第37話 その名、変わりしモノ

ども、坊丸です。

たくあん漬けこと干し大根の糠漬けができあがった感じですが、なんだか、お滝さんから更に無理難題が降りかかるご様子。




「なに、大したことじゃないよ。前に作った、鴨の味噌漬けが少し残っててさ。大分漬け込んだ時間が長くなっちまったから、そのまま焼いて出すとかなりしょっぱいんじゃないかと思って。しかも量は少ないしね。かと言って、捨てるには忍びないし、ねぇ」




「ちょっと漬かりすぎた味噌漬けの鴨肉ですか…。あ、これですね。しかも焼いて出すには一人前ちょっとってくらいですもんね」


いくら保存のためとは言え、あまりしょっぱい鴨肉を親父殿や婆上に出すわけにもなぁ。


この時代の人たち、しょっぱい味付けは基本好きだから、しょっぱいと文句言いながら食べそうだけど。




「殿さまと奥方さまにすこしだして、坊丸様に無しにすれば、おかずの足しにはなるけど」




「駄目です。それは駄目です」




「だよね。じゃ、何か考えておくれよ」


っつ!いま、お滝さんに食欲を利用してうまく掌の上で転がされた気がする。


なにか、使えるのはないかなぁ。あ、卵あるじゃん。え、こないだもらってきたのは、親父殿が領地の視察の時に特別に分けてもらったやつじゃないの?




「あぁ、その卵かい。先日の織田の殿様を清須で饗応した時に、坊丸様が織田の殿様から卵をつかった料理でほめてもらったことを、卵をくれた村の名主にうちの殿様が感謝の言葉とともに伝えたら、その名主が感激して、屋敷に持ってきてくれたんだよ。有り難いことさぁね。多めに生んだときは届けてくれるっていうから、おかげで継続的に真夜寝酢や多留多留蘇酢が作れるかもしれないよ。そしてなにより、うちの家計が助かる。台所を預かる身としてはありがたいったらありゃしないよ」




「それは、すごい。じゃあ、卵をつかって他人丼を作りましょう。お滝さん、合わせ出汁は作れます?すこしでいいですから。お千ちゃんは、卵を4、5個割ってかき混ぜといて」




「あいよ」「わかりました」




「お千ちゃん、卵はあえて均一になるまで混ぜなくていいよ。うん、そんな感じ。じゃ、鴨の味噌漬けの残りを親指から小指の頭くらいの大きさに切って」




「大きさ、不揃いで良いんですか?」




「ここはあえて、不揃いで」




「坊丸様、大丈夫、親指の頭くらいの大きさでって言っても、お千は勝手に不揃いにしてくれるよ」


出汁を取りながら、お滝さんが、クスクス笑いながら、お千ちゃんをナチュラルにディスりましたが、ここは乾いた笑いを少し出しただけでスルーです。




「うん、お千ちゃん、その鴨肉は、溶き卵に入れておこうか。入れ終わったら、さっき持ってきたネギを一本分、斜め切りでお願い」




「出汁は取り終わったよ。せっかくだから、この昆布も使うかい?」




「いや、今回の料理には昆布は入れないほうが良いですね。昆布は大根の糠漬けを細かく切ったものと和えましょう。あ、大根の糠漬けは輪切りのやつがあくまで主ですからね。輪切りのほうを多く作ってください」




「わかった、お千がネギの斜め切りしている間に、やっとくよ」




「お千、ちょっといいかしら、明日、私休むから、頼みたいことが…」む、またしても試食の時にはタイミングよくあらわれる、お妙さん登場です。




「また、三人で何か作ってるんですね?私も食べさせてくださいね?」はいはい、わかってますよ。




「作ってるって言っても、途中さぁね。で、次はどうするんだい、坊丸様」




「味噌漬けの鴨肉を溶き卵から出して、出汁とネギで炒めるところですが、もうすこし溶き卵に味噌漬けの旨味、塩味が移るまで待ちましょう。ということで、たくあんを食べてすこし待ちましょう」




「たくあん?この干し大根の糠漬けはたくあんっていうのかい?」


やっべ、またやっちまったよ。沢庵禅師は安土桃山後期から徳川家光くらいの時期の人だからまだ存在すらしてないかもしれないのに…




「いえ、先日、小牧山の沢彦禅師のところに行った時に、こんな漬物があるっておっしゃっていたから、たくげんって言ったんですよ」


すいません、またまた、私、嘘をついております。




「まぁ、この大根の漬物は沢彦禅師が考案の漬物なのですね!有り難いことです!でも、坊丸様、沢彦禅師を呼び捨てにしてはいけませんよ。沢彦禅師は臨済宗妙心寺派のなかでも名のあるお方なのですからね。沢彦禅師は沢彦禅師、このお漬物は、たくげん漬けときちんと呼び分けてください」


「はぃ…」


なんか、お妙さんにマジ説教いただきました。


この時間線では、「たくあん」ではなく「たくげん」になること確定しつつあるなぁ。


ま、自分が言い出したんだけどさ。こりゃ、沢彦禅師に謝りにいかないとなぁ…。名前の由来、口裏合わせてくれないかなぁ…。




この後、しばし、沢彦禅師が、伯父上の教育係を務めたうえ、尾張の人々にいかに信頼されている名僧なのかをお妙さんから聞かされました。二人でたくげん漬けをかじりながら。


え?お滝さんとお千ちゃん?沢彦禅師の話が始まってすぐに水を汲んでくるとか薪を取ってくるとか言って、逃げ出しやがりましたよ。で、一人でお妙さんのお話し聞くはめになったのですよ、とほほ。




で、お妙さんの話がひと段落したところで、料理再開です。




お滝さんに溶き卵から、鴨の味噌漬けを取り出してもらい、ネギと一緒に炒めてもらった後、出汁ですこし煮るようにしてもらいました。最後に、溶き卵をいれて卵とじにしてもらい、完成です。


自分的には、卵が固まり切ってないトロトロの部分多めが好きですが、夕餉まで少し時間があるので、比較的火はしっかり目に通して、わずかに半熟部分を残し、あとは余熱で、どこまで固まるかってかんじですね。


夕餉では、親父殿と婆上さまは別皿で、自分の分はいつものより大きめの丼ぶりでご飯の上に最初から乗せて出してもらうように、お滝さんに頼んでおきました。


で、一部分は試食に回します。




「うまぁ~」


「うん、出汁しか調味料使っていないから、どうかと思ったけど、なかなかどうして、鴨の味噌漬けから塩気が玉子に移ってるね、くたっとしたネギの甘味もいい」


「鴨の脂の旨味と玉子のふわっとしたところが最高ですね」




で、夕餉で他人丼、出していただきました。


親父殿は、自分がやっていたどんぶりスタイルをすぐに真似して、大盛にしてもらったごはんをかきこんで食べてましたよ。さらに、たくげん漬けだけでもう一杯食べてたしね。


他人丼、ごちそうさまでした。


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