第14話 発現
そろそろ連絡が来るだろうと思い手元にスマートフォンを準備していると、ちょうど着信音が鳴った。
「もしもーし、蝶野でーす。あ、今の状況っすか?」
アタシは目の前の光景に視線を向ける。気絶させれられたユータは化け物に抱きしめられ、片腕を切り飛ばされた少女は絶叫を上げている。
「鈴谷ちゃんが勝てるわけないのにバトり始めて、絶賛殺され……」
アタシの言葉はそこで止まった。想像を絶するであろう痛みと絶望の中、鈴谷ちゃんはゆらりと立ち上がったからだ。絶叫は止み、しかし彼女の目は虚ろで何も映していない。
「あっ、いや。今いいトコで」
もしかしたら、そんな予感めいたものがアタシの頭を過ぎる。
今度は、鈴谷ちゃんの左腕が切り飛ばされた。その衝撃で数歩後ろに下がるが、今度は体勢を崩さないどころか、叫び声一つ上げはしない。
不意に、その目に光が戻った。
「あはははははっ……!!」
先程までとは正反対の、何処か楽しげな笑い声。それは化け物ではなく、確かに鈴谷ちゃんの口から発せられたものだった。
アレが不快そうに目を細めると同時に、鈴谷ちゃんの両腕の根元から真っ黒な触手めいたものが生え、右腕代わりとなった其れが無造作に振るわれる。
──キン、と何かを弾くような音が聞こえた。
続けて左腕代わりの其れが振るわれ、再び音が鳴る。どう考えても、アレの攻撃を弾いていた。
「何それ、気持ち悪い」
うねうねと蠢く黒い物体に、アレは益々不快げに顔を歪めて吐き捨てるように呟き、鈴谷ちゃんが左右の触手を顔の前で交差すると同時に、金属音めいたものが連続して響く。恐らく、乱射したのだろう。
そして、その全てを受け切った。とはいえ、触手で守れていない下半身は真っ赤に染まり、そのズタズタになった太股からは骨のらしきものが見えるほど無惨なものではあったが。
それでも、痛みの声は上がらない。寧ろ、獰猛な笑みを浮かべ、その瞳は爛々と輝いている。
「あっ、ははははははは……!!」
狂ったような笑い声を上げた鈴谷ちゃんは右の触手を縦に振るう。不自然に伸びた其れは振り下ろされ、しかしアレには届くことなく弾かれた。続けて、左の触手で横殴りにする。それもまた、不可能の壁に阻まれた。
そして、あっさりと両方の触手は切り飛ばされて消滅した。
馬鹿だ。余りにも隙を晒しすぎだ。尤も、そんな思考力すら残っているかすら定かではない。
「あっ」
ついでとばかりに両脚を根元から切り飛ばされ、
今度は足の根元から黒い触手が生え始め──それは容赦なくアレに切り飛ばされた。
再び腕の根元から──しかし、切り飛ばされ。
「っぁぁぁぁぁ……!!!」
顔を上げた鈴谷ちゃんの顔から戦意は消えていない。気合いの声と共に腕と足が何度も生えては切り飛ばされの応酬を繰り返し、やがて、彼女の顔は地に伏した。
死んだのか、気を失ったのか。普通であればとっくに失血死しているだろうが、断面を覆う黒い膜によって出血は抑えられているようだった。
「…………気持ち悪い」
再びアレはそう吐き捨てた。正直、その言葉には同意せざるを得ない。
そして、達磨状態の鈴谷ちゃんとユータが何かに包まれたかのようにふわふわとその場に浮き、アレは左右に二人を連れて校舎裏から去っていく。
アタシはそれを見て、鈴谷ちゃんに同情したわけでもなく、何を考えるわけでもなく、何となく、本当にただ何となく、強いて言うなら好奇心で、アレに向かってナイフを投擲した。
「…………っっ!!」
──そして、アタシのナイフは、アレの頬を掠めた。
こちらに振り返ると同時、アタシのもたれ掛かっていた木が、アタシの首の高さで切断されて大きな音を立てて倒れる。当然、存在していない私に当たることは無い。そして、アレも私の存在を認識できない。
アレは驚愕に目を丸くして、自身の頬に手を当てる。そこには一筋の赤い線が引かれ、血が流れ出ていた。
アタシの目の前まで近づいてきたアレは、血走った眼で辺りを見回す。アタシは自分の力に自信があるから特に動じることなく、ただ立っているだけ。
アレが腕を真横に一閃する。
