第20話 鷹狩とさんが焼きと
永禄元年 春。信長は信行を謀殺した後、母に数度なじられたことからの気分転換と軍事演習を兼ねて鷹狩りを大規模に催した。
信長自慢の精鋭の近習衆、馬廻衆、鉄砲の師匠の橋本一巴の他、林、佐久間、柴田等の老臣達も呼ばれている。
朝早くから各々集まり、信長騎下のものがメインの集団で、その回りに林秀貞の一党、柴田勝家の一党、佐久間党は盛重、信盛、盛次の三家に分かれている。
信長の鷹狩りは軍事訓練の色合いがとても強い。自分の近習や馬廻りのものを鳥見と称して二人一組にして、周囲に派遣する。雉や鴨、野兎等を見つけたら一人はそのまま獲物を見張り、もう一人は信長の元に報告することになっている。戦場で言えば偵察部隊を二人一組にすることで、発見成果の報告と発見後の経時的変化を観察が可能ということになる。
信長の護衛は六人衆と言われる。弓担当は三名。浅野長勝、太田牛一、堀田孫七が担当。槍担当も三名。伊藤清蔵、城戸小左衛門、堀田左内が担当。これも戦場ではそのまま護衛役を担当している。
馬乗りという係が獲物の回りを乗り廻し、次第に獲物に近寄る。その影に隠れて信長は、鷹を手に据えて獲物に近付く。ある程度距離を詰めたら走りながら鷹を放ち、鷹に獲物を捕らえさせる。獲物を確実に捕らえるために向かい待ちという役割の者が、鷹が獲物と組み合っているときに獲物を抑える仕事を行う。
信長の本陣に鳥見の役に選ばれた小姓の佐脇良之が駆け込んでくる。
「殿、北に十町ほど、河原の中の藪に雉を見つけました。青貝が見張っております」
「で、あるか。六人衆と馬乗りの山口、速やかに向かうぞ。佐久間党、林、柴田らの老臣も供の者のみ連れて、共に参れ」
「はっ」
信長らは一向は、獲物の近く二町程の所まで移動する。その様子を見て、見張りの青貝が戻ってきた。
「殿、あそこに見える藪の中、ここから見て左寄りに雉が1羽おりまする」
信長に獲物の詳細な場所、様子を伝えるのだ。
それを聞きながら信長は、担当の鷹匠から鷹を受け取り、肘近くまである革の手袋をつけた左腕に鷹を止まらせる。
馬乗りの山口に目線を送りつつ、向かい待ちの係のものたちを獲物から見て自分と反対方向に大きく回り込ませる指示を手早く出していく。
向かい待ちの係の者から配置についた合図が出たのを見て、馬乗りの山口と共にゆっくりと獲物の方に向かい始め、少し進んだところで林や柴田ら老臣に、自分が獲物を捕らえる様子が良く見える位置まで移動するよう、顎をしゃくって指示する。
その指示を受けた老臣は、獲物に警戒されぬよう音を立てないようにゆっくりと移動し始める。
一方、信長は鷹を左腕に止まらせたまま、老臣達の様子を振り替えることもなく、馬の影に潜み、じわりじわりと獲物に近付いていく。
信長と山口の乗る馬が獲物から一町をわずかに切った程の距離まで来たとき、背を屈めた信長は今まで息を殺した静かな動きから一転、一気に獲物に向かって走り出す。
その動きに会わせて、向かい待ちの者共が笛をならし、手を叩き、持っていた鍬の柄を鳴らすと、獲物の雉は急な大音量に驚き、走り寄る信長の方に向かって飛び立つのだった。
雉が信長の背より少し高いところまで飛び上がったとき、信長の左腕から鷹が放たれた。
鷹は一気に加速し、雉目掛けて飛んで行く。雉が鷹の方に気が付いたときには、既に鷹は雉の目の前に到達。その鋭い爪を雉の身体に食い込ませ、そのまま地面に雉を押さえ付ける。
鷹が雉を捕らえたのを見て、向かえ待ちの係の者は、雉の方に走り出す。
「よし、良くやった、雉をとらえたな」
信長は鷹を誉める言葉をいつもの大声で発し、ゆっくりと鷹から雉が逃げようと地面でもがくところまで悠々と歩いていく。
向かえ待ちの係のものが、雉を棒でおさえ、軽く打ち、動かなくなったところで、信長は、鷹の名前を呼んで左腕に鷹を呼び戻し、鷹に鶏肉の欠片を与えるのだった。
「林、柴田、佐久間ら、どうじゃ、雉を捕らえたぞ」
向かえ待ちの係のもの、から雉を渡された信長は、左腕に鷹を止まらせたまま、右腕で仕留めた雉を高々と掲げて、満面の笑顔で老臣たちの方に戻ってくる。
同じように二度、雉と鴨を捕らえたところで、信長が、老臣たちの鷹狩りの腕を見たいと言い出した。
信長の無茶振りには慣れたものの老臣達である。速やかに自分達の鷹を準備し、信長の元に集まる。
「皆のもの、準備万端整ったか、ならば初手は、佐久間党の盛重、次いで、林、最後に柴田の順で鷹狩りを行うか、良いな」
