さない限り殺される。

 真偽は未だ分からずとも。『何でも切れる』と、実体があるのであればアイツの能力ですら切れると、そう豪語した姿は頼もしくはある。

 蝶野と俺とでは攻撃力、という点で不安が残る以上、鈴谷の存在はアイツを殺すのに不可欠なものになるだろう。


 この三人、或いは他にも誰か加わるかもしれないが、俺一人と比べたらその戦力は雲泥の差だ。これなら、どうにか出来るのではないか。




 ──俺は、愚かだった。


 アイツは、古くから蔓延はびこっていたあやかし達を殺し、手練の異能者を難なく殺した。


 アイツは、人類を滅ぼせんとする悪魔と軍勢、そして強大な力を持っていた筈の勇者たちを殺した。


 そんな、化け物なのだ。














「ねえねえ、何のお話ー? 私も混ぜてよ」


 俺の真横から、何の気配も立てず。


 ──化け物が、現れた。


__________________________

想定より短くなるかもしれません。

やっぱりこういう作品(ファンタジーやバトル含む作品)は難しいです……。



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