一拍置いて、アタシの周囲の木々が盛大に音を立てて倒れていった。
「…………まぁ、いいわ」
なぎ倒された木々を見渡し、アレは舌打ちと共にぽつりを呟きを零す。
さすがにこれだけの騒ぎを起こせば人が来そうなものだが、最初に集まった時から校舎裏一帯の空間をずらしていた為にギャラリーが集まることはない。
さすがに干渉できるのは空間だけで、その中にいる人物、例えば鈴谷ちゃんの存在をアタシのように消すことは出来ないが、この能力は結構万能なのだ。
何故、アタシのナイフは届いたのか。
もしかすると、この世界で初めてアレに傷を付けたのかもしれない。
とはいえ、存在を消すことに終始するアタシとしてはやってはいけないことだった。好奇心というのは厄介なものである。
アタシは別にアレを殺すことに興味の欠片もない故にそれ以上は考えなかったが、ユータには後で報告しておかなければならない。
「…………やった。やった、やったー!」
ユータの役に立てる、それだけでアタシは踊り出したいくらいにテンションが上がっていた。
手元のスマートフォンから怒号が響く。通話中だということをすっかり忘れていた。
「…………あっ、すみません! すみません! ええっとぉ……ちょっと色々あって」
何から伝えればいいだろうと考えながら空を見上げる。
「とりあえず鈴谷ちゃんは死にましたー。たぶん。もし死んでなくても、もうダメっすね。達磨だし。……え、アタシのせいじゃないですよ!? アタシの役目はあくまで監視? 観察? じゃないですか! 元々ユータにだって姿を見せるつもりじゃなかったのにー。まぁ、オトモダチになれたんで結果オーライですけど。……あっ、結局薬指受け取ってもらえてない……せっかく準備したのに……──あ、はい。すみません。聞いてます」
自分の世界に入りかけたところで再びの叱責を受け、アタシは姿勢を正す。
「あ、それと。例のやつ、マジモンっぽいっす。ですですー、それのコトです。ホントですって! アタシ見たんですもん! まぁ、詳細は後で報告するんで。……え? いや、ユータを追いかけないと……常に視界に入れとかないと発作が……そろそろヤバくて……。はい、ども。はーい」
通話を切る。
アレに傷をつけた件は、報告しなかった。
ユータとだけ共有して、二人だけの秘密にしておこうと思ったからだ。
報告した方がアレを打倒する一助にはなるのかもしれない。けれど、それはアタシにとってはどうでもいいことだ。それに、アタシの直感がもう同じことは引き起こせないと言っていた。なら、やはりどうでもいい情報。それなら、二人だけの秘密、という甘美な響きに溺れたい。
それよりは、例のやつの方がよっぽど重要。
それは、鈴谷ちゃんが最期に見せた光景。
彼女の異能は『手に取った棒状の物体を何でも切れる刃へと変える』こと。何でも、というのは覆されてしまったものの、それが能力であることは間違いない。
では、あの気持ちの悪い真っ黒な触手は?
何も無い空間から──正確には彼女の体から──生み出された刃物ですら無い物体は?
長らく、議論はされていた。
しかし、その条件から観測することが難しく、見たという者が現れても見間違いであると一蹴されることが殆どであった事象。
──それは、死の間際に新たな異能が発現するというモノ。
私は見た。第三者の立場から、冷静さを保った状況で、それを観測した。ただ、結局のところ、詳細は分からない。元々持っていた能力に関係したものなのか、それとも全く別のものなのか。
「ま、いっか」
そんなこと、考えたって仕方のないことだ。ぶっちゃけ、どうでもいい。ただ観測した、本当のことだった、それさえ報告すればアタシの仕事は終わり。
そんなことよりユータだ。
自宅へ向かったのは分かっているが、ユータをずっと見ていたからこそ、それが日常だったからこそ、彼を視界に入れておかないと落ち着かない。精神衛生上、よろしくない。
「
そんな訳でアタシは
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