第21話 鷹狩と鉄砲と
「坊丸は、料理ばかりして、武術や勉学を、怠けているわけではあるまいな?」
信長のその言葉に、柴田勝家は、焦った。自分の指導不足を指摘されているのもの同じであるからである。
「と、殿、坊丸は、料理ばかり作っているわけではありません。そこにいる佐久間盛次殿の嫡男、理助殿などと剣術や相撲など体を鍛えておりまする」
「まことか、盛次」
「はぁ、何度か理助より坊丸殿と相撲を取った話は聞いたことがございますな」
「フム、剣術や体力作りは、まぁ、良しとしよう。勉学の方はどうじゃ、勝家」
「坊丸は、既にかな、漢字の書き取りは問題なくできていますし、漢文については白文はまだまだですが、訓読文なら問題なく。計算も、不思議な模様でなにやらやっておりますが、算盤を使わずともかなりできますな」
「読み書き計算も、年齢よりは良くできているということか…。ならば、料理くらいはしかたないか。武士としては食い物の工夫ばかりしていては困るがなぁ」
「はっ、殿からのお言葉、坊丸に伝え、よりいっそう励むように申し伝えます」
「勝家、より励むよう、しかと伝えよ。それと…」
「それと?」
「真夜寝酢なる酢の物、食べてみたい。それに、このさんが焼きの焼く前の生のものというものもな。勝家、10日後、清須城に坊丸を連れてこい。そこで、真夜寝酢を使った酢の物等を作らせよ」
「かしこまりました。ちなみに皆にも振る舞うので?」
「いや、儂と帰蝶、吉乃、それと奇妙だけにする」
「わかりました。坊丸にもよくよく申し伝えまする」
「ならば、良し。それと鯵と酢以外に必要なものがあれば、数日前に伝えよ。食材くらいはこちらで用意する。さて、皆の衆、最後にもう一度鷹狩りを行うぞ。最後の狩り手は、橋本一巴、お主じゃ。ここにいる皆にお主の鉄砲の腕前、見せてやってくれ」
「御意。本日は、殿も鉄砲をご持参の様子。つきましては、火縄が湿った時に備え、予備としてそちらをお貸しいただきたく」
「あい分かった。儂の鉄砲を貸すからには、しかと獲物を仕留めるのだぞ」
「ははっ」
信長の近習、小姓、馬廻りはもちろんのこと、佐久間党、林秀貞、柴田勝家ら老臣たちも、信長が橋本一巴について、月に数度、木の的を鉄砲で撃ち抜く訓練をしているのは知っていたし、村木砦の戦いでは鉄砲隊を砦を攻めるのに使ったのも見ていた。
しかし、鉄砲で飛ぶ鳥を落とせるのか、そんな精密な射撃が出来るのか半信半疑の様子であった。
特に林秀貞は、信長が大量の鉄砲を買い付けた際に大金を支払ったことを面白く思っておらず、他の老臣たちに比べると不信の色が濃い。
陣幕を引き払い、鳥見の係りのものが獲物の所在を知らせに来るまでに、橋本一巴は、鉄砲を収納袋から出し、火薬、弾丸の順に詰めていく。火口に火縄をかませ、火をつけない状態で動作確認をおこなう。その後、信長が、自分の鉄砲を橋本一巴に渡し、一巴は手早く火薬と弾丸の装填を行っていく。
橋本一巴が信長の鉄砲に弾丸を押し棒で押し込んでいるところに、佐脇良之が獲物の所在を知らせに来た
「南に8町ほど、川に突き出た藪の中に鴨がいました」
「では、一巴、そなたの鉄砲の腕、見せてもらおうか」
「はっ」
信長の指示のもと、向かい待ちの衆が動き出す。今回は、馬乗りの山口の出番はない。信長と近習、老臣たちは、静かにかつ足早に目的地に近づいていく。それに気がついた青貝が素早く信長と橋本一巴に獲物の位置の詳細を伝える。
橋本一巴は、3町程の位置で、信長以下全員を動かないように指示し、自分の火縄銃と信長から借りた火縄銃を持った従者の二人だけで身を屈めて近づいていく。2町程の位置まで近づいたところで、一巴は向かい待ちの衆に合図を送りつつ、火縄に火をつける。
向かい待ちの衆が音を立てると、数羽の鴨が一巴の方に追いたてられて、飛び立った。
一巴は、スッと立ち上がり、一番先を飛ぶ鴨に狙いを定める。
「パーーーーーンッ」渇いた発射音と共に白煙が上がる。一巴に向かってくる鴨の尾羽が弾け飛び、鴨はわずかに高度を下げるとともに混乱してばたつく。
