第12話 信行謀殺 後段 信行清洲にて死す!

しばし後、清州城内。北櫓、天守次の間に信長は臥せっていた。


北櫓天守次の間の手前の間に、信行と津々木蔵人を長谷川橋介と山口飛騨が案内する。


「信行様、信長様はこちらです。入室前に、刀はお預かりいたしたく」と長谷川橋介。


「津々木様は、こちらにてお控えいただきたくお願いいたします」と山口飛騨。




信行は長谷川に刀を預け、単身、臥せっている信長のそばに行く。


「信行、近くへ」




「兄上、体調は?」




「良くはない。儂が死んだら、織田弾正忠家のことはお主に任せる…というとでも思ったか!信行、貴様が美濃の斎藤、岩倉の信安と結んで謀反を起こそうとしていることはすでに知れている。二度目はないと言うたのを忘れたか!」




「な!何を証拠に!」


「お主が右筆に書かせた書状、すでに抑えてあるわ!謀を行う際には真に信頼のおけるものとのみ謀り、可能な限り関わる人を少なくする、そんなことも知らぬのか、痴れ者め!川尻!青貝!信行を討て!」


信行の言葉をさえぎり、食い気味に信長が大声で信行を叱責する。




「はっ」「信行様!御免!」


天守次の間の脇にある隠し部屋に隠れていた川尻秀隆と青貝は信行に切りかかる。刀を預けていた信行は、すこし逃げるものの、抵抗むなしく、速やかに討ち取られた。




そして、隣の間でも信長が大声を上げた瞬間、信行から預かった刀を抜き放ち、長谷川橋介が津々木蔵人に切りかかる。大声に驚いた津々木蔵人であったが、胡坐から飛びのき長谷川の一撃目はかろうじて躱した。津々木は立ち上がったものの、一度体勢を崩す。一歩下がって、体勢を整え、すぐに刀を抜き放ちつつ、長谷川のほうに向きなおった。


しかし、その隙を見た山口飛騨が居合で津々木蔵人の胴を狙う。これに気付いた津々木であったが、津々木が振り返るよりも早く山口飛騨の切っ先がその背を捉えた。




信長が大声をあげて、わずか数分後、織田勘十郎信行、津々木蔵人の両名は絶命した。




信長は信行と津々木蔵人の首をほかの近習に切り取らせ、死に化粧をさせつつ、軍勢を率いて信長は末森城接収のために向かった。




一刻ほど後、末森城では、信長の軍勢が向かってきたことにざわつくが、今日何が起こるか知っている柴田勝家とその一党が、速やかに城内の混乱を抑える。


城内をまとめた柴田勝家らは、城門を開き、信長を迎え入れた。




末森城の広間、上段に信長が座り、信長は柴田勝家以下、末森城の一同を見渡す。




「末森城の衆に告ぐ。勘十郎信行は、美濃の斎藤、岩倉の信安と結び、この信長を討とうとしていた。疑うものあれば、ここにある書状をみよ」


信長はそう告げると、信行の自室や右筆から接収した密約に関わる書状をいくつか投げ広げる。信長の近習、佐脇良之、岩室長門らがそれらをすぐに拾い、末森城の人々に広げて見せる。




「信長、とはいえ、信行を殺すとは…」


と、土田御前が、声を上げる。




「母上、それがしは、『二度目はない』と母上のいる前、清須で皆にはっきりと申し伝えましたぞ」




「じゃが…」




「末森の衆にも申し伝える。儂は、信行と柴田勝家に、謀反のこと、二度目があった際には、許さないと、伝えた。そして、両名からは、二度と背かずとの誓紙を提出させている。謀叛のこと、明らかになれば、処罰するは必定。故に儂は、信行を討った。この説明を聞いても、まだ不満あるものは、この信長が相手をいたす。速やかに退出して軍勢を整えるがよかろう」




「畏れながら、申し上げます」




「勝家、発言を許す」




「は、ありがたき幸せ。柴田勝家以下、末森の一同は、信長さまの下知に従いまする。決して歯向かうことはございません」




「で、あるか。ならば善し。勝家、此度の信行の謀反を、知らせたこと、誠に功績、大なり。よって末森城を任せる。城代としてとく務めよ、良いな」




「ははっ、謹んでご下命従いまする」




「末森の衆も、勝家を城代としてしかと支えよ」




「ははっ」と、一同が答える。




「で、信行の親族について、裁きを申し渡す」




「信行正室、高島局、その他の側室については、離縁の上、実家に戻るか、出家して尼になるか、いずれかを選べ」




「はい」「わかりました」


高島局以下の女子衆が、すすり泣きながら答える。




「信行の子については、斬首か出家の…」




「畏れながら、申し上げます」信長の言葉を柴田勝家が今までの殊勝な沈んだ声ではなく、張りのある大声で遮る。




「勝家、儂が話しておるのを遮ってまでの言上、何故か」少しいらっとしたのか、怒気を僅かに含ませて信長がこたえる。




「此度の謀反につきましては、この勝家、信長さまに忠義を尽くしてございます。しかし、家老としてつけられた主、信行さまをみかぎるという不忠、先主信秀さまから信行さまの家老に選んでいただいた、その期待に応えられなかったという不忠、この二つに対する償いとして、信行さまのご子息、三名、我が手にて育て上げたくお願い申し上げます。必ずや、お三名を信長さまの優秀な手勢に育て上げ、信長さま、信行さま、信秀さまに対して忠義の証と致したく存じます。殿、何とぞ、何とぞ、信行さまのご子息御助命の上、それがしに預けていただきたく伏してお願い申し上げます」




「信長、私からもお願い申し上げます。信行のこと、これ以上は何も申しません。信行の子らだけは、許して上げてたもれ。母からも伏してお願い申し上げまする」


土田御前も、信行の子らの助命を願い出る。




「母上、勝家、二人の願い、あいわかった」




「ならば、坊丸様らのお命、それがしに預けていただけるので?」




「信行の嫡男は坊丸と言うのか、年はいくつだ」




「数えで四歳、満で三歳でございます」




「で、あるか。ならば、道理のこと、少しはわかるな。良し、会おう」

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