「「「はっ」」」
当然、名前を呼ばれた順番も無意味ではない。老臣たちの中の現在の席次は、筆頭が佐久間党、そのなかでも佐久間盛重が一番手、佐久間党の残り二人の席次は不明だか、その後、林秀貞、最後に柴田勝家と言うことになる。
佐久間盛重と柴田勝家は、見事に獲物を仕留め、それぞれ雉と鴨を捕らえた。林秀貞は、雉を逃がしかけたが、信長の護衛のうち、弓三名が助勢し太田牛一の放った矢が雉にあたり、地面に落ちたところに再度鷹を放ち、これを捕らえた。そして、捕らえた獲物は、主催者で鳥見の役や向かい待ちに人々を出している信長の元に献上される。
「盛重、勝家、見事な腕前じゃった。今後の岩倉との戦でも奮闘を期待しておる。林は、見事とは言えぬが、獲物は捕らえた、善しとしよう。走り回って腹が減った。一度やすんで飯にしようか」
「「「はっ」」」
河原に簡単な陣幕が張られ、上座に信長が床几にすわる。その左右に佐久間盛重と信盛が向かい合って座り、次いで、佐久間盛次と林秀貞が向かい合っている。一番下手に柴田勝家が座っている。
各々、鷹狩りの時の様子を語りながら、握り飯を頬張り、漬物や味噌でにこんだ芋がら等をかじっている。ただ一人、柴田勝家は、昨日、坊丸が作ったさんが焼きを五枚持ち込んで、握り飯とさんが焼きを交互に食べている。
「勝家、お主、何を食っておる。それ、大葉のあいだに何やら茶色いものが挟まっておるであろう」
さんが焼きを食べる柴田勝家の様子を見て、信長が声をかける。
「はっ、さんが焼き、と申す食べ物でございます。鯵と味噌、野菜を混ぜて焼いたもの、ですな。先日、末森城での仕置きのあと、預かった坊丸めが、作り出してございます」
「旨いか?」
「旨いですな。鯵と味噌、生姜にネギ、後は大葉でございますから、まぁ、相当に下手に作らぬ限り上手くできまする」
「であるか」
「よろしければ、一枚、殿にこの場で献上させていただきまするが?」
「で、あるか。勝家、では、一枚、所望しよう」
柴田勝家は、既に一枚半食べてしまっていた。さすがに主君に食べ差しを渡すわけには行かず、まだ口をつけていない、三枚のうち一枚を懐紙に載せる。
信長の小姓が素早く走り、勝家からさんが焼き受け取り、信長の前に持ってくる。
信長は、手早くさんが焼きを小姓から受けとると、躊躇なく頬張る。
「旨いなぁ!勝家!これは良いな!」
信長が美味しそうに食べるのを林や佐久間達が見ている。
その様子を見て、ため息を一つついて、柴田勝家は、残り二つのうち、一つを一かじりし、一つを懐紙にのせ、懐刀で四等分にする。
「佐久間殿、林殿、一欠片となりまするが、宜しければ振る舞いますが、いかがですか?」
「お、柴田殿、お気遣い有難い。殿の様子を見て、気になった」
「本当にな、殿が旨そうに喰うからな」
「勝家殿、ありがたくいただく」
「すまんな、いただく」
その様子をさんが焼きを口に咥えながら見ていた信長は、一瞬目を細め、小姓達の方に見たあと、顎をしゃくる。
さすがは信長の小姓達である。信長の仕草から意図を読み取り、切り分けられたさんが焼きを林や佐久間達に手早く配る。
佐久間や林達が、旨い旨いと食べていると、信長が柴田勝家に聞いた。
「勝家、ちなみにこれはどう作るか聞いておるか?」
「は、坊丸が言うには、鯵をたたいたものに、味噌とネギ、大葉と生姜を混ぜてさらに粘りけが出るまでたたいて、それを大葉ではさんで焼いたものだそうです」
「ん、これは坊丸が考えたのか?」
「考えたわけではないようです。東国の安房だか上総だかの漁師飯だと言っておりました。ちなみに、今回のさんが焼きは、火を加えてありますが、これの火を加える前、生のものがございましてこれがさらに旨いのでございますよ」
「勝家、儂が上総介を名乗っているから。おもねってそのように言った、と言うわけではないのだろうな」
「はっ、坊丸はその様な意図は無いものと存じます。このさんが焼き以外にも、卵の黄身と酢を用いた真夜寝酢和えなる見たこともない酢の物、和え物を作り出してございます」
「で、あるか。しかし、坊丸は、料理ばかりして、武術や勉学を、怠けているわけではあるまいな?」
信長のこめかみにすこし青筋が立っているのを、柴田勝家は見ることになったのだった。
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