「外れたぞ!」
老臣たちが外したことを指摘するが、一巴は、慌てず、指示を飛ばす。
「次っ!」
従者は、撃った後の火縄銃を手早く一巴から受け取り、予備の火縄銃を手早く渡す。
予備として預けられた信長の火縄銃、それを渡された一巴は、すぐさま照準を会わせ、第二射を放つ。
「パーーーーーン」
第二射は、足掻くように羽ばたく鴨の左の翼を射ぬいた。片翼の揚力を失った鴨はきりもみしながら、河原に落ちた。
「向かい待ちの衆、宜しくお願い申ーす」
一巴は、向かい待ちの衆に声をかけつつ、鉄砲を従者に渡したのち、打ちおとした鴨に向かって走り出す。
向かい待ちの衆から鴨を手渡された一巴は鴨を右手に掲げながら、信長の側までゆっくりと歩いてくる。
「殿の鉄砲のおかげで仕留められました。獲物はこちらです」
「で、あるか。一巴、良くやった。初手を外した時はひやひやしたぞ」
「申し訳ございません、思ったよりも鴨が小さく早くござった」
「まぁ、良い。一巴、さすがは俺の師匠!誉めてとらす!」
一巴から鴨を受け取った信長は機嫌が良さそうであった。
橋本一巴が鴨を火縄銃で打ちおとしたあと、再度陣幕を張り、本日の総評となった。
「本日の鷹狩りはこれまでとする。皆のもの、一巴の鉄砲、どう思った?」
信長のその問いかけに、林秀貞、佐久間信盛、佐久間盛次は、橋本一巴の鉄砲の腕を褒め称える。
その三名と違い、佐久間盛重と柴田勝家は、少し考え込んでいるようであった。
「盛重、勝家、どうした?鉄砲はどうだった?」
「はっ、ではそれがしから。ちなみに一巴殿、鴨は鴨の胴体を狙ったのだな?」
「無論です、柴田殿」
「鴨の胴体を狙って、尾羽と左の翼程度のずれならば、人の胴を狙えば、からだのどこかには当たる道理。村木砦では、狭間にうちかけておられましたが、戦でも十分使えそうですな」
「そこよ、柴田殿、鉄砲が活躍する場は、城を守るときや防衛戦と見た。狙ったところに敵兵を誘導して、打ち込む、これが良いのではないか?」
「確かに、そうですな、盛重殿。後は、あの音と煙も使えそうですな。伏兵で使うのはいかがでござろう」
佐久間盛重と柴田勝家は、林秀貞らと違い、戦働きで名の知れた老臣である。一巴の射撃を見て、自分ならどう戦に使うかをすぐさま考えるのが習い性になっている。
「盛重、勝家、いずれはそなたらにも鉄砲隊を率いさせる。が、今は国友村に500丁の発注をかけたが、奴ら売りしぶりおって、手に入れられたのは100丁にも及ばん。とりあえず、将来に向けて、鉄砲を戦でどう使うか、少し考えておけ」
と、信長は、佐久間盛重と柴田勝家に鉄砲隊の構想があることを語るのだった。
「さて、本日の鷹狩りはこれにてしまいじゃ。佐久間盛重にはそなたがとった雉、柴田勝家には自分で捕った鴨と一巴の撃った鴨、計2羽じゃ。林も自分で捕った雉を渡す。ただし、太田牛一の助力があったからこそ、雉がとれたのであるからな、少しは牛一に分けてやれよ。信盛と盛次には、後刻捌いた雉の肉を屋敷に届けさせる」
「ははっ」「ありがたき幸せ」
「太田殿、後で、捌いた雉の半身、屋敷に届けさせる。今回は、助力ありがたかった。恥をかかずにすみ申した」と林秀貞が太田牛一に声をかけている。
「牛一、良かったな、足の一本もと思って林に伝えたが、半身もらえるそうじゃ。林も気前が良いものよの。さて、皆の衆、帰るか」その言葉を聞いた信長が、少し茶化しながら、終了の合図を出した。
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信長よりもらった鴨二羽を従者に持たせ、柴田勝家は帰路に就いた。
今日は土産話がたくさんある。
特に、坊丸には、信長様への食事の饗応のこと、失礼がないように申し含めなければな、と思いながら勝家は馬上の人となるのだった。
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